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ふたりでひとつ
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しおりを挟む「翠、あなたはまだ消えないわよね?」
姿の見えない、翠にそう尋ねた。
「…………ぼくたち、きっと一緒になりかけてる」
人格の統合。
解離性同一性障害を患った人が治療の先に行きつく場所のひとつ。
「この前学校でぼくの陰口が聞こえて来てさ。今までのぼくなら黙ってやり過ごしたんだけど、その時はなにか言ってやらないと気分が収まらない! って思ったんだ。紅がそうしてきたみたいに」
過去の翠を見ていて他人に噛みつく翠は紅も見た事が無かった。何が起きてもじっと耐える、受け流すのみ。
そしてそう言われてみれば紅自身も心当たりがあった。純粋無垢とまでは行かないが他人を貶す事を悪だと認識し始めていた。それに伴う快感は忘れられないが、それでも自分の攻撃性や衝動性が悪いものであると自覚している。
以前はそんな事は一切考えなかった。自分は正常で周囲が間違っている、自分は何をしても悪くないとそう思っていた。
「少し……心当たりがあるかも」
それは紛れもなく、翠の本質である良心だった。
翠の一部が紅と融合しつつあるのだ。一つの人格として形成されつつある。このまま進行すれば今のように会話をする事も叶わなくなるだろう。
紅はそれを望んでいた筈だ。翠はもう不要だとそう考えていた。
恐らくはこのまま何もせずともふたりはひとつになる。翠の顔はもう見えない。その代わり手も足も何もかもを紅は自由に操る事ができる。翠の事を無視してこれからの日々を送る事も。
けれど生まれた良心は翠を無視することができないと訴えかけてくる。紅の本質はそれを拒否しきれない。
「ねえ、翠。最後、にやりたい事とかない?」
口をついてそう問いかけていた。
「ううん。最後っていうかさ、ぼくは消えるわけじゃないと思う。紅とふたりでひとつになるだけで。だからいいよ」
ふたりでひとつになるだけ。
自身の心情の変化に動揺を隠せない紅と反対に翠は冷静だった。もしかするとふたりは元々ひとりで、それが分裂してしまっただけなのかもしれない。新しい人格が生まれたのではなくただ別れてしまった。
そう考えるとひとつになるのは元のかたちに戻る、正しい道なのだろう。
「…………ありがとう、翠」
本当はずっと利用していた。影で嗤っていた。元々は同じ人間だったのに。ただの自己嫌悪だった。弱い自分が嫌いで強く在ろうとした。でも強がるだけでは何も変える事はできなかった。自分も、周りも、不幸にしてしまう。
「うん。ぼくもありがとう。きみとずっと一緒にいれて楽しかった。これからもよろしくね」
「えぇ。これからも、ずっと」
すぅっと自分がひとつにとけこむようだった。
もう頭の中に姿は見えない。ここはパパがママの為に用意した部屋。葛さんが鍵を貸してくれた。
クローゼットも鉄格子も、一緒にとけてしまった。
わたしは翠。
他の名前を名乗る事は、もうない。
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