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4.性格悪くないですか?
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「実際のところ、ミライの言う通りではあるわ」
「何がです?」
チェスの勝負は終盤、戦況は私がよしといったところでしょうか。
彼の言った新手というのは、既存の戦略に少し捻りを加えただけのものであって、長考はしてしまったものの無難な対応が出来たところ。
「魅力を欠いている。アズライ様を満足させられる女ではないと」
キーファは、盤面からこちらに視線を移しました。
「レイシェルお嬢様は、ご自分が女らしくないと?」
「幼い頃から父の影響が大きすぎたのかも。普通の令嬢がダンスを練習をしているのに、私は乗馬に夢中だったでしょう? 夜といえば詩を読んで過ごすものなのに、私が読んできたのは戦術書。あげく、こんな風に夜な夜な、執事とチェスで遊んでる」
「一応、考えていらしたんですね」
「それは、一応は考えますよ。私だって」
静かにそう言って、キーファがナイトを動かします。私は、む、と思いました。
一見タダに見える手です。とるならポーンしかありませんが、ここは勝負手の筈。しかし、真意が掴めない。
私はジッと盤面に視線を落とし考え込みました。
「レイシェルお嬢様は視野が広い」
キーファがそう言ってきました。
「民あっての領地、あなたはその事を誰よりも理解されています。領民は皆満足していますし、その手腕は決してお父様に劣るものではありません」
三手先、四手先、五手六手七手八手先……。読めば読むほど不可解で、ブラフのようにしか見えません。あらゆる返しの手を想定したつもりで、私は静かにその毒を喰らいます。
キーファの目が、若干細まったように見えました。
「レイシェルお嬢様はどうされたいのですか?」
「私?」
「ええ、本当にミライお嬢様がアズライ様と婚約されて、この屋敷を出ていく。それがレイシェルお嬢様の望むところですか?」
「そうね。それが一番丸く収まるでしょう」
「本当に?」
やはり、ブラフだったようです。次の手も想定の範囲内。いや……。
「姉妹なのだから仲良くするのが一番いいなんて、言わないで頂戴ね。家族だからこそ険悪になる事だってあるわ」
「それはそうかもしれませんが」
「私達はもう永遠に分かり合えない。悪手で道筋を間違えたのよ。でも人生はチェスとは違って、一度っきり。次のゲームには生かせない」
「物事の正しい道筋を最後まで読もうと努力するのがチェスです」
「上手い事言うわね。じゃあ、あなたが妹を調教して頂戴」
「それは出来ません」
「なぜ」
ようやく見落としに気付きました。閃いたのは正直、運もあったかもしれません。私は素早く軌道修正の一手を模索します。
「レイシェルお嬢様だから仕えているのです。あなたがどういう道を選ぼうと、僕はずっとあなたと一緒に居ます」
せっかく、全部見えそうなところまでいっていたのに。私は、不意をついて変な事を言ってきた彼をじろりと睨み付けました。
「……動揺させようとしてます?」
「何がです? 」
こいつ、と、深く息を吐き出し私は答えを出しました。
私が動かしたビショップを見て、キーファが目を丸めます。まんまと罠にかかったと思っていたのに、ここで改めて切り返してくるなど考えもしなかったのでしょう。
そしてこれが決定打となりました。
盤面を進めるうちに、彼の勝ちは完全になくなりました。あとはこちらが囲うのみ。なぶり殺しのような布陣になって、美しい盤面とは言い難くなってしまいましたが、素直に負けるよりいいのです。
キーファは大きな溜め息をつき、こう呟きました。
「……性格悪くないですか?」
私は椅子の背もたれに体重を預け、ふふん、と笑ってあげました。
「知ってます。投了してください」
「何がです?」
チェスの勝負は終盤、戦況は私がよしといったところでしょうか。
彼の言った新手というのは、既存の戦略に少し捻りを加えただけのものであって、長考はしてしまったものの無難な対応が出来たところ。
「魅力を欠いている。アズライ様を満足させられる女ではないと」
キーファは、盤面からこちらに視線を移しました。
「レイシェルお嬢様は、ご自分が女らしくないと?」
「幼い頃から父の影響が大きすぎたのかも。普通の令嬢がダンスを練習をしているのに、私は乗馬に夢中だったでしょう? 夜といえば詩を読んで過ごすものなのに、私が読んできたのは戦術書。あげく、こんな風に夜な夜な、執事とチェスで遊んでる」
「一応、考えていらしたんですね」
「それは、一応は考えますよ。私だって」
静かにそう言って、キーファがナイトを動かします。私は、む、と思いました。
一見タダに見える手です。とるならポーンしかありませんが、ここは勝負手の筈。しかし、真意が掴めない。
私はジッと盤面に視線を落とし考え込みました。
「レイシェルお嬢様は視野が広い」
キーファがそう言ってきました。
「民あっての領地、あなたはその事を誰よりも理解されています。領民は皆満足していますし、その手腕は決してお父様に劣るものではありません」
三手先、四手先、五手六手七手八手先……。読めば読むほど不可解で、ブラフのようにしか見えません。あらゆる返しの手を想定したつもりで、私は静かにその毒を喰らいます。
キーファの目が、若干細まったように見えました。
「レイシェルお嬢様はどうされたいのですか?」
「私?」
「ええ、本当にミライお嬢様がアズライ様と婚約されて、この屋敷を出ていく。それがレイシェルお嬢様の望むところですか?」
「そうね。それが一番丸く収まるでしょう」
「本当に?」
やはり、ブラフだったようです。次の手も想定の範囲内。いや……。
「姉妹なのだから仲良くするのが一番いいなんて、言わないで頂戴ね。家族だからこそ険悪になる事だってあるわ」
「それはそうかもしれませんが」
「私達はもう永遠に分かり合えない。悪手で道筋を間違えたのよ。でも人生はチェスとは違って、一度っきり。次のゲームには生かせない」
「物事の正しい道筋を最後まで読もうと努力するのがチェスです」
「上手い事言うわね。じゃあ、あなたが妹を調教して頂戴」
「それは出来ません」
「なぜ」
ようやく見落としに気付きました。閃いたのは正直、運もあったかもしれません。私は素早く軌道修正の一手を模索します。
「レイシェルお嬢様だから仕えているのです。あなたがどういう道を選ぼうと、僕はずっとあなたと一緒に居ます」
せっかく、全部見えそうなところまでいっていたのに。私は、不意をついて変な事を言ってきた彼をじろりと睨み付けました。
「……動揺させようとしてます?」
「何がです? 」
こいつ、と、深く息を吐き出し私は答えを出しました。
私が動かしたビショップを見て、キーファが目を丸めます。まんまと罠にかかったと思っていたのに、ここで改めて切り返してくるなど考えもしなかったのでしょう。
そしてこれが決定打となりました。
盤面を進めるうちに、彼の勝ちは完全になくなりました。あとはこちらが囲うのみ。なぶり殺しのような布陣になって、美しい盤面とは言い難くなってしまいましたが、素直に負けるよりいいのです。
キーファは大きな溜め息をつき、こう呟きました。
「……性格悪くないですか?」
私は椅子の背もたれに体重を預け、ふふん、と笑ってあげました。
「知ってます。投了してください」
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