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現実、日常を見る

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 もう一か所付き合ってほしいという渡瀬くんに連れられて再び電車に乗る。どこへ行くのか尋ねるとついてからのお楽しみだと言われてしまう。そう遠くへは行かないから、と言われてわたしもそれ以上は聞かなかった。秘密。サプライズでどこかに連れて行かれることにわくわくした。そろそろ太陽が傾いていて、電車の中も座ることができなくてわたしたちはドアの前に並んで立つ。触れ合っている肩がちょっとだけ、あったかいなと思った。

「わ、わ、すごい」

 渡瀬くんが連れてきてくれたのはイルミネーションの綺麗な場所だった。駅前に立ち並ぶ木が電飾で飾られていて、足元の薄っすらと積もった雪が雰囲気を際立たせている。

「こんなところがあったんだね」
「まぁ俺もつい最近知ったんだけど……」

 道なりにそって歩く。木が装飾されているだけじゃなくて小さなスノーマンの置物や、大きなトナカイの装飾まで。きらきらとあたり一面が輝いている。もう日は落ちてとっくに寒いはずなのに、不思議と寒さを感じなかった。

「イルミネーション、見に来るの初めて?」
「うん。初めて来た」

 テレビの中でしか見ることの無かった光景。ドラマの主人公たちがこうして、いまのわたしたちのようにイルミネーションの中を歩いていた。
 更に進んでいくとそこには大きなクリスマスツリー。周囲の人は恋人同士の人が多いのかな? でもそんなことは関係なくて、友達とこういう場所に来ることができて、わたしは嬉しかった。連れて来てくれたこと、とっても嬉しい。
 友達。友達。

「すごいね。きれいだね」

 冬の夜は寂しくて、寒くて。
 そんな幼少期の思い出が蘇る。だけどこの光景を見ているとそんな悲しい思い出も忘れられそうだった。
 特定の光景を綺麗だと思ったのはこれが初めてかもしれない。わたしは海が好きだけど、海はきれいなものとは考えていない。あれは青々としていて禍々しい、どちらかといえば畏怖すべきものだ。
 目の前の光景は綺麗だ。純に、悪いものが混ざらない綺麗な光景。

「三屋」
「うん? なに?」
「あのさ」

 何かを言いたそうな渡瀬くんの横顔を眺める。すぐに目があった。少し高い位置にある二つの目。鋭いようで、優しい。大好きな友達だ。

「あの、さ。俺ら、いや。俺と付き合わねぇ?」

 その言葉にわたしはどうしていいのかわからず。首が私の意思に反して横にぐらりと傾いた。
付き合う、というとそれは恋人同士になるということで間違いないはずだ。ついさっき、渡瀬くんが買ってくれたメルメルのぬいぐるみが入った袋をぎゅっと握りしめる。

「え、と」
「急にごめん。でも、ちゃんと伝えたくて」

 渡瀬くんの目は真剣だった。決して冗談なんかじゃない。真剣に、わたしと恋人同士になりたいと伝えてくれている。
 だけど、その言葉を飲み込んだ途端に得体のしれない気味の悪さが喉の奥からこみ上げてきた。
 違う。渡瀬くんが嫌なんかじゃない。その好意は喜ぶべきものだ。嬉しいもの。わたしを認めてくれている。
わたしはその好意を素直に感じ取ることができないみたいだった。その気味の悪さを悟られないように、気づかれないように、仮面をかぶるかのように戸惑いと驚きの表情だけを顔に張り付ける。

「ありが、とう。だけど、でもびっくり、しちゃって」

 この瞬間にわたしの思い描いていた友情は既にそこにはなかったのだと思い知らされる。今しがた、わたしに恋愛感情を抱いたわけじゃない、きっともっとずっと前から彼はわたしにそんな感情を持っていた。
 友達、だと思っていたのはわたしだけだったみたい。
 そう思ってしまうとショックだった
 始めて出来た仲の良い友達が、とっくに友達じゃなかったことに。

「その、ええと」
「いや、いいよ。強制したいわけじゃないから」

 違う。申し訳ないと、そんなふうに思って欲しいわけじゃない。友達じゃなかったことはショックだしわたしは悲しんだ。だけど、彼は何も悪くないから。
 わたしが一人でそう思い込んでいただけで、悪いのはわたしだ。それに、彼はわたしのことを全部知らないから……そういうことが、言える。そういう気持ちを持つことができる。
 本当のわたしを知らない。教えていない。それって、友達にすらなれていなかったのかな?

