8 / 8
?.絶望のち希望(◯◯視点)
しおりを挟む
────
──悔いの残らぬ人生を送ったと、そう胸を張って言えることが何もなかった。
何も──。
────
「……遺言書、ですか?」
ラーバートが面白そうな顔をして、僕の事を見る。もちろんの事、こちらもニッコニコだったけど。
「……まさか私の遺言書を私の代わりに書いた、というわけじゃありませんよね?」
「なるほど、それも面白そうだな。しかし君にはそもそも財産を残す遺族がいないだろう」
「息子が、一人」
僕はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていただろう。父の代から屋敷に仕えてくれている、一番古い友人だった彼だが、そんな話は初めて聞いた。
「嘘?」
「本当です」
「結婚した事もないのに?」
「ええ、まぁ……向こうは私を父とも知りません」
僕は、ははぁ、とおののいた。
「元気なのかい?」
「詳しくは知りませんが、風の噂では」
「そうか、良かったな」
「良くはありません。恥の多い事です」
「いや、良い事だ。少なくとも僕のように自分の遺伝子を残せない者から見たら」
そういってやるとラーバートは、フンと笑ってみせた。
「で、ご当主は、いつ死ぬのですか?」
「予定を立ててるわけじゃない。でも人生は何が起こるか分からんよ」
「用意が良すぎでは?」
「正直言うと、ミザ公爵に睨まれてるみたいだ」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「なぜ?」
「さあ? 僕が国王陛下に気に入られてるのが、面白くないんじゃないか?」
「陛下には、このお話を?」
「いんや。何の証拠もないし」
「ミザ公爵は恐ろしい方です。あまり甘く見ない方が……」
「甘く見てないから、これを残すのさ。これが、愛しい義娘たちに振り分けるべき、僕の財産だ」
僕はニヤリとしてみせて、遺言書をラーバートに差し出した。
「率直に、どう思う?」
ラーバートは難しい顔をして──おそらく見間違いがないか三度は見直して、それからまた僕の顔を見た。
「アホですか?」
「ありがとう」
「意図を教えてください。まさか本気だとは思いませんが、仮にそうだとすれば、アリアお嬢様があまりに不憫です」
「正直僕は、いい父親じゃない。忙しさにかまけて殆ど義娘達にかまってやる余裕もなかった」
「だから?」
「うん、まあ、なんというか、教育というか、試練だ」
「試練?」
「人生においてもっとも大きな財産とは、人間としての成長だ。そう思って僕は僕なりに、彼女達に残せるものを考えたんだ」
僕は続けた。
「長女レイシアは、姉妹の中で一番欲深い。いや、欲張りはいいことだ。人間、欲がないと何も出来ないからな。ただ、そのわりに全くいい加減なのが良くない。領民と真に向き合わなければ、いい領主にはなれないと、僕のあとを継げば気付いてくれるだろう。いい加減ばかりでは破綻する。何事にも誠実さを大切にとりくむべきだと……領主に限った話ではない。失敗したとしても、勉強になるさ」
ラーバートは黙って聞いてくれている。
「次女ミルリアは、レイシアと比べればいい加減ではないけれど、自己肯定が強すぎる。実際かわいいけどな。でもかわいいだけじゃ、世の中通用しないという事を、知って欲しいところだ。ガンフォー子爵には、徹底的にやっつけてくれと伝えてある。それで気持ちを入れ換えて、本気で魔術に取り組んでくれるならよし。これも、駄目でもいい経験となるだろ」
「……」
「三女アリアは……正直、三姉妹の中で一番よく分からない。遠慮してるのか恐れられているか知らないが、僕にはあまり自分の気持ちというのを話してくれないからな。どうして、あんな引っ込み思案に育ってしまったのか」
「……アリアお嬢様は、お優しいのです」
と、ラーバートが言った。
「あなたが忙しい事を承知している。だから何も言えない。本当は誰より、あなたとお話したいのです」
「……娘が、親にそんな遠慮をするものかね?」
