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第6話 パートタイム(6) エピローグ
しおりを挟むポケットに入れて置いたスマホが震えた。見ると加奈からだった。廊下に一度出る。
『幸弘、今日の昼休み会える。ちょっと急いで見せたいものが有って』
『見せたいもの』
『会ってから』
『分かった』
加奈は、既にあの店を辞めて別の仕事に就いている。彼女の学歴とキャリアを考えれば、このご時世でも問題ない事だ。
「これ見て」
手に持っていた、あまり、目にも留めない三流週刊誌のページを開いた。
「なにっ、どうしてこんなことに」
「私にも分からないわ。恵子から何か聞いてなかった。最近の事」
「あまり、彼女とは、話さない」
「仕方ないか。でもこれは不味いよ。幸弘と同じ中川だからって、分かる訳ないと思うけど、万一があるし。気を付けてね。変な勘繰り入れて来る奴は、笑って無視するのよ」
「分かっている。これ貰っていいか」
「いいわよ。幸弘にあげるつもりだったから。所で、今度また会える」
「いいよ。都合のいいとき連絡して」
「今日。どうせ、揉めるでしょ。家に来たら」
「……」
「まあ、いいわ。今度連絡する」
僕は、定時になると急いで家に帰った。
「恵子」
あっ、帰って来た。
「お帰りなさい」
「どういうことだ。これは」
いきなり玄関で週刊誌を突き付けられた。彼は、私をどけてリビングに行ってしまった。
なんだろう。何のこと。見開きの週刊誌を見た。
えっ、そんな。なんで……。
頭が真っ白になった。
私が、表に出るなんて無いと警察は、言っていたのに。まさか。
急いでリビングに戻ると、幸弘が座らずに私を睨んでいた。
何も言えずに、床に崩れ落ちた。
「どうしてなんだ。なんでこうなった」
「……。警察に呼ばれて、全てを話しました。あいつを訴えるかと言われて、前の事を思い出すとカッとなって、訴えると言ってしまいました。弁護士がみんなやるから、私は表には出ないって言われて」
「なぜそれを僕にすぐに話さなかったんだ」
「……ごめんなさい。ごめんなさい。言えば、また幸弘と嫌な思いが甦ると思って」
私は、彼の足に縋ったが、直ぐに払いのけられた。
「お前は、一度、俺を裏切った。怒りに頭が混乱したよ。でも俺は恵子を好きだった。愛していた。あんな事が有っても。だから、ずっと我慢して来た。やっと、やっと、この前から、前の様な夫婦に戻れたと思った。何故なんだ。何故お前は二度も俺を裏切る」
そう言うと彼は、家から出て行ってしまった。
その日は、帰ってこなかった。次の日も。
その次の日、両親が、訪ねて来た。二人共とても心配そうな、そして悲しい顔をしていた。
「恵子、一度帰って来なさい」
「……」
もう私には、この家に留まる気力が無かった。
実家に帰ると、あの週刊誌とSDカードが置いてあった。
「どうしたのこれ」
「幸弘君が置いて行った」
私はSDカードを持つと
「これも見たの」
お母さん頭を頷いた。
「あと、これも」
それは、幸弘の署名、捺印がされた離婚届だった。
悶々としながら、日々を過ごしていた。
家を出てから二日目に、恵子の実家に行った。週刊誌とSDを見せた。両親は、驚きで声も出なかったようだ。
四日目に自分の家に戻った。恵子はいなかった。ずっと加奈の世話になっていた。
二週間も経った水曜日。僕の家の前で見知った人と知らない男が立っていた。
一瞥した後、家に入ろうとした時、
「中川さん」
何だ。この男は、
「私、弁護士の、北野のと申します。少しお話出来ないでしょうか」
「すみません。この後も用事があります。それに人の家の前で、待ち伏せするようにいきなり声を掛ける様な人を、
何を持って会話の接点を見出そうとしているですか。
あなた弁護士と言いましたよね。上目目線で言うのやめてほしいな。」
「……」
「幸弘君。申し訳ない。こうでもしないとあって貰えないかと思って」
「お父さん。電話の一つで済むでしょう」
かつての妻、今でも妻だが、その義父に控えめに言われて妥協せざるを得なかった。
仕方なく家に入れた。リビングのソファに座り、相手の顔を見た。
「中川さん、恵子さんは、復縁を望んでいます」
頭に血が上る感じがした。
「他人が、何をほざく。お前は誰だ。何の権利が有って、恵子の名前を口にする。汚らわしい」
冷静だった。
「失礼しました。私は、今回の恵子様の行いについて弁護する立場にある人間です。・・」
言葉が、終わらないうちに
「弁護。弁護というのか貴様。お前の妻が、愛する妻が、知らない内に知らない男とセックスそれも異様なセックスに興じていたんだぞ。
だが、それを俺は、許した。死ぬ思いで我慢して俺はそれを許した。元に戻ろうと努力もした。
にも拘らず、またしても、恵子は俺を裏切った。そんな女の何を弁護するというのだ。
