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 ──私自身、婚約のお誘いは第一王子ユリアン様からのものと信じて疑っていなかったのです。

 第二王子であるオルネット様には既に婚約者がいた筈ですから。

 後日聞いたところによれば、その婚約はとっくに解消されていたようです。何でも王子の浮気がバレて、お相手の公爵令嬢が激昂して出ていかれたとか。

 その事実が、あまり公にはされず伏せられていたと。

 元々、第一王子と比較してあまり有能とは言えなかった第二王子は、その失態を境に現在、城の中での立場も大変危うくなっていられるとか。家臣からも馬鹿にされているとか。

 ──私に送られてきたお手紙によくよく目を通してみても、それがさも第一王子から送られてきたもののように、勘違いさせるようなまぎらわしい文面でした。

 あるいは、妹が私を語ってお相手を騙したように、第二王子もユリアン様を語って婚約をとりつけようとしていたのではないでしょうか。

 だとすれば、お似合いといいますか。

 ……まぁ、言葉は悪いですが、腐っても王族ですし。

 妹の願いが叶った事に違いはありません。

 「……あのう、お姉さま?」

 それから数ヵ月後、すっかりやつれた彼女が私のところを訪れました。

 「お姉さまは貴女でしょう?」

 「お姉さま、意地悪言わないで、今からでもいいから、代わって頂けない?」

 私は面白そうに妹──いや姉を眺めました。

 「花嫁修業も大変そうですね」

 「……侍女も執事も怖いの」

 「礼儀作法を学ぶ機会なんて、これまで沢山あったでしょう。サボってた貴女が悪いんですよ」

 「オルネット様もオルネット様で、本当、ろくでもない……見た目も中身もケダモノのような奴だわ」

 「あまり婚約者様の事を悪く言っては駄目」 

 「ねえ、お姉さま、指輪も両方お返しするから……」

 「私は私で、新しい生活に忙しいんです。今さら貴女と代わったって、貴女の苦しさは変わらないと思いますよ」

 妹は今にも泣き出しそうな顔をしています。

 いい気味ではあります。しかしやっぱり、これだけやつれた姿を見せられれば、必要以上に攻撃する気もおきません。

 きっと、いい薬です。今まで我が儘し放題を貫いてきた彼女ですが、お城での不自由は今後の彼女の人生にとっても間違いなくプラスになるでしょうし。

 いつか嫌気がさして家出してしまいそうでもありますが……。

 「……今は取り敢えず、頑張ってみなさい。愚痴を言いたくなったなら、いつでも聞いてあげるから」

 ひとしきり愚痴を聞いたあと、元妹は迎えに来た馬車にトボトボと乗り込んでいきました。その時ぽつりと、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、こう呟いたのです。

 「……お姉さま、ごめんなさい……」

 私はしばらくポカンとして、馬車を見送っていました。

 ごめんなさい。

 彼女からその言葉を聞いたのは、いつ以来の事だったでしょう。

 いつしか道が逸れていた。今後交わる事はないだろうと思っていた。

 人生とは、分からないものです。

 「あら、ミーシャ様」

 隣の家の奥様に声をかけられ、私は自分を取り戻しました。

 手を振ってきたので、振り返して挨拶をします。

 私もまた、新しい自分と向き合って生きていきます。

 ときどき、昔の事を思い出しながら──。
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