「赤子の時のトラウマは、本人が覚えていなくても潜在意識に焼き付いてしまうものと聞きます。親に捨てられ孤児となった、その事実が未だにお嬢様の中に、残っているのかもしれません」
「……だから人の顔色ばかりうかがっている?」
「かもしれないという話です」
僕は腕を組んで、ううむ、と唸った。
「でも主張しないだけで、あの中では一番出来た子だとは思うぞ。人間としてな。そもそもここにいるべき子じゃなかったのかも。笑う事が少ない。でもきっと外の世界に出れば、人生が、楽しいものだと理解してくれる」
「それでも遺産が犬だけというのが意味が分かりませんが」
「君、イルをただの犬だと思ってる?」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「違うのですか?」
「いやただの犬だけど」
「なんなんですかあなた」
「でもアリアの一番の友達だ」
僕は続けた。
「アリアはきっと頑張って、イルを護ろうとしてくれるだろう。逃げ場もない、言い訳も出来ない。自分が頑張らなければ、イルも一緒に飢え死んでしまう。そう思ったならば、彼女はきっと殻を破る。道を切り開く。彼女自身の力でな。そう確信しているだけ……うん、まぁ、姉妹の誰より信頼してるのかな?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とは言いますが……」
ラーバートは溜め息を漏らした。
「あなたはただの狂人ですな」
「だってなあ……本当に笑ってしまうくらい、残せるものがないんだもの」
「税を上げないで損ばかりしてきたからでしょう。自業自得です」
「税を上げたら多くの領民の生活が破綻したかもしれない。これでも上手く立ち回ってきたつもりだよ」
「まぁ実際、あなたでなければここの領主はつとまらなかったとは認めますが……ゆえに……」
彼はもう一度、遺言書に視線を落とした。
「これは……悪く運べば、私も職を失う事になりますかね?」
「面白いか?」
「笑えませんが、そうですね」
「そうだろう──」
言って、僕はようやく満足した。
人生何が起こるか分からない。思うようにいかぬ事ばかりではあるけれど。
さて、待っているのは、一体どんな未来か──。
──悔いの残らぬ人生を送ったと、そう胸を張って言えることが何もなかった。
何も──。
────
「……遺言書、ですか?」
ラーバートが面白そうな顔をして、僕の事を見る。もちろんの事、こちらもニッコニコだったけど。
「……まさか私の遺言書を私の代わりに書いた、というわけじゃありませんよね?」
「なるほど、それも面白そうだな。しかし君にはそもそも財産を残す遺族がいないだろう」
「息子が、一人」
僕はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていただろう。父の代から屋敷に仕えてくれている、一番古い友人だった彼だが、そんな話は初めて聞いた。
「嘘?」
「本当です」
「結婚した事もないのに?」
「ええ、まぁ……向こうは私を父とも知りません」
僕は、ははぁ、とおののいた。
「元気なのかい?」
「詳しくは知りませんが、風の噂では」
「そうか、良かったな」
「良くはありません。恥の多い事です」
「いや、良い事だ。少なくとも僕のように自分の遺伝子を残せない者から見たら」
そういってやるとラーバートは、フンと笑ってみせた。
「で、ご当主は、いつ死ぬのですか?」
「予定を立ててるわけじゃない。でも人生は何が起こるか分からんよ」
「用意が良すぎでは?」
「正直言うと、ミザ公爵に睨まれてるみたいだ」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「なぜ?」
「さあ? 僕が国王陛下に気に入られてるのが、面白くないんじゃないか?」
「陛下には、このお話を?」
「いんや。何の証拠もないし」
「ミザ公爵は恐ろしい方です。あまり甘く見ない方が……」
