お前のために、悪役になったのに!

鈴木ファティ

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なんで追いかけてきた?

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「玄師兄、ようやく見つけましたよ。あなたが師匠の元を去り、国賊として追われる身となって一年。俺こそが、俺だけが、あなたを見つけることができると分かっていました」
なんで?
なんで、ここにいる!?
突然目の前に現れた男に、玄陽は目を大きく見開いた。ここが分かるはずないのに!

一年ぶりに見る、燃えるような赤い髪、鋭く光る黒い瞳。堂々たる体躯は昔と少しも変わらない。玄陽を追って山道を駆けたせいか、ところどころ服が汚れているにも関わらず、その威厳は少しも薄れてはいなかった。
あぁ、自分の選択は間違っていなかった。懐かしくなって、玄陽は目を細めた。

「天翔。お前がどうしてここにいるんだ。俺を殺しに来たのか?」
「一年前、突然あなたは魔族と手を組み、我らが師匠を殺そうと企んだ。師匠から返り討ちにあったあなたは、その腹いせに天魔人の封印を破って逃げた。封印は全部で三つ。師匠に気づかれたあなたは封印を二つまでしか破れなかったから、我らだけで対処できた。けれどあなたは、罪を問われて国に追われる身となった」
「一年前の罪を、丁寧に説明してくれてありがとう。忘れかけていたけど、それで間違いないぜ」
「それが真実だと?師匠の一番弟子だと言われるほど霊力が強く、常に正道を見据えていたあなたが、私欲によって師匠を殺そうとしたと?本当に?」
天翔のまっすぐな眼差しを、玄陽は真正面から受け止める。
真実だ。
どれだけの理由があれど、自分を拾った師匠を裏切り、国を裏切って魔族を引き入れたのは玄陽である。
「清廉潔白な師兄だと信じていたか?それは悪かったな。天翔。俺はこういう人間だよ。出自が分からない人間は師匠のあとを継ぐに相応しくないと言われ、師匠を殺してその地位や財産、霊力まで奪おうとした男だ。俺を慕ってくれたお前には悪いことをしたな。だが、所詮俺は、下賤な出自の、最低な男だ。今だって追ってきたお前をどうやって殺そうか考えているくらいだぜ?」
国賊として追われる身になり、山深い田舎に身を隠した。ここは、魔族でさえ近寄らない荒廃した土地である。仙人である師に仕え、霊峰にいた時とは正反対だ。けれど、そこに身をやつしても構わないと思えるだけの理由が、玄陽にはあった。

天翔が、玄陽の言葉に眉をしかめる。流れるような自然さで剣に手がかけられ、玄陽は壁際に追い詰められる。
「玄師兄……いや、玄陽、お前は清廉潔白な修行者ではなく、欲にまみれた一人の男だったということか」
その通りだ。そんな思いを込めて天翔を見上げる。挑発するように笑うと、天翔の雰囲気が氷のように冷たくなった。
そりゃそうだろう。ともに修行していた時の天翔は、実の兄のように玄陽を慕っていた。あの頃から玄陽は多少やんちゃなところがあったが、自身の正義に外れることは絶対にしなかった。だからこそ天翔は、玄陽の裏切りに傷ついたはずだ。

傷ついて、きっと自分の目で真実を確かめたいと玄陽を追った。その事実に嬉しいと感じてしまうのはおかしいかもしれない。
たくさんいた弟子の中でも、玄陽が一番かわいがっていた弟弟子。自分の身よりも、きっと師匠よりも、大切だと思ってしまった相手。
彼に殺されるのなら、それもいいと思ってしまうほど。

「あんたも、ただの男だってことか!」
激高した天翔は、剣も抜かずに玄陽の胸倉を掴む。
「そうだ。悪かったな?」
挑発する玄陽に、天翔は深くうつむく。傷つけた。玄陽の裏切りに傷ついていた大切な弟弟子をまた、傷つけた。
分かっていたはずなのに、その事実に胸が痛む。ごめん、と謝りたくなる。つい、玄陽が天翔に向けて手を伸ばしかけた時だった。

「っ」
小さな笑い声がひとつ。
勘違いかと思った声は、玄陽が根城にしているあばら家に響き渡った。
「そうか。そりゃあ良かった」
狂った!大切な弟弟子が、おかしくなってしまった!
「玄にーさん。あんたは俺とは違う、清廉潔白でお綺麗な男だと思ってたんだぜ?だから、だから絶対に、こんな欲を見せちゃいけないと思ってた。でも、違うんだな?あんたはもう、凛師匠のものじゃないし、仙人になるつもりもない。だったら、俺にくれよ。ずっとずっとあんたが欲しかったんだ」
やっと追いついた。
そう言って玄陽を見上げる天翔の目は、まるで猛禽類のように光っていて。

あ、この目!この、血に飢えた狼のような目!
頭がくらくらするほどの既視感に、玄陽はただ固まることしかできない。
「もう我慢しない。あんたがただの男だっていうなら、俺には好都合だ。愛してる、なんて言葉じゃ足りない。あんたをめちゃくちゃに抱きたいし、よがらせて泣かしたいし、一晩中と言わず、永遠に犯し続けたい。もう逃がさない」
俺の可愛い弟弟子が……。
どこで間違ってしまったんだろう。
服の袷に侵入しようとしている天翔の手を押えながら、つい玄陽は天を仰いだのだった。
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