12 / 29
現実、日常を見る
1
しおりを挟む
九月と言ってもまだ少し蒸し暑い。
大学に向かう電車内は涼しくて快適。大学内も涼しい。だけど駅から大学へ向かう十五分の道のりは歩くだけで暑くて
「うーん?」
わたしは大学の中でちょっぴり迷子になっていた。
普段限られた講義室間でしか移動しないわたしは一年以上この大学に通っているのに大学構内を全然把握していない。特に渡り廊下を渡って東側はさっぱり。
そんなふうに迷子になっていると既に指定された時間を迎えようとしていた。
「旧福祉教室って何……?」
サークルの参加者に届いたメールを見返す。
そこには『十五時に東棟旧福祉教室』とが指定されている。
そもそもわたしの知っている講義室の名前は『Aなんとか教室』とか『Bなんとか教室』とかいうアルファベットで大体の場所がわかるようになっているから。
構内マップを見てもイマイチぴんと来ない。
仕方なく、わたしはひたすらに廊下を歩き始めた。
その教室を見つけたのは十五時を二分程過ぎた頃だった。東棟一階の一番奥にある教室。こんな変な場所にあるんじゃ辿り着けるわけがない。
「すみません、遅れました……」
ノックをしてからドアを開けて顔を覗かせるとそこには十人程が会議室のように机を四角く配置して座っていた。
ぎょろりとたくさんの目に注目されて固まる。遅れて入ってきたから、というのもあると思う。だけどその視線には好奇の意味が含まれているように思う。
だってわたしの髪、ピンクだし。
この真面目な教育大学ではそう見ない色。軽音サークルにでも入っていないとこんな色にはしないと思う。
「あぁ、それじゃあそこに座って。名前は?」
ぽっちゃりした中年ぐらいに見える講師。メールをくれた「黒田先生」かな。
「三屋です。三屋うさぎ」
「三屋さんね」
多分黒田先生は手元の紙に何かを記入している。
指定された通りこの出入口に近いイスに座る。見たことない人ばかりだ。そもそもディベートサークルなんてわたしは存在も知らなかったし、何かサークルに入ることを検討するときに候補にはあまりあがらないんじゃないかな、失礼ながら。
「うん、あと一人来ていないけど始めようか。後期から参加してくれている人は初めまして、顧問の黒田です。このサークルでは……」
黒田先生はこのサークルで何が行われるのか、その例をあげて説明し始めた。わたしはあんまりそれを聞かずにぼんやりと教室内を観察していた。
本当に見たことない人ばかり。学年が違うのか、学科が違うのか。あまり社交的じゃないわたしにとってなかなか緊張する場面でもある。それにディベートをするなら絶対に話をして関りあいにならないといけないし。
「それじゃ心機一転自己紹介でもしようか。一人一分で。佐藤くんから時計回りでいこう」
黒田先生は自分のすぐ横に座る男子を指し示す。そこから行けば私の発言は八番目。
でも一分を喋ることが思いつかない、七人分の自己紹介を聞いて参考に……うーん、参考にできるかな。
「三年の佐藤です。僕は一年からこのサークルに所属していて……」
いかにも真面目そう、と冷静に人間観察をしてみる。
一分も何を話すのかと思ったけど四人目まで進んで共通しているのはみんな自分の専攻や趣味、将来の目標について話している。
次でわたしの順番。
未だに何を話すか決めかねてドキドキしていると背後でバンッと大きな音が鳴る。驚いて振り返るとひとり、男の子が不機嫌そうな顔でドアノブを握っていた。
「……ディベートサークル、ここっすよね?」
「あぁ、そうだよ。えーと、君は渡瀬くんかな?」
「っす」
「待っていたよ。そこに座って。今は自己紹介中だから」
わたしの隣の席に渡瀬くんと呼ばれた男の子が座る。座るなりテーブルの下でスマホを触り始める。この匂いは香水だろうか。なんだか甘い匂い。
正直、苦手なタイプだと思った。それにこの場ではアウェイだ。ピンク髪のわたしが言えたことではないけど。
教室内のバランスがわたしと、この突然現れた渡瀬くんのせいでおかしなことになっている。
途中で自己紹介を止められた隣の人が自己紹介を再開する。趣味のゲームについて話していて、体感少し長めに話してから頭を下げて席に座る。拍手がやんだタイミングでわたしは立ち上がる。視線が再びわたしの方へ向いてわたしの中にピリッとした緊張が走った。
「二年の三屋うさぎです。わたしは……」
七人の自己紹介の間に考えていたこと、まずパパが教師でその影響で自分自身も教師を目指していることを述べた。それから得意教科。
しかしそれを述べたところで思いのほか時間が経っていないことに気が付く。
