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封蝋に記された鷹の紋様は、それが間違いなく王家から送られてきたものである事を示しています。
右手の薬指にはめられた指輪──かつて国王陛下から授かった真の聖女の証──をにそっと触れ、私はかぶりを振りました。
王子様が、私に興味をもたれている。その噂は人づてに耳に入っていましたが、まさか本当の事だったなんて。
この国の第一王子であるユリアン様はご立派な方です。世間では私が戦争を終結に導いた聖女などと言っていますが、それは大きな間違いです。
悪を許さず、時に我が身すら省みず、王子は常に兵士達の先頭に立ち、民草を勇気づけてきました。真の英雄の称号は、正しく彼に相応しいもの。
そんな方と私が結ばれる……。夢のような話ではありますが、あまりに現実離れしすぎていて、疑ってしまいます。そういう性分なのです。
「お姉さま!」
ドタバタと、廊下の方からうるさい足音が聞こえてくるや否や部屋の扉が乱暴に開かれました。
ミーシャ──私の妹は、血相を変えて私に詰め寄ってきます。
「王子様と婚約が決まったって、本当ですか!?」
私はテーブルの上の手紙に目をやり、小さく首を横に振りました。
「……正しくはお申し出を頂いただけです。これから王子の使いの者にお会いしてこなければなりません」
「……そうですか。おめでとうございます」
急にしおらしくなったので、おや、と思いました。
いつもの調子で、てっきりお姉さまばかりズルいとか、王子との婚約を譲って欲しいとか、そう言って愚図りだすのだろうと思っていましたから。
「祝福してくれるのですか?」
「勿論ですわ、だって私達双子でしょう? この世でたった二人だけの家族。お姉さまの幸せは、私の幸せよ」
同じ顔の人間相手に自画自賛のような気がしないでもないですが、それはとても素敵な笑顔でした。もしこの場に第三者がいたのなら、美しく尊い姉妹愛に涙を流していたかもしれません。
ミーシャは私の座っていたソファーの隣に腰掛けました。
「お姉さま、覚えている? 村を出た日の約束」
「ええ」
私は飲みかけのカップをテーブルに置き、頷きました。
「……何があっても絶対に一緒、そうだったわね」
神のお導きにより、聖女として国を泰平に導く使命を帯びた私達。辛い時も苦しい時も、共に支え合い故郷の為に戦っていこうと誓い合った私達。
けれど現実は、容赦なく私達姉妹を引き裂いていったのです。
戦争という名の闇に触れた妹は、次第に聖女としての自分というものに疑念を抱くようになっていきました。
周りから目に見えてやる気を失い、使命を放棄するようになり、聖女として、否、人として堕落していきました。
そんな妹とは対照的に、私は与えられた事を無心でこなしてきました。いつしか世間は、私が真の聖女であり、双子の妹は名ばかりのものと評価するようになっていました。
思うところはありますが、妹に関しては完全に自業自得です。しかしそんな彼女の愚痴は一貫していました。お姉さまばかり、ズルいと。
「そうよ、お姉さまの悲しみは私の悲しみ。だからお姉さまの喜びは、私の喜び……」
「っ──」
不意に、頭がくらくらとしてきました。
これは、魔法──?
「まあ、どうされたのお姉さま? 顔色が悪いわよ」
「ミーシャ、貴女……」
「苦しそうに、お可哀想。これではとても王子様の使いの者にお会い出来ませんわね。そうだ、いい事を思い付きましたわ!」
既に身体の自由のきかなくなっていた私の手を撫で、ミーシャはその指から指輪を抜き去りました。
「私がお姉さまの代わりに、使いに会ってお話をまとめてきてあげる。とても名案だと思わない? ねえ、お姉さま?」
ああ、この子は──。
薄れゆく意識の中、私は全てを悟りました。
愚妹は顔の同じ私になりすまし、自分が王子と婚約するつもりなのだと。
右手の薬指にはめられた指輪──かつて国王陛下から授かった真の聖女の証──をにそっと触れ、私はかぶりを振りました。
王子様が、私に興味をもたれている。その噂は人づてに耳に入っていましたが、まさか本当の事だったなんて。
この国の第一王子であるユリアン様はご立派な方です。世間では私が戦争を終結に導いた聖女などと言っていますが、それは大きな間違いです。
悪を許さず、時に我が身すら省みず、王子は常に兵士達の先頭に立ち、民草を勇気づけてきました。真の英雄の称号は、正しく彼に相応しいもの。
そんな方と私が結ばれる……。夢のような話ではありますが、あまりに現実離れしすぎていて、疑ってしまいます。そういう性分なのです。
「お姉さま!」
ドタバタと、廊下の方からうるさい足音が聞こえてくるや否や部屋の扉が乱暴に開かれました。
ミーシャ──私の妹は、血相を変えて私に詰め寄ってきます。
「王子様と婚約が決まったって、本当ですか!?」
私はテーブルの上の手紙に目をやり、小さく首を横に振りました。
「……正しくはお申し出を頂いただけです。これから王子の使いの者にお会いしてこなければなりません」
「……そうですか。おめでとうございます」
急にしおらしくなったので、おや、と思いました。
いつもの調子で、てっきりお姉さまばかりズルいとか、王子との婚約を譲って欲しいとか、そう言って愚図りだすのだろうと思っていましたから。
「祝福してくれるのですか?」
「勿論ですわ、だって私達双子でしょう? この世でたった二人だけの家族。お姉さまの幸せは、私の幸せよ」
同じ顔の人間相手に自画自賛のような気がしないでもないですが、それはとても素敵な笑顔でした。もしこの場に第三者がいたのなら、美しく尊い姉妹愛に涙を流していたかもしれません。
ミーシャは私の座っていたソファーの隣に腰掛けました。
「お姉さま、覚えている? 村を出た日の約束」
「ええ」
私は飲みかけのカップをテーブルに置き、頷きました。
「……何があっても絶対に一緒、そうだったわね」
神のお導きにより、聖女として国を泰平に導く使命を帯びた私達。辛い時も苦しい時も、共に支え合い故郷の為に戦っていこうと誓い合った私達。
けれど現実は、容赦なく私達姉妹を引き裂いていったのです。
戦争という名の闇に触れた妹は、次第に聖女としての自分というものに疑念を抱くようになっていきました。
周りから目に見えてやる気を失い、使命を放棄するようになり、聖女として、否、人として堕落していきました。
そんな妹とは対照的に、私は与えられた事を無心でこなしてきました。いつしか世間は、私が真の聖女であり、双子の妹は名ばかりのものと評価するようになっていました。
思うところはありますが、妹に関しては完全に自業自得です。しかしそんな彼女の愚痴は一貫していました。お姉さまばかり、ズルいと。
「そうよ、お姉さまの悲しみは私の悲しみ。だからお姉さまの喜びは、私の喜び……」
「っ──」
不意に、頭がくらくらとしてきました。
これは、魔法──?
「まあ、どうされたのお姉さま? 顔色が悪いわよ」
「ミーシャ、貴女……」
「苦しそうに、お可哀想。これではとても王子様の使いの者にお会い出来ませんわね。そうだ、いい事を思い付きましたわ!」
既に身体の自由のきかなくなっていた私の手を撫で、ミーシャはその指から指輪を抜き去りました。
「私がお姉さまの代わりに、使いに会ってお話をまとめてきてあげる。とても名案だと思わない? ねえ、お姉さま?」
ああ、この子は──。
薄れゆく意識の中、私は全てを悟りました。
愚妹は顔の同じ私になりすまし、自分が王子と婚約するつもりなのだと。
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