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1.オルフェ、王都へ向かう
しおりを挟む1.オルフェ、王都へ向かう
オルフェが花嫁となることが決まって、妹は泣きながら自分の結婚式用のベールを渡してきた。男の自分は花嫁に選ばれないだろうこと、そもそも魔王は結婚など考えていないだろうことを妹にも伝えたが、あまり信じてもらえず、妹は自分のために兄が体を張ったと思い込んでしまっている。
せめて兄へのお守りとして、と自分のベールを渡し、幼馴染たちがそのベールに短期間で新たな刺繍をしてくれた。
一番仲が良かった親友は、男のくせに嫁になるなんてありえないと言い、そのベールを破ろうとしてくれたけど。最終的に、オルフェが男を好きになるはずがないか、と得意の手芸でたくさんのバラを作ってベールにつけてくれた。男のくせに花なんてつけてざまぁみろ、と笑われたが、結構似合っている気がする、とオルフェは自画自賛する。
そんな豪華なベールと、金もないので普段着よりちょっと頑張った程度の服がちぐはぐでおかしい。他の花嫁候補の女性たちはきっと金持ちの家の出なのか、かなり豪華に着飾っているため、オルフェは一人浮いてしまっている。
まぁそれは仕方ないにしても、花嫁候補の娘たちからだけでなく、王宮の神官、侍従なんかからの視線がめっちゃ痛い。
場違いですみませんね!そう言いたい気持ちを抑えて、オルフェはうつむいてみせた。
「どこの村ですか、男を連れてきたのは」
このまま何事もなく進んでくれないかな、そう思って大人しくしていたオルフェに反して、一番偉そうな神官っぽい人がオルフェを指さした。
さすがに誰か、男を連れて行くのはおかしいと言うと思っていた。けれど、ここに来るまであまりに順調だったから、オルフェ自身もなんだかアリな気がしていたのだ。
やっぱり、おかしいよなぁ。
神官の指摘に静まり返った場で、オルフェは仕方なく手を挙げる。
「はーい、アスガ村でーす」
軽く答えたのがいけなかったのか、神官がさらに眉をしかめる。
「アスガ村は、今回の件をなんと考えているのですか?神への侮辱ととらえ、罰を下すこともできるのですよ」
こちらの言い分も聞かずに一方的に“罰を下す”などと言われ、オルフェはムッとして顔をしかめる。
「でも別に、あんたんとこの神官様に、俺でも良いって言われたし?」
「誰ですか、それを承知したのは」
アスガ村担当の、子どものように小さい神官が、ひくっと震えた。
「こらこら、子どもをいじめるのは良くないって」
「あなたのせいで、クレイが叱られるはめになったんですが」
クレイと呼ばれた神官は、怯えたように目をうるうるさせて偉そうな神官を見ている。
王都の神官たるものが、こんな子どものような神官を虐めるだなんてありえないだろう。オルフェはふんと鼻で笑って、美しいと評判の長い髪を掻き上げる。
「だからあんたたち、頭のお堅い神官はダメだって言うんだよ」
そうしてオルフェは、神官に向かってそう言い放った。
「なんですって?」
反論されると思っていなかったのだろう、神官が怒りを含んだ驚きの声をあげる。そんな二人のやりとりに、周りの女性たちがハラハラした視線を投げかけている。
そりゃそうだろう。
花嫁候補として神殿に着いたら男がいて、神官と喧嘩し始めるのだから。
「100年もあって、どうして神様は花嫁を一人も選ばないんだ?簡単だろう。うちの神様は、戦いと勝利の神だ。優しくて、美しいだけの大人しい娘じゃ物足りないんだろ?」
「つまり、あなたならふさわしいと」
「そうだろ?俺はこの通り、優しくて大人しい人間じゃない。それどころか喧嘩っぱやくて、神殿の神官様にさえ喧嘩を売る無謀な輩だ。けど、あんたたちも見て分かる通り、美しさならここにいる女たちに負けるつもりもない。繊細な美しさってんならもちろん負けるが、美の基準はそれだけじゃないだろ?」
オルフェが神官に向かってウィンクする。
女たちにも負けない長い黒髪は、ほとんど手入れをしていないにも関わらず、つややかに輝いている。瞳はこぼれそうなくらいに大きく、行商に出て日焼けをしても、きめ細やかな肌に色はなかなかつかない。
