上 下
9 / 9
村との出会いと初仕事

進歩

しおりを挟む
 「嗚呼、そういえばマラルラ・ミリアルとの会話内で、貴女様の事を人間ではないと話していましたね。」
 「あれ、聞いていたんだね。私の問い掛けには応じなかった癖に。」
 「貴女様そういう性格でしたっけ?」
 「ちょっと元気なだけ。」
 二人で笑い合う。その笑いは決して愉快などの明るいそれではない。嘲笑に近いそれだった。
 「貴女様の記憶を覗くくらい容易い事ですよ。」
 「わー最低だー。プライバシーの欠片もない。」
 「思ってもいない事を言うのは良くないですよ。」
 本音で語るという、塩野愛が出来なかった事を、ラヴィ・ソルティアとなった今、塩野愛の姿で行っている。それも、死神という名の神様に。新鮮で複雑な気持ちで、慎重に選びながら言の葉を紡ぐ。慎重に選んだ割には少々辛口かもしれない。だが、
 「本音を隠してる仲間同士なんだから、いいじゃん。」
 相手は、秘密が多い。僕の秘密は簡単に暴かれようと、相手の秘密は何一つとして分からない。そこが大きなハンデで、二人の大きな違いと言えるだろう。
 「何を根拠に私が本音を隠していると…?」
 「…あなた達も何れはこうなるのよ。」
 「…!」
 ポツリと発した言葉は、相手に刺さったらしい。オリエンスは黙り込んだ。
 「これは貴女の言葉だよね?オリエンス。」
 悔しそうな表情を浮かべる彼女に、僕は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
 「その言葉を、どこで」
 「夢だよ。私の夢の中。」
 「信じ難いですね」
 「信じれないなら記憶を探れば?」
 「あれは魔力を消耗しますし面倒なのですよ」
 「はぁ~。そうですか。容易いって言ったクセに。」
 考える隙も時間も許されない詰め込まれた会話を繰り広げていた。僕は情報を幾つか手に入れ、オリエンスは秘密を暴かれていたと言ったところだろうか。小さなことの積み重ねではあるが、進歩している事は確かな事だと思う。
 「とりあえず、私は人間なの?どうなの?神様。」
 「貴女様は人間でございますよ。それ以外の何だと?」
 「へぇそうなんだ。人間が身体の中に死神を飼えるんですね。」
 「その程度、人間は愚か、猿すらも造作のないですよ。私が居候しているだけなので。」
 目の前の女は、僕に一歩、また一歩とゆっくり歩み寄って来る。頬に手を近づけ、そっと触れた時、耳元で小さく呟いた。
 「貴女様には、全てが早すぎたのですよ。」
 「何を言って……うぁっ!」
 うふふふふふ、と上品に笑うと、オリエンスは僕の方を勢いよく押した。今まで白しか無かった『無限空間』に大きな赤黒い穴が浮かぶ。僕は、言い表せないモヤを抱きながら、落ちた。

*

 落ちる夢。それは、誰もが一度は見たことある夢だろう。見た後、どうなるか、誰もが想像出来るだろう。僕はテンプレの通りに飛び起きた。
 「わ、え、あ、ご、ごめんなさいぃぃぃ!」
 顔を覗き込んでいたらしいアルヴァデウスが、大きな声と共に逃げて行く姿が見えた。首を傾げていると、入口から女性の覗く顔が見えた。
 「お、おはようございます…ミリアルさん。」
 「…コレラで結構ですわ。ラヴィさん。」
 見つかったか、と言いたげに全身を現したのは、コレラだった。
 「今は、何時?」
 「そうですね。少々お待ち下さい…?」
 そう言うと、ぼろぼろの服から薄汚れた懐中時計を取り出した。
 「12時…です。結構長い間眠っていたようで、皆が心配していましたわ。」
 そう言うと、彼女は何故か視線を逸らした。首を傾げて見つめていると、こほんと咳払いをした。
 「…アルちゃんが、試作品を見てほしいとの事です。」
 僕と話したくないんだな。と分かるくらい嫌そうな表情だった。気の所為、と片付けられないLvだった。悲しい反面、素直で宜しい、と苦笑した。
 「アルちゃん…アルヴァさんのこと、そう呼ぶんだ。なんか意外。」
 「何がですか。何がともあれ、そういうことですので。」
 言い終えると、駆け足で建物から出て行った。僕は少し、仲良くできるか不安になってしまった。

