魔王(神様)の花嫁候補

鈴木ファティ

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28.アレス、焦る

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アレスはディアンの動きを不審に思いつつも、どうすることもできずに食堂から自室に戻ろうとした時、オルフェの眠っているはずの部屋から、ディアンの叫び声が聞こえてきた。



ぎゃーという聞いたこともないようなディアンの声に、驚いてドアを開ける。

するとそこには、服も髪も乱れたオルフェと、ベッドの上で股間を抑えてうずくまるディアンがいた。



ディアンはアレスに言った。“アナ”や“アレス”には手を出さない、と。

そうだ。オルフェに手を出すことは考えられたのだ。

怒りのままにディアンを殴ろうとするが、真っ赤に上気して震える手が、アレスを止める。



「ダメ。殴らなくても、いいだろ」

近くに転がっている桃を見て悟る。

おそらくオルフェは、媚薬となった桃を食べたのだ。

苦しいはずなのに、襲った男をかばう姿を見て、堪えきれない怒りと悲しみがアレスを襲う。怒りのまま、オルフェの肩を掴んで、はっとした。



そうだ。そもそも、オルフェが襲われたことで相手を嫌ったりするのであれば、アレスだって好かれていない。

オルフェは懐が広いのか、そういうことに疎いのか、馬鹿なのかは分からないが、こういうオルフェだからこそ、自分と関係を深めることができたのだ。



ぐっと怒りを飲み込んで、オルフェの肩を抱く。

するとすぐにオルフェが抱き着いてきた。

「助けて。たすけて、アレス。熱い。熱いよぉ」

オルフェは言いながら、ほろほろと涙をこぼす。

真黒な瞳が溶けてしまいそうで、あまりの美しさに息を飲む。

そうだ。今、オルフェが助けを求めるのはアレスなのだ。ディアンでも、従者でもない。アレスただ一人。

そのことに、胸が苦しくなるほど嬉しくなった。



しかし、今セックスすることはできない。

「ダメだ。そもそもお前は病み上がりなのだ。今、解毒剤を……」

言いかけて、アレスは気づく。

解毒剤はアナに使ってしまった。

もう、手元にない。



どうしようか考えている間にも、抱きしめているオルフェの体の熱はどんどん上がっていく。

「くっ。ディアン」

おそらく、襲おうとしてオルフェの反撃にあい、股間を蹴られるか何かされたのだろう。うずくまったままのディアンが、涙目でアレスを見上げる。

「ミレイアを呼べ。至急だ」

「嫌だね!」

声はまだ痛みを引きずっているのだろう、震えているものの、意志だけははっきりしている。

「どうしてこんな場を、ミレイアに見せないといけないんだい!君はいつもいつも、彼女の気持ちを無視して……」



なおもディアンが言い募ろうとするが、すぐに聞こえなくなる。

オルフェの呼吸が、苦しそうになり、徐々に浅くなったせいだ。

「オルフェ?」

目の焦点が合わなくなり、アレスにしがみつく手から、力が抜ける。

「おい。オルフェ!しっかりしろ!」

軽く頬を叩いてみるものの、反応がない。

どうすればいいのか分からず、ついアレスが力を込めて頬を叩く。しかしオルフェは反応することなく、そのままベッドに沈み込んだ。



「オルフェ?」

いったい、何が起こった?

わけもわからずにアレスがオルフェを抱きしめる。

「息を、していない?」

アレスの言葉に驚いて、ディアンがオルフェを覗き込む。

そっとディアンがオルフェの口元に手を当てると、その顔がさっと青ざめた。



「彼、ミレイアの薬も飲んでいた、よね」

まさか。

どういうことだ。

「神の薬二つは、人間には強すぎたんだ」

ディアンの言葉の意味さえとらえることができず、アレスはひたすらオルフェを見つめる。

真っ赤だった唇が、紫色になり始めている。

まずい。

「ディアン、ミレイアを呼べ!至急だ」



焦ったのか、何も言わずにディアンが出ていく。

「オルフェ。オルフェ!」

アレスはそっとオルフェの頬に触れると、無理矢理唇を開き、その中に息を吹き込んだのだった。

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