「……ええと、それから……わたしは海が好きで、特にクジラが好きで……将来は海の見える町に住みたいです。これで、終わります」
ぎこちなく、全く話す予定じゃなかったことを述べた。ぺこりとお辞儀をすると拍手が鳴った。そのまま下を向いて着席する。
緊張した。話すのは嫌いじゃないはずなのにどうしてもその緊張は消えてくれない。たくさんの視線や意識がわたしに向いていた。その感覚はぞっとする。
バクバクと鼓動が止まらなくてわたしは胸を押さえた。
ふぅ、大丈夫、大丈夫……。
「三年の渡瀬佑丞 。まぁ、頭それなりに良かったんでこの学校に来ました。別に教師にはなりたいとか思ってないんで――このサークルも無理矢理入れられたような感じです」
意外にもわたしの心臓の鼓動はそんなやる気のない自己紹介によって抑えられた。
拍子抜けだった。予想通りと言えば予想通りだけど、予想を上回るやる気のなさ。そして何より、わたしはその自己紹介の内容にどことなく親近感を感じていた。
わたしも勉強には不自由していなくて、今でこそ教師を志しているけどそれだって夏休み前までは思っていなかったことだ。このサークルにも担任の先生に言われたから来たのであって。
「ここ来ないと単位くれないって担任が言ってるんで。それだけです」
その言葉に黒田先生と一部のメンバーが軽く笑った。
拍手が起こり、止んで最後の人に自己紹介の順番が移動する。
わたしはそれとなく隣に座る渡瀬くんを気にしていた。この真面目な場所にもこんな人がいるものかと過ぎた感心を覚えていた。
普段受けている講義にもこんな人いないもん、だって。
大学に向かう電車内は涼しくて快適。大学内も涼しい。だけど駅から大学へ向かう十五分の道のりは歩くだけで暑くて
「うーん?」
わたしは大学の中でちょっぴり迷子になっていた。
普段限られた講義室間でしか移動しないわたしは一年以上この大学に通っているのに大学構内を全然把握していない。特に渡り廊下を渡って東側はさっぱり。
そんなふうに迷子になっていると既に指定された時間を迎えようとしていた。
「旧福祉教室って何……?」
サークルの参加者に届いたメールを見返す。
そこには『十五時に東棟旧福祉教室』とが指定されている。
そもそもわたしの知っている講義室の名前は『Aなんとか教室』とか『Bなんとか教室』とかいうアルファベットで大体の場所がわかるようになっているから。
構内マップを見てもイマイチぴんと来ない。
仕方なく、わたしはひたすらに廊下を歩き始めた。
その教室を見つけたのは十五時を二分程過ぎた頃だった。東棟一階の一番奥にある教室。こんな変な場所にあるんじゃ辿り着けるわけがない。
「すみません、遅れました……」
ノックをしてからドアを開けて顔を覗かせるとそこには十人程が会議室のように机を四角く配置して座っていた。
ぎょろりとたくさんの目に注目されて固まる。遅れて入ってきたから、というのもあると思う。だけどその視線には好奇の意味が含まれているように思う。
だってわたしの髪、ピンクだし。
この真面目な教育大学ではそう見ない色。軽音サークルにでも入っていないとこんな色にはしないと思う。
「あぁ、それじゃあそこに座って。名前は?」
ぽっちゃりした中年ぐらいに見える講師。メールをくれた「黒田先生」かな。
「三屋です。三屋うさぎ」
「三屋さんね」
多分黒田先生は手元の紙に何かを記入している。
指定された通りこの出入口に近いイスに座る。見たことない人ばかりだ。そもそもディベートサークルなんてわたしは存在も知らなかったし、何かサークルに入ることを検討するときに候補にはあまりあがらないんじゃないかな、失礼ながら。
「うん、あと一人来ていないけど始めようか。後期から参加してくれている人は初めまして、顧問の黒田です。このサークルでは……」
黒田先生はこのサークルで何が行われるのか、その例をあげて説明し始めた。わたしはあんまりそれを聞かずにぼんやりと教室内を観察していた。
本当に見たことない人ばかり。学年が違うのか、学科が違うのか。あまり社交的じゃないわたしにとってなかなか緊張する場面でもある。それにディベートをするなら絶対に話をして関りあいにならないといけないし。
「それじゃ心機一転自己紹介でもしようか。一人一分で。佐藤くんから時計回りでいこう」
黒田先生は自分のすぐ横に座る男子を指し示す。そこから行けば私の発言は八番目。
でも一分を喋ることが思いつかない、七人分の自己紹介を聞いて参考に……うーん、参考にできるかな。
「三年の佐藤です。僕は一年からこのサークルに所属していて……」
いかにも真面目そう、と冷静に人間観察をしてみる。