「甘く見てないから、これを残すのさ。これが、愛しい義娘たちに振り分けるべき、僕の財産だ」
僕はニヤリとしてみせて、遺言書をラーバートに差し出した。
「率直に、どう思う?」
ラーバートは難しい顔をして──おそらく見間違いがないか三度は見直して、それからまた僕の顔を見た。
「アホですか?」
「ありがとう」
「意図を教えてください。まさか本気だとは思いませんが、仮にそうだとすれば、アリアお嬢様があまりに不憫です」
「正直僕は、いい父親じゃない。忙しさにかまけて殆ど義娘達にかまってやる余裕もなかった」
「だから?」
「うん、まあ、なんというか、教育というか、試練だ」
「試練?」
「人生においてもっとも大きな財産とは、人間としての成長だ。そう思って僕は僕なりに、彼女達に残せるものを考えたんだ」
僕は続けた。
「長女レイシアは、姉妹の中で一番欲深い。いや、欲張りはいいことだ。人間、欲がないと何も出来ないからな。ただ、そのわりに全くいい加減なのが良くない。領民と真に向き合わなければ、いい領主にはなれないと、僕のあとを継げば気付いてくれるだろう。いい加減ばかりでは破綻する。何事にも誠実さを大切にとりくむべきだと……領主に限った話ではない。失敗したとしても、勉強になるさ」
ラーバートは黙って聞いてくれている。
「次女ミルリアは、レイシアと比べればいい加減ではないけれど、自己肯定が強すぎる。実際かわいいけどな。でもかわいいだけじゃ、世の中通用しないという事を、知って欲しいところだ。ガンフォー子爵には、徹底的にやっつけてくれと伝えてある。それで気持ちを入れ換えて、本気で魔術に取り組んでくれるならよし。これも、駄目でもいい経験となるだろ」
「……」
「三女アリアは……正直、三姉妹の中で一番よく分からない。遠慮してるのか恐れられているか知らないが、僕にはあまり自分の気持ちというのを話してくれないからな。どうして、あんな引っ込み思案に育ってしまったのか」
「……アリアお嬢様は、お優しいのです」
と、ラーバートが言った。
「あなたが忙しい事を承知している。だから何も言えない。本当は誰より、あなたとお話したいのです」
「……娘が、親にそんな遠慮をするものかね?」
「赤子の時のトラウマは、本人が覚えていなくても潜在意識に焼き付いてしまうものと聞きます。親に捨てられ孤児となった、その事実が未だにお嬢様の中に、残っているのかもしれません」
「……だから人の顔色ばかりうかがっている?」
「かもしれないという話です」
僕は腕を組んで、ううむ、と唸った。
「でも主張しないだけで、あの中では一番出来た子だとは思うぞ。人間としてな。そもそもここにいるべき子じゃなかったのかも。笑う事が少ない。でもきっと外の世界に出れば、人生が、楽しいものだと理解してくれる」
「それでも遺産が犬だけというのが意味が分かりませんが」
「君、イルをただの犬だと思ってる?」
ラーバートの眉がぴくりと動いた。
「違うのですか?」
「いやただの犬だけど」
「なんなんですかあなた」
「でもアリアの一番の友達だ」
僕は続けた。
「アリアはきっと頑張って、イルを護ろうとしてくれるだろう。逃げ場もない、言い訳も出来ない。自分が頑張らなければ、イルも一緒に飢え死んでしまう。そう思ったならば、彼女はきっと殻を破る。道を切り開く。彼女自身の力でな。そう確信しているだけ……うん、まぁ、姉妹の誰より信頼してるのかな?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、とは言いますが……」
ラーバートは溜め息を漏らした。
「あなたはただの狂人ですな」
「だってなあ……本当に笑ってしまうくらい、残せるものがないんだもの」
「税を上げないで損ばかりしてきたからでしょう。自業自得です」
「税を上げたら多くの領民の生活が破綻したかもしれない。これでも上手く立ち回ってきたつもりだよ」
「まぁ実際、あなたでなければここの領主はつとまらなかったとは認めますが……ゆえに……」
彼はもう一度、遺言書に視線を落とした。