オルフェ自身、自分の見た目には自信があった。
ここに集められ、様々な地区の娘たちがいるが、着飾ることもせず、化粧すらしていない自分が一番綺麗だ。そうとすら思う。
しかし、男であること、服装が質素なこと、娘たちが皆10代だろうことに比べて、20代も後半の自分は少し浮いている。
少し、少し、だ。
……きっと。
「隣国の神は、美しくて優しい娘がいいと言いました。あなたが美しいことは認めましょう。しかし後の二つを満たしているとは言い難い」
オルフェのウィンクに少し顔を赤らめながら、神官が言う。
「隣国の神様の好みが、この国の神様の好みと一緒だったら、今回みたいなことをしなくても、すぐに花嫁が見つかったんじゃないか?」
オルフェの言葉に、それでも不満そうな表情をしながら、神官は何も言い返せなくなる。
最終的に、「分かりました」と深い息を吐いた。
「一人くらい、毛色の違う者がいてもいいでしょう。アスガ村とクレイの処遇は不問としましょう。しかしもし、あなたが花嫁候補として神に不敬な真似をしたり、他の花嫁候補に手を出したら。わかりますね?」
「分かります分かります。魔王様を落としてくればいんだろ?はいはい分かった」
「魔王などと!」
怒った神官から目をそらしてクレイに笑って見せると、クレイもふっと噴き出した。
それを見ていた神官が、ほぉ、と目を眇める。
「君には、侍従が一人もいません。一介の村人である君に、そんなものがあるはずもないですね。今回選ばれる女性に侍従がいない場合を想定して、神殿側も従者を用意していたのですが、みな女性です。あなたに女性の従者をつけるわけにはいかない。クレイ、あなたが従者となりなさい」
え。そう言って、クレイが固まる。
「命令です。さぁ、まずは神のもとへ行く前に、その服をどうにかしなさい。時間はないですよ。早く」
花嫁候補を担当地区から連れてくれば仕事は終わり。そう思っていたのだろうが、まさかの事態にクレイは大きな目を限界まで見開いている。
男を連れてきて偉い神官に怒られた上、一緒に魔王の城に行く羽目になるとは。可哀そうだが、オルフェとしては侍従がこの子どものような神官であれば気が楽である。
いくらでも簡単に言いくるめられそうだし。
指さされた控室に向かって、オルフェは固まったクレイを引きずるように連れていく。
控室には、衣装がない女性がいることを想定して、たくさんのきらびやかな服がおいてあった。
「見事に女物ですね」
せめても、とクレイが男物を探すが、衣装がない女性が来ることは考えていても、衣装がない男が来ることを考えていなかったのだろう。
男物があるはずがない。
「女装しますか?似合いそうな気はしますが」
もうオルフェについていくしかないことを悟ったのだろう。クレイが、衣装の一つを指さしてオルフェに問う。
クレイも子どものようにまだ小さいが、オルフェの身長も高い訳ではない。男としては小さい部類に入るだろう。女装したって似合うけれど。
「やだ」
「嫌と申されましても……」
「絶対に嫌だ。確かに俺の女装は似合うだろうさ!けどな、俺は男だ。女装なんて死んでもしてやるかよ」
「あなたって本当に、自己評価高いんですね」
オルフェの言動に心底疲れたようにクレイがため息をつく。
そんな疲れたように言われても、絶対に女装はしない。
「まぁでも、そのベールはすごく似合ってますよ。それを深くかぶっていけば、文句も言われない気もします」
そうだろう。オルフェは多少得意げになって、そのベールを被りなおす。妹や友人たちの愛情が込められた作品。もちろん使った糸はアスガ村の特産品だ。
女物をわざわざ着る気もないし、俺は俺だ。オルフェはいつもそう思って生きてきた。小さな村出身の、学も何もない男。それでいい。今更服だけ着飾ったところで、何になれるわけでもない。
「さて、行こうか」
「なんでそんなに元気なんですか?他の娘たちは、神に嫁ぐかもしれないと恐れていたり、緊張しているのに」
「さぁね。俺は昔から、怖いもの知らずなのさ」
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