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6.逆鱗(長女視点)
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……翌日。
当たり前だが、食事会は既に始まっていた。
国中の権力者達が集まる食事会。その筆頭は、真ん中に座すミザ公爵であった。
ふくよかな見た目とは裏腹に、その眼光はなかなか鋭い。実際、覇気というか、オーラは大物のそれでしかない。
流石は、国王にも比肩するという権力の持ち主というか。
「……遅れまして、申し訳ございません」
私は、内心はともかく丁寧に頭を下げた。
三十分ほどの遅刻だった。ラーバートいわく、金づちで殴ってみても起きなかったらしい。昔っから朝は苦手なタチではあったが、最近は全く睡眠時間をコントロール出来ない。
大慌てでメイドにドレスを着させてもらい、馬車に飛び乗ってこの会場までやってきたのだが、身だしなみに至らぬところがあるかもしれない。
ミザ公爵も、周りにいたその他権力者達も私を数奇な目で見ている気がする。
「リルフォード男爵」
「はい」
「人生において最も重要な財産はなんだ?」
顔も知らぬような若者がおもむろに立ち上がって、妙なナゾナゾを仕掛けてきた。歳は私とそう大差ないようだが、なんだか偉そうな奴だ。
「……時間、ですか?」
「分かっているならなぜ守れない?」
「……いじめてやるな、サラア子爵」
と、口を入れたのはなんとミザ公爵だった。
「可哀想に、目にクマが出来ているではないか。聞けば最近爵位を継いだばかりとか。多忙を察してやれ」
そう言って、顔は全く笑っていないけど、私の方を向いて続けた。
「フォーカスは実に優秀な男だった。国王陛下も目をかけるほど、男爵にしておくのも勿体ないほどにな……奴の後釜は、大変だろう?」
「いえ……そのような事は……」
……恐ろしい顔のデブじじいと思ったが、なかなか話が分かるようだ。流石公爵ともなると、余裕が違うというか、懐の広さがより大物という事を感じさせる。
「……まぁ、ミザ公爵がそうおっしゃられるのであれば……いい」
サラア子爵という雑魚が、ばつが悪そうに席に戻る。ざまぁみやがれ。
「かけたまえ、リルフォード男爵。皆、君を待ち望んでいたよ。今日の集まりはある意味で、君が主役だからな」
と、ミザ公爵。私は言葉の意味を理解しかねながらも、言われた通り唯一空いた席に腰を下ろす。彼──ミザ公爵の正面の席だった。
「……率直にいうがリルフォード男爵、領土を国に返還するつもりはないか?」
使用人がついだ水を口に含もうとして、あやうくグラスを落としかけた。ミザ公爵は私の反応を待って、じっと目だけを見据えている。
「……どういう意味でしょう?」
「国王陛下を含め、皆で話し合う機会があってな。本国にいるギルティアという男に領土を授けたい。平民あがりではあるが、騎士として非常に優秀な男だ」
と、ミザ公爵が初めて笑った。太った蛇の口角を強引に持ち上げたら、こういう表情になるのかもしれない。そう思えるようなゾッとする笑みだった。
「……私は……リルフォード家は用済み、という事ですか?」
「この国において女性が爵位を継いだ前例は、ほぼない。君はフォーカスの遺言に従って当主となったようだが、実際に、体力的にも厳しく、辛いだろう?」
「……包み隠さずいえばその通りですが……それでも、例えお義父様に劣ろうとも、私なりに精一杯やっております」
「君なりに、では困るのだ。領土は正しくは君のものではない。国のものなのだから」
「そのギルティアというかたが私より領土を治めるに相応しいと?」
「フォーカスがあのような事にならなければ、奴が一番マシだったかもしれぬがな」
「私は、フォーカスの……お義父様の娘です! 誰よりも近くで彼を見て学んできました。もう少し、お時間を下さい。必ずお義父様のような結果を出してみせます!」
「結果ならば、既に出ている」
そう言ってミザ公爵は、一枚の紙切れをこちらに差し出してきた。見覚えがある紙だった。
「それにサインをしたのは君だろう? リルフォード男爵。文章をよく読まなかったのか? それとも多忙のせいで、字をまともに勉強する時間もなかったか?」
「……これは?」
「君がこれにサインを書いたせいで、君は、本来国に寄与すべき領土の税を、憎き反乱軍に分け与える事になってしまったのだ」
背筋が凍りました。
「……そんなインチキのような書類、どうやって用意したのか。あるいは君自身被害者で、誰かにハメられたのか……それはどうでもいいが、この事は不運にも国王陛下のお耳に入ってしまった。陛下はこれを国逆行為とお怒りだ。通常であれば処刑か、国外追放が妥当なところだろう。彼をなだめるのは大変だったぞ? 命があるだけマシと思って、私には感謝してもらいたいな?」
「そんな……」
「字も読めぬ馬鹿に領主たる資格など、あろう筈がない。大人しく没落したまえ」
テーブルを囲う全ての目玉が冷たく私を睨み付けています。
呼吸が、出来ない──。