一分も何を話すのかと思ったけど四人目まで進んで共通しているのはみんな自分の専攻や趣味、将来の目標について話している。
次でわたしの順番。
未だに何を話すか決めかねてドキドキしていると背後でバンッと大きな音が鳴る。驚いて振り返るとひとり、男の子が不機嫌そうな顔でドアノブを握っていた。
「……ディベートサークル、ここっすよね?」
「あぁ、そうだよ。えーと、君は渡瀬くんかな?」
「っす」
「待っていたよ。そこに座って。今は自己紹介中だから」
わたしの隣の席に渡瀬くんと呼ばれた男の子が座る。座るなりテーブルの下でスマホを触り始める。この匂いは香水だろうか。なんだか甘い匂い。
正直、苦手なタイプだと思った。それにこの場ではアウェイだ。ピンク髪のわたしが言えたことではないけど。
教室内のバランスがわたしと、この突然現れた渡瀬くんのせいでおかしなことになっている。
途中で自己紹介を止められた隣の人が自己紹介を再開する。趣味のゲームについて話していて、体感少し長めに話してから頭を下げて席に座る。拍手がやんだタイミングでわたしは立ち上がる。視線が再びわたしの方へ向いてわたしの中にピリッとした緊張が走った。
「二年の三屋うさぎです。わたしは……」
七人の自己紹介の間に考えていたこと、まずパパが教師でその影響で自分自身も教師を目指していることを述べた。それから得意教科。
しかしそれを述べたところで思いのほか時間が経っていないことに気が付く。
「……ええと、それから……わたしは海が好きで、特にクジラが好きで……将来は海の見える町に住みたいです。これで、終わります」
ぎこちなく、全く話す予定じゃなかったことを述べた。ぺこりとお辞儀をすると拍手が鳴った。そのまま下を向いて着席する。
緊張した。話すのは嫌いじゃないはずなのにどうしてもその緊張は消えてくれない。たくさんの視線や意識がわたしに向いていた。その感覚はぞっとする。
バクバクと鼓動が止まらなくてわたしは胸を押さえた。
ふぅ、大丈夫、大丈夫……。
「三年の渡瀬佑丞 。まぁ、頭それなりに良かったんでこの学校に来ました。別に教師にはなりたいとか思ってないんで――このサークルも無理矢理入れられたような感じです」
意外にもわたしの心臓の鼓動はそんなやる気のない自己紹介によって抑えられた。
拍子抜けだった。予想通りと言えば予想通りだけど、予想を上回るやる気のなさ。そして何より、わたしはその自己紹介の内容にどことなく親近感を感じていた。
わたしも勉強には不自由していなくて、今でこそ教師を志しているけどそれだって夏休み前までは思っていなかったことだ。このサークルにも担任の先生に言われたから来たのであって。
「ここ来ないと単位くれないって担任が言ってるんで。それだけです」
その言葉に黒田先生と一部のメンバーが軽く笑った。
拍手が起こり、止んで最後の人に自己紹介の順番が移動する。
わたしはそれとなく隣に座る渡瀬くんを気にしていた。この真面目な場所にもこんな人がいるものかと過ぎた感心を覚えていた。
普段受けている講義にもこんな人いないもん、だって。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
夫の裏切りの果てに
鍋
恋愛
セイディは、ルーベス王国の第1王女として生まれ、政略結婚で隣国エレット王国に嫁いで来た。
夫となった王太子レオポルドは背が高く涼やかな碧眼をもつ美丈夫。文武両道で人当たりの良い性格から、彼は国民にとても人気が高かった。
王宮の奥で大切に育てられ男性に免疫の無かったセイディは、レオポルドに一目惚れ。二人は仲睦まじい夫婦となった。
結婚してすぐにセイディは女の子を授かり、今は二人目を妊娠中。
お腹の中の赤ちゃんと会えるのを楽しみに待つ日々。
美しい夫は、惜しみない甘い言葉で毎日愛情を伝えてくれる。臣下や国民からも慕われるレオポルドは理想的な夫。
けれど、レオポルドには秘密の愛妾がいるらしくて……?
※ハッピーエンドではありません。どちらかというとバッドエンド??
※浮気男にざまぁ!ってタイプのお話ではありません。
貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。
あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。
貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。
…あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる