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1.何を話しているのだろう
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──お義父様が、亡くなりました。
心不全だったそうです。お医者様が言うのだから間違いはないでしょうが、とうてい納得しようがありませんでした。お義父様はまだ三十代でしたから。
優秀な魔導士であり、優秀な領主だったお義父様。
非常に精力的なかたで、日頃の振る舞いは健勝そのものでした。彼の疲れた顔など、一度も見たことがありません。今週も会談のためといって、短い間に三つもの国を行ったり来たり。
何でもないような顔で、実は相当なご無理をされていたというのでしょうか。だとするなら、どうして娘の私が気付けなかったのでしょう。
お義父様ならば問題はない。信頼していたといえば綺麗事のようですが、実際のところ私は、何も考えていなかっただけです。考えたくなかったのかも。
だってそうでしょう? 命は当たり前にあって、明日は当たり前に訪れる。皆そう考えています。
そんな当たり前がある日突如、理不尽に、暴力的に、脈絡もなく途切れてしまうものだと、そういう事も起こりえるのが人生だと、誰だって、知識としては有しているんです。
「……問題は、お義父様の遺産をどう分配するかよ」
長女──レイシア・リルフォードお義姉様がそう言うと、次女のミルリアお義姉様が真っ先に反応しました。
「遺産と一口に言ったって、借金も含まれるのでしょう。私、借金を抱えるのなんて嫌ですわよ?」
「ならこの領土とお屋敷の所有権は私が頂こうかしら。長女なのだから、当たり前よね?」
「お義姉様が、領主になる……? ハッ、字もろくに読み書き出来ませんのに?」
ミルリアお義姉様が鼻で笑い、レイシアお義姉様がムッとした顔をされます。
「領主なんて、自分の名前だけサイン出来ればいいのよ。委細は全て執事のラーバートにやらせるんだから」
「半年で領土を国に返す事になりそうですわね」
「ならあなたがなってみる? ミルリア。って、無理ね。男と遊び歩いてばかりのあなたに、務まるはずがないわ」
「社交界こそが令嬢の職場なのですよ。お義姉様はあまりご存知なかったかしらね? ごめんなさい、私、お義姉様と違って、モテますので」
「……あなたがモテる理由を教えてあげる。あなたがお義父様の養子だからよ。男達はみな、リルフォード男爵家の名と将来性を買ってあなたに近づくの。それだけのこと。だというのに、まるで自分が絶世の美女かのような物言い……あまりに愚かな思い込みだわ。可哀想に」
「……頭の可哀想な方に同情されては、おしまいですわ」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味ですが?」
「かあ!」
「きぃ!」
……この人達は、何を話しているのだろう。
お義父様が亡くなったという事実を分かっていないのでしょうか?
普段はいがみ合っていても、こういう時は共に悲しみあい、慰めあえる筈だと、そう考えていた私の甘い期待は、もろくも打ち砕かれました。
お義父様が亡くなろうとそうでなかろうと、彼女達の世界の色は、変化がないようです。
「……アリアは黙っているけれど、あなた、遺産はいらないわよね?」
不意に名を呼ばれ、私はびくんと肩をふるわせました。
「ああ、お義姉様やめてあげて。そんな言い方をされては、本当にアリアには金貨の一枚も分配されないわよ? この子に、私達に逆らう度胸なんてありっこないんだから……ねえ、アリア?」
二人の義姉はクスクスと笑います。
そうして私は本当に、何も言い返せませんでした。
もともと気の強い義姉達が、苦手だったからというだけの理由ではありません。残された義娘達の醜い罵り合いを、お義父様が見たらさぞ悲しまれる事でしょう。そう思ってしまったら、胸が詰まって何も言えなくなってしまったのです。
心不全だったそうです。お医者様が言うのだから間違いはないでしょうが、とうてい納得しようがありませんでした。お義父様はまだ三十代でしたから。
優秀な魔導士であり、優秀な領主だったお義父様。
非常に精力的なかたで、日頃の振る舞いは健勝そのものでした。彼の疲れた顔など、一度も見たことがありません。今週も会談のためといって、短い間に三つもの国を行ったり来たり。
何でもないような顔で、実は相当なご無理をされていたというのでしょうか。だとするなら、どうして娘の私が気付けなかったのでしょう。
お義父様ならば問題はない。信頼していたといえば綺麗事のようですが、実際のところ私は、何も考えていなかっただけです。考えたくなかったのかも。
だってそうでしょう? 命は当たり前にあって、明日は当たり前に訪れる。皆そう考えています。
そんな当たり前がある日突如、理不尽に、暴力的に、脈絡もなく途切れてしまうものだと、そういう事も起こりえるのが人生だと、誰だって、知識としては有しているんです。
「……問題は、お義父様の遺産をどう分配するかよ」
長女──レイシア・リルフォードお義姉様がそう言うと、次女のミルリアお義姉様が真っ先に反応しました。
「遺産と一口に言ったって、借金も含まれるのでしょう。私、借金を抱えるのなんて嫌ですわよ?」
「ならこの領土とお屋敷の所有権は私が頂こうかしら。長女なのだから、当たり前よね?」
「お義姉様が、領主になる……? ハッ、字もろくに読み書き出来ませんのに?」
ミルリアお義姉様が鼻で笑い、レイシアお義姉様がムッとした顔をされます。
「領主なんて、自分の名前だけサイン出来ればいいのよ。委細は全て執事のラーバートにやらせるんだから」
「半年で領土を国に返す事になりそうですわね」
「ならあなたがなってみる? ミルリア。って、無理ね。男と遊び歩いてばかりのあなたに、務まるはずがないわ」
「社交界こそが令嬢の職場なのですよ。お義姉様はあまりご存知なかったかしらね? ごめんなさい、私、お義姉様と違って、モテますので」
「……あなたがモテる理由を教えてあげる。あなたがお義父様の養子だからよ。男達はみな、リルフォード男爵家の名と将来性を買ってあなたに近づくの。それだけのこと。だというのに、まるで自分が絶世の美女かのような物言い……あまりに愚かな思い込みだわ。可哀想に」
「……頭の可哀想な方に同情されては、おしまいですわ」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味ですが?」
「かあ!」
「きぃ!」
……この人達は、何を話しているのだろう。
お義父様が亡くなったという事実を分かっていないのでしょうか?
普段はいがみ合っていても、こういう時は共に悲しみあい、慰めあえる筈だと、そう考えていた私の甘い期待は、もろくも打ち砕かれました。
お義父様が亡くなろうとそうでなかろうと、彼女達の世界の色は、変化がないようです。
「……アリアは黙っているけれど、あなた、遺産はいらないわよね?」
不意に名を呼ばれ、私はびくんと肩をふるわせました。
「ああ、お義姉様やめてあげて。そんな言い方をされては、本当にアリアには金貨の一枚も分配されないわよ? この子に、私達に逆らう度胸なんてありっこないんだから……ねえ、アリア?」
二人の義姉はクスクスと笑います。
そうして私は本当に、何も言い返せませんでした。
もともと気の強い義姉達が、苦手だったからというだけの理由ではありません。残された義娘達の醜い罵り合いを、お義父様が見たらさぞ悲しまれる事でしょう。そう思ってしまったら、胸が詰まって何も言えなくなってしまったのです。
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