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6.強奪
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……目覚めた時、私は医務室のベッドに寝かされていた。窓から覗く空は、微かに赤く染まりつつある。室内は、やけに静かだった。ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。誰もいない──否。
人形か分からぬような例のカボチャ頭が、保険医のデスクの上に鎮座している。
「目を覚ましたかい」
私は答えず、ただ右手で頭を抱えた。
「まだ具合が悪い? その……あの……申し訳ないっ!」
なんて、態度を一変させて深々と頭を下げるのである。
「装置の事を全然知らなくて……まさか、意識まで失うとは思わなかった」
……出るところに出たら勝てそうである。大丈夫か、この調査員。
「……何をしたんです?」
「うん、ちょっと、君のスキル構成を覗かせてもらったんだ」
「……スキル構成?」
カボチャ頭が頷く。
「君も学生なら知っていると思うが、火の魔法を使うなら火のスキル、水のスキルを使うなら水のスキルといったように、魔法の構成にはそれに対応したスキルが必要不可欠だ。スキルとは、魔導士が生まれながらに幾つも内包しているものだ」
私はいぶかんだ。
「……私がその、無許可で行使されたという特二級の魔法に関するスキルを所持しているか、調べたというわけですか?」
「あぁ、ほんで結論から言って、君は所持していなかった」
「なら話は終わりですね」
私がそう言ってベッドから起き上がると、カボチャはこう切り返してきた。
「いやいやいや待って待って待って、終わらないよ!」
部屋の扉へ向かおうとしていた私は足を止めて再び彼に向き直る。
「行使が確認されたのは幻術のスキルによる魔法、本来純人が持ち合わせないレアスキルなんだ。この学園では君しか所有者がいなかった筈だった。オオカミ族の血を引く、君しか」
「……幻術?」
「他者に幻覚を見せる魔法だよ。幻聴、幻視、他者の思考回路を操り、意のままにする事だって可能な、厄介極まりない魔法さ」
「……本当に私にそんなスキルが?」
「所持者なのに知らなかったの?」
「入学して間もない頃に所持スキル診断がありましたが、内容の確認はさせてもらっていません。診断書は全て、各々のクラスの担任が保管していますから……」
仮に確認の機会があったとしても、わざわざ注目していかも怪しかったが。
魔導士は、五十前後ともいわれる数のスキルを生まれながらに所持している。しかし生涯勉強したとして、一流クラスに扱えるようになるのはその中でも多くても数種類程度。大半のスキルは全く手付かずのまま子へと受け継がれるのである。
現代でこそスキル内容を特定する検査方法は確立されているけど、その前の世代までの魔導士は、己の所持するスキルの大半の存在にすら気付かず生涯を終える事も珍しくなかった。
「……そのスキルをもっているのが私だけって、確かなんです?」
「うん、全生徒の診断書を確認した。教員の分も」
「でも貴方さっき、所持していなかったって」
「最近、自分の身に何か異変を感じた事はなかったかい?」
「いえ特に。少し体調が悪いというか、風邪気味なくらいです」
「それだっ!」
カボチャ頭はポンと手を叩いてみせた。
「君が感じているその体調不良は風邪じゃない。生まれながらに保有していたものの一部がなくなった事による、身体への悪影響だよ。君の幻術スキルは、誰かの手によって既に盗まれてしまっているんだ」
「盗まれた?」
「多分、強奪のスキルに由来する魔法だろう。それの効果はギリギリ二級に分類されているから、装置が観測しても我々に直接報告がある事はなかったんだ。そこは、完全に盲点だった」
本当か? 私は存分にいぶかんだ。
「……全く心当たりがないのですが。本人が気付きもしない内にスキルを盗むなんて、そんな事可能なんですか?」
「スキルを持つ人間の練度次第では、可能かもしれない。よく考えてくれ。幻術魔法の発生が確認されたのは、五日前の夜の事。君、最近身の回りで何か君の親しい人に変化は? それまで当たり前に接してきた人間が、何か人が変わったような振る舞いをしたと感じた事はなかったかい?」
「人が変わった……?」
