魔王(神様)の花嫁候補

鈴木ファティ

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4.アレス、初体験

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夜も更けた頃、嫌な予感がして、アレスは広いベッドから飛び起きた。
ドアの前から、人の気配がする。
戦の神というだけあって、アレスは強い。人間だけでなく、他の神だってアレスに敵う者はほとんどいないだろう。だからこそ、寝室近くに不寝番などは置いていなかった。
そもそも数百年、城の中に侵入者などいない。

誰が、何の用で来た。
アレスはドアに近づき、そっと開く。
するとそこには、一人の男が立っていた。
「なぜ、ここにいる」
アレスがそう聞くのも当然だ。目の前にいるのは、今日会ったばかりの花嫁候補の男。オルフェと名乗った不届き者だ。
彼は白い寝間着に裸足で、長い髪を緩く結んでいる。その白い肌は赤く上気し、瞳が潤んでいた。
「あつい、んだ」
それだけ言うと、オルフェはふらりと倒れこんでしまう。とっさにアレスが手を伸ばして支えると、その腕にしがみついてきた。
真っ白な腕が、アレスのたくましい体に絡みつく。
そのなまめかしい姿に、ついごくりとアレスは唾を飲んだ。

「何があった。なぜこんなところまで来た」
あまりの姿に、怒ることも忘れてアレスが尋ねると、オルフェがゆっくりと口を開く。
「う、ん。ディアンが、さ、一緒に飲もうって言って、さっきまで広間にいたんだけど。体が熱くておかしくてさ、やばいと思って。ディアンがいない隙に帰ろうと思ったら、迷った」
オルフェの言葉に、アレスは眉をしかめた。
ディアンめ、まさか出会った当日にこのようなことをするとは。いくらオルフェの見た目が女性のようであっても、男にまで手を出す節操無しだと思わなかった。

おそらく媚薬を使ったのだろう。
人間以外の神や神の眷属にとってはただの酒にすぎない、庭に実る果実を使った果実酒。しかし、人間にとってはそれが非常に強い媚薬になると、アレスは知識として知っていた。
「やばい、なんか盛られたよな。きっつ」
オルフェは震える手でアレスから距離を取ろうとするが、うまくいかない。
つい昼間に殴られたばかりだ。しがみついて頼って良い相手ではないと分かっているのだろう。しかし体は熱の発散を求めて、アレスにしがみついてしまう。

このまま誰かを呼んで部屋に帰そうにも、おそらく自力で立てないだろう。仕方ない。
アレスは大きなため息を吐くと、オルフェの小さな体を持ち上げて、自分のベッドの上に降ろした。
しかし、首に回されたオルフェの手は、離れようとしない。間近にとろけた瞳を目にして、アレスも固まる。
真っ赤になった唇から、荒い呼吸が聞こえる。

「離せ!」

何だか嫌なものを感じて、アレスは、オルフェの腕を振り払う。
アレスは伴侶などいらないという考えだ。だからこそ、男女の関係についても必要ないと思っている。ディアンがあれほど熱を上げている夜の関係さえ、経験したことはないどころか、それほどの距離に女性を近づけたこともなかった。
もちろん男とだって、そんな経験をするつもりはなかった。

「ごめん、離したい、離したいんだ、けど」
神の媚薬は強烈だ。むしろ意識を保っている方が難しいだろう。
「俺も男となんてイヤだから、逃げてきたのに。くそ、どうしよう、死にそう」
快感に流されまいと必死にあらがうその姿は、いっそ高潔なものにさえ見える。
しかしオルフェが耐え切れず、アレスの頬に手を伸ばした。

柔らかく、白い手。まるで同じ男だとは思えない、なまめかしささえ感じる手。
熱い。
その手に誘導されるまま、アレスもゆっくりと瞳を閉じる。
アレスの唇を熱が覆い、ぴちゃりと水音がした。
口づけとは、こんなに熱いものなのか。
目を開けてオルフェの顔を見ると、長いまつげが震えている。まぶたが開いて、真黒な瞳と目があった。

もっと。オルフェがそう言っているように、聞こえた。

アレスは熱に侵されたような思いで、オルフェの唇をむさぼる。初めての口づけに戸惑っていると、すぐにオルフェの口が開き、舌が迎え入れられる。
熱い。甘い。
オルフェの口の中は見た目通りに狭い。すぐに見つけた小さな舌を吸うと、オルフェが震えてしがみついてくる。
なんだ。なんだこれは。
自分からオルフェの頭に手をまわし、口づけを求める。すぐにオルフェはそれに応え、アレスの唾液を飲み込んだ。

こくりという音に、体が震えた。
アレスは唇を離すと、荒い息のままベッドに横たわるオルフェを見下ろした。真っ赤な唇は唾液に濡れていやらしく輝き、その瞳はアレスしか映していない。結んだ髪はほどけ、唇が離れたことに不満そうに手を伸ばしている。
その手が、いやらしくアレスの胸を撫でる。

なんだこれは。
昼間はあれほど勝気な目で睨み、アレスの頬を殴った男が。
同一人物なのか、こいつは。
これほどに口づけというのは気持ちがいいものなのか。では、それ以上は。
これから先のことをしたら。

「やめ、ろ」
絞り出すようにアレスが言うと、オルフェが悲しそうな顔をする。
まるでアレスを求めているような表情に、たまらなく感じる。
別に夜伽くらい構わない。自分以外の神は皆していることだ。人間をもてあそんで捨てる神だって、たくさんいる。
だから自分も、してもいいはずだ。そもそもこいつは神に捧げられた花嫁。アレスが手を出すために与えられた贄。かよわい女性であれば、罪悪感も生まれよう。しかしオルフェは男。それもアレスを殴るような男。

「男とは嫌なんだろう?」
確認するようにアレスが問う。もはや正常な思考なんてオルフェには残っていないだろうことは分かっている。しかし、同意が欲しかった。無理矢理襲ったのではないという同意を、オルフェ自身の口から。
「やだ、やだ、けど。たすけて、なんでもいいから」
潤んだ瞳から、涙が流れる。
なんだかそれが甘そうに思え、唇を寄せてみる。するとそれを、助けてくれると思ったのか、オルフェの表情が緩んだ。
「まって、俺、あの、初めてだから、やさしく、して」
少し照れたようにオルフェが言うせいで、アレスは耐え切れずに口づけを再開した。
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