「これは……悪く運べば、私も職を失う事になりますかね?」
「面白いか?」
「笑えませんが、そうですね」
「そうだろう──」
言って、僕はようやく満足した。
人生何が起こるか分からない。思うようにいかぬ事ばかりではあるけれど。
さて、待っているのは、一体どんな未来か──。
10
お気に入りに追加
402
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(6件)
あなたにおすすめの小説
完結 お貴族様、彼方の家の非常識など知りません。
音爽(ネソウ)
恋愛
身分を笠に好き勝手する貴族たち、そんな状況を民が許すわけがなかった。
時代が変わりかけたそんな時の話。
アンブラ男爵家はとにかく見栄を張りたがる、そうして膨れ上がった借金を押し付けようと、最近頭角を現したソランズ商会に目を付けた。
「そうはいきません、貴方方の作った負債はご自分で!」
気の強いエミリアは大人しく嫁に行くものかと抗うのだ。
死に戻るなら一時間前に
みねバイヤーン
恋愛
「ああ、これが走馬灯なのね」
階段から落ちていく一瞬で、ルルは十七年の人生を思い出した。侯爵家に生まれ、なに不自由なく育ち、幸せな日々だった。素敵な婚約者と出会い、これからが楽しみだった矢先に。
「神様、もし死に戻るなら、一時間前がいいです」
ダメ元で祈ってみる。もし、ルルが主人公特性を持っているなら、死に戻れるかもしれない。
ピカッと光って、一瞬目をつぶって、また目を開くと、目の前には笑顔の婚約者クラウス第三王子。
「クラウス様、聞いてください。私、一時間後に殺されます」
一時間前に死に戻ったルルは、クラウスと共に犯人を追い詰める──。
令嬢が婚約破棄をした数年後、ひとつの和平が成立しました。
夢草 蝶
恋愛
公爵の妹・フューシャの目の前に、婚約者の恋人が現れ、フューシャは婚約破棄を決意する。
そして、婚約破棄をして一週間も経たないうちに、とある人物が突撃してきた。
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
【完結】妹が私から何でも奪おうとするので、敢えて傲慢な悪徳王子と婚約してみた〜お姉様の選んだ人が欲しい?分かりました、後悔しても遅いですよ
冬月光輝
恋愛
ファウスト侯爵家の長女であるイリアには、姉のものを何でも欲しがり、奪っていく妹のローザがいた。
それでも両親は妹のローザの方を可愛がり、イリアには「姉なのだから我慢しなさい」と反論を許さない。
妹の欲しがりは増長して、遂にはイリアの婚約者を奪おうとした上で破談に追いやってしまう。
「だって、お姉様の選んだ人なら間違いないでしょう? 譲ってくれても良いじゃないですか」
大事な縁談が壊れたにも関わらず、悪びれない妹に頭を抱えていた頃、傲慢でモラハラ気質が原因で何人もの婚約者を精神的に追い詰めて破談に導いたという、この国の第二王子ダミアンがイリアに見惚れて求婚をする。
「ローザが私のモノを何でも欲しがるのならいっそのこと――」
イリアは、あることを思いついてダミアンと婚約することを決意した。
「毒を以て毒を制す」――この物語はそんなお話。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
あらすじだけ読んで「長靴をはいた犬!?」と思ったら違いました(笑)
ご感想ありがとうございます!
サブタイトルつけるなら「長靴ははいてないけどなんか賢げな犬」です(笑)
ご感想ありがとうございます!
本当にいい加減なお義父様です(笑)
あとはご指摘の通り、皮肉を利かせようとするあまりカタルシスの部分に配慮の行き届いてないお話だなと、読み返してみて自分でも思いました(´Д`)
もっと分かりやすい、スカッとするお話を妄想して参ります。
ご感想ありがとうございます!
案外近くで生活しています。自分が父親だと名乗るつもりはない執事ですが、影ながら手助けをする事はあったのかもしれません