「犯人は、君が幻術のスキルを所持している事を、オオカミ族である事を知る人間だろう」
(──オオカミは、人を欺くものだ)
私が、ヴァンフォートから婚約破棄を言い渡されたのが、四日前の昼休み。
私は思わず頭を抱えた。
人形か分からぬような例のカボチャ頭が、保険医のデスクの上に鎮座している。
「目を覚ましたかい」
私は答えず、ただ右手で頭を抱えた。
「まだ具合が悪い? その……あの……申し訳ないっ!」
なんて、態度を一変させて深々と頭を下げるのである。
「装置の事を全然知らなくて……まさか、意識まで失うとは思わなかった」
……出るところに出たら勝てそうである。大丈夫か、この調査員。
「……何をしたんです?」
「うん、ちょっと、君のスキル構成を覗かせてもらったんだ」
「……スキル構成?」
カボチャ頭が頷く。
「君も学生なら知っていると思うが、火の魔法を使うなら火のスキル、水のスキルを使うなら水のスキルといったように、魔法の構成にはそれに対応したスキルが必要不可欠だ。スキルとは、魔導士が生まれながらに幾つも内包しているものだ」
私はいぶかんだ。
「……私がその、無許可で行使されたという特二級の魔法に関するスキルを所持しているか、調べたというわけですか?」
「あぁ、ほんで結論から言って、君は所持していなかった」
「なら話は終わりですね」
私がそう言ってベッドから起き上がると、カボチャはこう切り返してきた。
「いやいやいや待って待って待って、終わらないよ!」
部屋の扉へ向かおうとしていた私は足を止めて再び彼に向き直る。
「行使が確認されたのは幻術のスキルによる魔法、本来純人が持ち合わせないレアスキルなんだ。この学園では君しか所有者がいなかった筈だった。オオカミ族の血を引く、君しか」
「……幻術?」
「他者に幻覚を見せる魔法だよ。幻聴、幻視、他者の思考回路を操り、意のままにする事だって可能な、厄介極まりない魔法さ」
「……本当に私にそんなスキルが?」
「所持者なのに知らなかったの?」
「入学して間もない頃に所持スキル診断がありましたが、内容の確認はさせてもらっていません。診断書は全て、各々のクラスの担任が保管していますから……」
仮に確認の機会があったとしても、わざわざ注目していかも怪しかったが。
魔導士は、五十前後ともいわれる数のスキルを生まれながらに所持している。しかし生涯勉強したとして、一流クラスに扱えるようになるのはその中でも多くても数種類程度。大半のスキルは全く手付かずのまま子へと受け継がれるのである。
現代でこそスキル内容を特定する検査方法は確立されているけど、その前の世代までの魔導士は、己の所持するスキルの大半の存在にすら気付かず生涯を終える事も珍しくなかった。
「……そのスキルをもっているのが私だけって、確かなんです?」
「うん、全生徒の診断書を確認した。教員の分も」
「でも貴方さっき、所持していなかったって」
「最近、自分の身に何か異変を感じた事はなかったかい?」
「いえ特に。少し体調が悪いというか、風邪気味なくらいです」
「それだっ!」
カボチャ頭はポンと手を叩いてみせた。
「君が感じているその体調不良は風邪じゃない。生まれながらに保有していたものの一部がなくなった事による、身体への悪影響だよ。君の幻術スキルは、誰かの手によって既に盗まれてしまっているんだ」
「盗まれた?」
「多分、強奪のスキルに由来する魔法だろう。それの効果はギリギリ二級に分類されているから、装置が観測しても我々に直接報告がある事はなかったんだ。そこは、完全に盲点だった」
本当か? 私は存分にいぶかんだ。
「……全く心当たりがないのですが。本人が気付きもしない内にスキルを盗むなんて、そんな事可能なんですか?」
「スキルを持つ人間の練度次第では、可能かもしれない。よく考えてくれ。幻術魔法の発生が確認されたのは、五日前の夜の事。君、最近身の回りで何か君の親しい人に変化は? それまで当たり前に接してきた人間が、何か人が変わったような振る舞いをしたと感じた事はなかったかい?」
「人が変わった……?」
「犯人は、君が幻術のスキルを所持している事を、オオカミ族である事を知る人間だろう」
(──オオカミは、人を欺くものだ)
私が、ヴァンフォートから婚約破棄を言い渡されたのが、四日前の昼休み。
私は思わず頭を抱えた。
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