おまえの女房が、もし同じことされたら、おまえは、弁護出来るのか」
どの位時間が経ったのか分からない。
「失礼しました。幸弘様は興奮しているようです。改めてお伺いします」
「最低だな。あんた。弁護士というのは、六法全書読んで、検索比較しかできない人種と思っていたが、間違いない様だな。僕の言葉に反論があるなら、法律を超えた提案を持って来たらいい」
二人は頭を下げて出て行った。
それから一か月後、もうあの事も忘れようとしていた時、
「幸弘」
今一番会いたくない人間が、僕の家の前に居た。目を合わせずに通り過ぎようとした時
「お願い、聞いて」
恵子は、道路に頭を擦り付けて懇願していた。
「やめろよ。みっともない。早く離婚届に判を押してくれ」
「やだ。やだ。幸弘と一緒でなきゃ、いやだ」
「どの面下げてそんな事言える。二度も俺を裏切って」
「もうそんなことしない。そんことしない。許して」
「迷惑なんだ。お前がどう言おうと事実は消えない」
「お願い、許して」
僕の足にしがみついて来た。振り払おうとした時、
「幸弘。聞いてあげなよ。一度は聞いたんだ。もう一回位いいでしょ。恵子の言い分」
会社に連絡して、会社を休むことにした。
「何を説明したい」
「・・・脅されたの」
「何を言っているんだ」
「仕事を続けたければ、言う通りにしろと。ごめんなさい。断れなかった。その後、汚れた体を綺麗にしようとしたら、それも撮られていたの。それで脅されて」
急に昔の話をし始めている。頭がおかしいのだろうか。
「……。なんでその時、話してくれなかった」
「話すつもりが、きっかけがなくて」
「きっかけがない。一週間もあったんだぞ。その後も何週間あったと思ってんだ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。そんなつもりはなかった。ただ体が」
もう、聞くに堪えなかった。
「俺が望むのは、お前が、離婚届に判を押してくれることだけだ」
それだけ言い切ると恵子の顔を見た。
恵子は、その後一人で帰って行った。
何も出来なかった。二度も彼を裏切ってしまった。もう許してもらおうとは、思っていない。
でもこれからも一緒に居たかった。もう駄目なのかな。ゆっくりと意識が消えていった。
「なんでこんなことに」
「君に会いに行った後、部屋に閉じこもっていたんだ。声を掛けても何も言わないから、今日の朝、ドアを開けて見たら」
かつて、妻であり、今でも妻である女性が、横たわっている。連絡が届いたのは、朝の七時だった。
「医者は、なんと」
「心臓は動いているが、本人が生きようとする気力がない様だ。患者の心の中にある人が、毎日、声を掛けて、こちらに引き戻すしか方法が無いと」
「なんですかそれは」
「それと幸弘君、これを」
そう言われて、未開封の封筒を開けて見た。
『幸弘。ごめん。馬鹿な私でした。許してなんて言えない。でも聞いて。もし。もしだよ。来世であったら、こんなこと絶対しないから。もう一度愛させて』
恵子の両親が、病院のベッドの脇の床に頭を擦り付けて
「幸弘君。頼む。頼む。この通りだ」
「幸弘さん。お願いします。お願いします」
「……」
俺は、馬鹿なのだろうか。今、恵子のベッドの側で、恵子の寝顔を見ている。毎日声を掛けている。楽しかった時の事を話しながら。
もう半月近く、一日中側にいる。会社には、仕事を中断したいと申し出た。当然解雇された。
三週間目の午後、奇跡的に恵子の目が開いた。
急いでナースコールをすると、看護婦が病室に入って来た。それと交代で、病室で恵子の両親に恵子の気が戻ったことを伝えた。
「中川さん。気づかれました」
私は、ぼーっ看護婦の顔を見ていた。
「あの、誰かここに」
「ああ、男の人ですね。先ほどお電話を掛けに行かれたようですが」
戻って来ると思った。幸弘。
僕は、もう一か所電話をかけていた。
病院のロビーで待っていると、
「随分短かったわね。もっと時間かかると思っていたわ」
「……」
「しかし、呆れた。でも、こんな人だから惚れたんですけどね。……もういいの。ここには来ないね」
彼は、黙って頷くと
「世話になるな」
「世話をしてあげるわよ。私の旦那様」
――――
いかがでしたでしょうか。
無い様で、有るかもしれないお話でした。
愛しているが故に、自分が傷ついてでも夫との生活を守ろうとした妻。
妻を愛し、例え裏切られたとしても、それでも好き、愛していると言える夫。
夫をお人好しで、馬鹿な男と思うか、妻への愛情深い男と見るか。はたまた別の視点で見るか。
また別の話を書いてみようかなと思います。
面白そうとか次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘もお待ちしております。
お願いします。
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