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はじまりの再会

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「うさぎ。今日は買い物に付き合ってくれない?」

 朝起きてトーストの焼き加減をじっと眺めていたわたしにおばさんはそんなお願いをしてきた。
 わたしとしては今日もとーまお兄さんに会いたい。おばさんとはきっとこれから十年、二十年しても会えると思うけどとーまお兄さんとの時間はこの一か月しか約束されていない。
 だけどわたしはおばさんの家に泊めてもらっている立場だし、わたしは比較的おばさんのことは好きだ。
 比較的、というのはおばさんはママと違ってわたしにひどいことをしないから。ちょっとだけ神経質な人だけど怖い人じゃない。わたしに部屋を用意してくれたりと、優しいおばさんだ。

「うん、いいよ」

 だからそう返事をする他なかった。
 おばさんの小さなクリーム色の車はミニカーみたいで可愛らしい。その助手席に乗り込むとシートは固くて自然と背筋が伸びた。
 パパの車のような、ごく普通の車のように座り心地がふつうのシートとは言えない。はっきり言って座り心地が悪い。かなり古い車種なんだと思う。
アンティーク・レトロ。

「どこへ行くの?」
「シープ。あそこ行けばなんでも揃うから」

 あぁ、と納得した。
 車で三十分程のところにある大型ショッピングセンターだ。食料品、家具、おもちゃ、なんでも揃っている。桃果町からそこへ行くにはバスを乗り継ぐか車じゃないといけない――と以前ママが話していた。ママはまだ赤ちゃんだったわたしと一緒に少しだけおばさんの家に居候していたんだって。

 とーまお兄さんは今日も海に来てくれると思う。だけどわたしは今日海に行くことはできない。かといって家まで行って会えない旨を伝えるのは違うと思う。
 だから仕方がない。明日会った時に謝ろう。怒ってもう来てくれないかもしれない――ううん、それはない。わたしにはこれ以上のことを考えられなかった。

 海沿いの道を走ってトンネルをいくつも抜ける。ここにバスで来た時もこの道を通ったはずだけどわたしはその時うとうとしていてあまり覚えていない。こんなにトンネルがあったなんて。

「最近、礼子と一志くんはどう?」
「仲良しだよ。一緒に映画を観たりお出かけしたりしてる」
「そう、それは良かった。礼子は昔から男運が無いから」

 周子おばさんはため息を吐いた。ママの彼氏……というものには何度か会ったことがある。
 色んな人がいた。ママよりも二十歳年上の人とか、背中に絵が描いてある人とか、不良みたいに金髪で肌が日焼けで真っ黒な人とか。

 そんな中で今のパパはすごく『普通』な人だった。

 職業は学校の先生だし見た目も黒髪にスーツで下に垂れた目尻が優し気。そんな人。ママより十歳も若いけど、ママの病気も理解してくれていて、わたしにも良くしてくれた。
 ママにしてはかなり長いこと、一年も付き合いが続いてるなと思っていた。
そうしたらある日。結婚すると改めて紹介されて、一志くんはわたしのパパになった。わたしのたった十二歳年上のパパ。お兄さんみたいだと、十三歳のわたしはそう思ったけどパパは頑なに自分をパパと呼ぶようにわたしに言い続けていたから。

「うさぎはどうなの?」
「わたし? 何が?」
「一志くん。下手したらあんたと兄妹でもおかしくない歳でしょ」

 今まさに考えていたことを話題にされてドキリとする。十二歳差は親子の歳じゃないというのはわかるけど。
 でもなんというか、パパはママの手前《威厳》を保とうとしているのかな、なんて思う。

「……うーん、優しいよ?」

 パパは優しい。仕事帰りにケーキを買ってきてくれたり、勉強を教えてくれたり。誕生日にはプレゼントもくれるし、ママだけじゃなくわたしにも優しい。
 疑問形にしたのは、そんな優しいパパに対してわたしがちょっと苦手意識を持っているからで。
 その、どうにも違和感があるから。十二歳しか違わないのも、変に父親ぶるのも。本物のパパを知らないから余計に、なんだか妙な人だ。

「優しそうな人だったもんね。学校の先生だし」
「……うん」

 学校の先生という職業は世間的に良いイメージを与えるものらしい。
 パパが学校の先生であると打ち明ければ大抵の人は「それは良いね」とか「すごいね」とか肯定的な反応をする。
 現にわたしは教育大学に通っているからそこで「パパが教師だからわたしも教師を目指しています」と述べればそれは立派な志望動機として機能してくれている。
 パパのことは苦手だけど、それでも形だけはわたしたちは家族だった。


 シープに到着するとおばさんは家具屋さんを見に行くからと言い残して黒いパンプスをカツカツ鳴らして行ってしまう。わたしはここへ来るのは二回目だ。十三年前に一度来ている。
 だけどもうほとんど覚えていない。だからとりあえず、フロアマップを見て気になるお店を回ることにした。
 服屋さん、雑貨屋さん、百円ショップ、本屋さんを回ってふらふらと広い店内を歩いてるとゲームコーナーに辿り着く。コーナーと呼ぶにはやや大きなそこはメダルゲームもクレーンゲームもかなりの数が揃えられていて賑わいを見せている。がちゃがちゃピコピコと音は大きいけどこの楽しい音はそれほど嫌いじゃないし、それにこの大きな音にかき消されてしまうから、鼻歌を歌いながらマシンの間を練り歩くのは楽しいように思う。

 クレーンゲームを見るのが好きだ。可愛いぬいぐるみが景品になっているし、それをゲットしようとありとあらゆる手を尽くしている人をさりげなく観察するのも好き。

「あ……」

 鼻歌をやめて一台のマシンの前で立ち止まる。
 クジラのぬいぐるみだ。わたしの両手に乗るくらいの小さいもの。わたしはかばんからお財布を取り出すと小銭を確認した。百円玉が五枚入っている。
 このクジラのぬいぐるみが欲しい。そう思ったわたしはあまり経験がないにも関わらずマシンに百円玉を投入していた。

 満足、満足だった。
 わたしの手の上には青色のクジラのぬいぐるみ。意外にもわたしはそのぬいぐるみをたったの三百円で手にすることが出来た。

(クレーンゲーム、やるのも楽しいかも……)

 なんだかはまってしまいそうだった。今までゲームセンターに訪れる度に観察していたテクニック。アームをぬいぐるみのタグに引っ掛ける。思いのほか簡単だった。
 クジラのぬいぐるみを手に入れて満足したわたしはそのクジラをかばんにしまうと再び店内をふらふらと歩き回ることにした。

 結局、桃果町に帰ってくることができたのは夕方だった。おばさんが仕事用のイスを買い替えるかどうかかなり長い時間、悩んでいたから。わたしは店内を目的もなく歩きおばさんの優柔不断さがいつ収まるのかずっと待っていた。
 海沿いを走る車の中からいつも座る階段を見ようと外に注目する。

(あっ……!)

 一瞬で通り過ぎたその場所を確認したくて窓に顔を押しつける。
 見間違いじゃない、階段の前の砂浜には大きくうさぎのイラストが描かれていた。それはわたし以外の人が見ればうさぎには到底みえない、ぐにゃぐにゃとした線だったけどわたしには理解が出来た。

 とーまお兄さんがわたしの為に描き残してくれた。
 そう思うとあったかい気持ちだった。
 早く会いたい。その思いが強くなった。

『八月六日
 きょうはおばさんとシープに行った。クレーンゲームでクジラのぬいぐるみをげっとしたからゴキゲン。この子の名前は何にしよう?』

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