「……今日はもう遅いから、次の休みにまた一緒にでかけよう? わたし、話してなかったことがあるの」

 曲がりなりにもわたしは彼を友達だと思っていた。だけどそんな友達にわたしは一番大切なことを打ち明けていなくて、もう友達には戻れないかもしれないけど、せめて本当のわたしを打ち明けたい。

「わかった。いいよ」

 そうしてわたしたちは無言のまま、イルミネーションが並ぶ通りを歩いて駅へと戻った。
 別れ際、彼は「今日はありがとう」と伝えてくれた。だけどわたしは不器用にも首を縦にふることしか出来なかった。


 あの日から三日。わたしは大学で渡瀬くんと会うのが気まずくて、徹底的に彼を避けていた。お弁当は午後の講義室に一番乗りして食べたし、新聞屋さんの近くも通らない。サークルもサボってしまった。

「うさぎちゃんも慣れてきたね」
「あはは……まだまだです。緊張しちゃって」

 今日、バイト先は定休日だったけど発送作業はあるからと先輩であるゆかさんと二人、お店のバックヤードで作業していた。
 このバイトは人前に立たなくていいし、もくもくと作業が出来るからわたしにはちょうど良かったなぁとつくづく考える。そう考えると髪の毛もピンクのままでよかったのかもしれない。

「うさぎちゃん、大学でなんだっけ、ディベートサークル? 入ってるんだよね? どんなことするの?」

 その言葉にどきりとする。何せ、昨日のサークルはさぼってしまったし、渡瀬くんと知り合ったのもサークルでの出来事だ。必然と、連想ゲームのように渡瀬くんのことを思い出してしまう。

「ひとつの議題について話し合ったり……あとはスピーチしたり……あっこの前は絵しりとりなんてしました」
「へぇ、授業以外にそんなことしてるなんて」
「担任の先生に強制的に入るよう言われてしまって」
「そうなんだ。でも楽しそう。いいなぁ、サークル活動やっておけばよかった」

 ゆかさんはお喋りだ。よく色んな話を聞かせてくれる。わたし相手に話していても楽しいのかなぁなんて思うけど、でも話をしてくれることは素直に嬉しいからわたしは相槌をうちながら聞き役に徹していた。

「うさぎちゃん、妹みたいでつい色んなこと話したくなっちゃう」
「妹、ですか?」
「うん。あたし妹が欲しかったんだ~」

 妹。言われてみれば。わたしにはきょうだいがいない。妹のようだと言われて初めて考えたけど、ゆかさんみたいなお姉さんがいたら楽しいのかもしれないなぁ。

「わたしも、ゆかさんみたいなお姉さんがいたらいいのにって思います」

 赤いリボンを結びながらそう返事をした。
 小さい頃の寂しくて悲しい思い出。もしそこに、頼りになるお姉ちゃんがいたらどうなっていたかな。そんなことを幼い頃にも想像していた気がする。

「あの、ゆかさん」

 わたしは不思議とこの人になら話しても良いかな、とそんなことを思った。

「ん?」
「ちょっと聞いてほしいんですけど……」

 わたしは今の自分のことを正直に話した。
 渡瀬くんに付き合ってほしいと言われたこと、渡瀬くんのことはようやくできた大切な友達だと思っていたこと、でもわたしには未来を約束した人がいること。その人と遠くで暮らすつもりでいること。そしてそのことを渡瀬くんは知らないということ。
 それらの一部を話すつもりではいるものの、全部を伝える勇気がないということも。

「なるほどねぇ……」

 わたしが全てを話し終えるとゆかさんはパソコンのモニターを見つめたまましみじみとそう答えた。

「その未来を約束した人っていうのは恋人でも婚約者でもないの?」
「そうなんです。ちょっと複雑なんですけど……」
「そっかー。難しいことはよくわからないけど、例えばそのワタセくんと付き合ってもいずれは別れが来るってことだよね?」
「そう、ですね」

 渡瀬くんと付き合う可能性。それは全く考えていなかったけど、仮にそういう関係になったとしてもわたしの未来はとーまお兄さんとあるから。いずれ、別れが来てしまう。

「でもさ、友達として仲良くしていてもうさぎちゃんが遠くへ行ったらお別れなわけでしょ?」

 そう言われてハッとした。
 わたしは渡瀬くんのことを友達だと思っていた。話していて居心地が良い、大切な友達であると。
 でもゆかさんの言う通り、このまま友達としての関係を続けても別れが来ることは決まっている。
 わたしはわたしを誰も知らない、遠くの地へ行く未来が決まっているから。友達でも恋人でも別れは決まっている。どうしてそのことに気が付かなかったのか。

「それなら、ひとまず大学卒業したら遠くに行くこととか、その大切な人のこと全部ワタセくんに話してみたらどう? 本当に友達なら受け入れてくれるんじゃないかな?」

 ゆかさんは振り返ってそう言ってくれた。溌剌とした真っすぐなその表情にわたしは一瞬、固まってしまった。ゆかさんはわたしのことを全然知らない。わたしも自分のことを今しがた話したばかり。
 その言葉にも声にも確かな説得力があった。とーまお兄さんのこと、誰かに話すのは抵抗を感じていた。わたしととーまお兄さんの時間を誰かに打ち明けるのはなんだか秘密をばらしてしまうような、そんな気がして。

「大事な友達を信用してなかったの、わたしの方だったみたいです」
「うさぎちゃんは真面目だしいい子だから、でも良い方向に話が向かうといいね」
「はい。ありがとうございます」

 渡瀬くんは大切な友達。その友達を信用していなかった事実に気が付いてなんだか顔が熱くなった。大切だなんだと言いながら心の奥底では信用も信頼もできていなかった。
 自分の不器用さを身に染みて感じた。
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