*
 
 小さく欠伸をしながら、建物の外に顔を出す。村の人々は、全員何かしら手を動かしていた。来た時よりも活気が現れ始めたこの場所に、ほんのりと微笑んだ。
 「あ、あぁ…えぇっ、と……」
 ふと、後ろから声が聞こえたので振り返る。そこには、俯いたアルヴァデウスの姿があった。
 「あ、アルヴァさん!こんにちわ!今はどんな感じ?」
 明るい笑顔を見せ──作った。アルヴァデウスは、口をパクパクと動かし、何かを伝えようとしていた。
 「ぁ、ぅぇ…えっ…と……き来てもらえますかぁぁ……」
 「?勿論行くよ。でも何処に…?」
 「こ、っちです…」
 指さした先は、崩れかかった建物──僕の寝泊まりしている場所の隣だ。何やらほんのりと光が漏れ、揺れ動いていた。
 アルヴァデウスは、走ってその中に入った。これはもしや、
 『ついていってください!アルヴァデウス様の作る洋服、見てみたいです!』
 「うっ、ビックリした…一瞬頭痛が…」
 『し、失礼な…!?』
 声色が明らかに落ち込んでいた。僕は驚きで心臓が飛び出そうになったが、何とか持ち堪えた。
 「良く普通に話し掛けてきたね、オリエンス。」
 『…?何の話でしょうか?それよりも、行きましょう!私、洋服好きなのですよ!』
 「え、ちょ…それよりで片付けていいものじゃないよ?オリエンス…」
 おかしい。記憶喪失の様な雰囲気だ。きっと都合の悪い事は頭からスっと消えるタイプなのだろう。そうに違いない。
 だが、そんなこと考えていると読み取られしまう。これも、どれも。警戒しながら生きなきゃ。
 (…生き苦しい。)
 生前感じた気持ちと同じだった。僕は少し膨れた胸を押さえながら、建物の方へと歩いて行った。

*

 「ど、どどどうでしょうかぁ…。」
 建物の中は、窓一つ無いと言うのに、蝋燭により照らされ、外と何ら変わらない明るさだった。
 そして、アルヴァデウスはと言うと、長袖の白いワンピースを身に着けていた。蝋燭に照らされ、ほんのりオレンジ色に染まったワンピースは、ラメが散りばめられているのかと思わせる程美しかった。
 「…これ動きにくい。」
 文句を言いながら建物に入ってきた影。それは、マリアだった。マリアの方は、ノースリーブの白いワンピースを身に付けているのだが、マリアの方は裾に近付くにつれ淡い青色に染められていた。
 「これが…シンプルイズベスト…」
 生前、ファッションに関しての知識は、着せ替えゲームでしか身につけた程度で、大して気にしてもなかった。現、セーラー服だから余計にかもしれないが。
 「とってもいいね!素敵だよ!けど、アルヴァさんはそのワンピースを黒く染めた方が似合うと思うな。マリアは、上と下を切り分けて、トップスとスカートの形にするのはどう?」
 僕の言葉に、アルヴァデウスの頬がぽっと紅く染ったのを感じた。気の所為かもしれないが、凄く嬉しい。
 「や、やってみますすす…!!」
 見た事ないような満面の笑みで頷くアルヴァデウスは、輝いて見えた。こんな風に、笑えたら──。そんな事を考えてしまう僕は、本当に最低なのかもしれない。
 「服を切る…その発想は無かった。」
 マリアはそう言って、不思議そうに自分の服をまじまじと見つめていた。
 「ラヴィ様…!ラヴィ・ソルティア様……!」
 「…呼ばれてる?」
 幻聴かと思ったが、目の前の二人が首を振っているのを見るあたり、気の所為や幻聴では無いらしい。
 「これはドレイアズの声。行ってきて。」
 「え、あ、うん!」
 マリアが此方をじっと見つめてきた。少し焦りを感じて、僕は頷くと走って建物から出た。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...