私の目の前が真っ暗になって、その場に倒れ込んでしまいました。
……翌日。
当たり前だが、食事会は既に始まっていた。
国中の権力者達が集まる食事会。その筆頭は、真ん中に座すミザ公爵であった。
ふくよかな見た目とは裏腹に、その眼光はなかなか鋭い。実際、覇気というか、オーラは大物のそれでしかない。
流石は、国王にも比肩するという権力の持ち主というか。
「……遅れまして、申し訳ございません」
私は、内心はともかく丁寧に頭を下げた。
三十分ほどの遅刻だった。ラーバートいわく、金づちで殴ってみても起きなかったらしい。昔っから朝は苦手なタチではあったが、最近は全く睡眠時間をコントロール出来ない。
大慌てでメイドにドレスを着させてもらい、馬車に飛び乗ってこの会場までやってきたのだが、身だしなみに至らぬところがあるかもしれない。
ミザ公爵も、周りにいたその他権力者達も私を数奇な目で見ている気がする。
「リルフォード男爵」
「はい」
「人生において最も重要な財産はなんだ?」
顔も知らぬような若者がおもむろに立ち上がって、妙なナゾナゾを仕掛けてきた。歳は私とそう大差ないようだが、なんだか偉そうな奴だ。
「……時間、ですか?」
「分かっているならなぜ守れない?」
「……いじめてやるな、サラア子爵」
と、口を入れたのはなんとミザ公爵だった。
「可哀想に、目にクマが出来ているではないか。聞けば最近爵位を継いだばかりとか。多忙を察してやれ」
そう言って、顔は全く笑っていないけど、私の方を向いて続けた。
「フォーカスは実に優秀な男だった。国王陛下も目をかけるほど、男爵にしておくのも勿体ないほどにな……奴の後釜は、大変だろう?」
「いえ……そのような事は……」
……恐ろしい顔のデブじじいと思ったが、なかなか話が分かるようだ。流石公爵ともなると、余裕が違うというか、懐の広さがより大物という事を感じさせる。
「……まぁ、ミザ公爵がそうおっしゃられるのであれば……いい」
サラア子爵という雑魚が、ばつが悪そうに席に戻る。ざまぁみやがれ。
「かけたまえ、リルフォード男爵。皆、君を待ち望んでいたよ。今日の集まりはある意味で、君が主役だからな」
と、ミザ公爵。私は言葉の意味を理解しかねながらも、言われた通り唯一空いた席に腰を下ろす。彼──ミザ公爵の正面の席だった。
「……率直にいうがリルフォード男爵、領土を国に返還するつもりはないか?」
使用人がついだ水を口に含もうとして、あやうくグラスを落としかけた。ミザ公爵は私の反応を待って、じっと目だけを見据えている。
「……どういう意味でしょう?」
「国王陛下を含め、皆で話し合う機会があってな。本国にいるギルティアという男に領土を授けたい。平民あがりではあるが、騎士として非常に優秀な男だ」
と、ミザ公爵が初めて笑った。太った蛇の口角を強引に持ち上げたら、こういう表情になるのかもしれない。そう思えるようなゾッとする笑みだった。
「……私は……リルフォード家は用済み、という事ですか?」
「この国において女性が爵位を継いだ前例は、ほぼない。君はフォーカスの遺言に従って当主となったようだが、実際に、体力的にも厳しく、辛いだろう?」
「……包み隠さずいえばその通りですが……それでも、例えお義父様に劣ろうとも、私なりに精一杯やっております」
「君なりに、では困るのだ。領土は正しくは君のものではない。国のものなのだから」
「そのギルティアというかたが私より領土を治めるに相応しいと?」
「フォーカスがあのような事にならなければ、奴が一番マシだったかもしれぬがな」
「私は、フォーカスの……お義父様の娘です! 誰よりも近くで彼を見て学んできました。もう少し、お時間を下さい。必ずお義父様のような結果を出してみせます!」
「結果ならば、既に出ている」
そう言ってミザ公爵は、一枚の紙切れをこちらに差し出してきた。見覚えがある紙だった。
「それにサインをしたのは君だろう? リルフォード男爵。文章をよく読まなかったのか? それとも多忙のせいで、字をまともに勉強する時間もなかったか?」
「……これは?」
「君がこれにサインを書いたせいで、君は、本来国に寄与すべき領土の税を、憎き反乱軍に分け与える事になってしまったのだ」
背筋が凍りました。
「……そんなインチキのような書類、どうやって用意したのか。あるいは君自身被害者で、誰かにハメられたのか……それはどうでもいいが、この事は不運にも国王陛下のお耳に入ってしまった。陛下はこれを国逆行為とお怒りだ。通常であれば処刑か、国外追放が妥当なところだろう。彼をなだめるのは大変だったぞ? 命があるだけマシと思って、私には感謝してもらいたいな?」
「そんな……」
「字も読めぬ馬鹿に領主たる資格など、あろう筈がない。大人しく没落したまえ」
テーブルを囲う全ての目玉が冷たく私を睨み付けています。
呼吸が、出来ない──。
私の目の前が真っ暗になって、その場に倒れ込んでしまいました。
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