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第5章:純血エルフの村

第42話 はじめて魔法スクロールを作った日

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 その日の日暮れ、宿に戻って来た朝陽がソチネに相談した。

「ソチネさん。魔法スクロールの作り方を教えてくれませんか?」
「もちろんいいわよ。どんな魔法スクロールを作りたいの?」

「治癒」「光」「火」の三つの魔法をミックスした魔法スクロールを作りたいと答えた朝陽に、ソチネはヒアリングを重ねる。

「なるほど。主の魔法「火」に、残り二つの魔法を均等に混ぜ込みたいのね。素敵だわ。きっと金色の火になると思う。アサヒ、一度あなたが考えているものを描いてみて」

 朝陽のアイデアを見て、ソチネが最低限のアドバイスと修正をして魔法スクロール案を考えていった。
 二人とも、魔術のことになると寝食を忘れるクセがある。その日も彼らは朝方までかけて、魔法スクロールを作った。

 完成した魔法スクロールを掲げ、朝陽が目をうるませる。

「おおおっ……! これが、僕が初めて作った魔法スクロール……! すごいっ……! 僕、まるで魔術師みたいじゃないかぁぁっ……」
「もう魔術師なのよ。それも優秀な、ね」

 ソチネは一口茶を啜り、朝陽に尋ねる。

「それは何に使うの?」
「あっ。実は妖精さんに頼まれて、根が呪われた木を助けることになりまして。今、その木に合った魔法陣を作ってる最中なんです」
「私の助けは必要?」
「えっと、じゃあ、僕がアレンジした魔法陣が本当に大丈夫かチェックしていただけますか?」

 朝陽は真っ黒になるほど書き込まれた羊皮紙を取り出した。その中の一つの魔法陣をソチネにチェックしてもらう。
 魔法陣をじっくり見ていたソチネが顔を上げる。

「うん。とっても良い出来よ。さすが私の魔術書を片っ端から読み漁っただけあって、より効果的な術式の選び方や配置の仕方が分かっているわね」

 ソチネの褒め言葉に、朝陽は頬を赤らめ身もだえした。

「わぁぁっ……。ソチネさんに褒めていただけた……っ。どうしよう……っ」
「私に褒められてそんなに嬉しいなら、今晩一緒に寝ましょうよ。朝までかけて、耳元でいっぱい褒めてあげるわよっ」
「いえ、それは結構です。真面目にやっていただけますか?」
「はい」

 涙目で唇を尖らせるソチネは、魔法陣に目を戻す。

「でも、ここに使おうとしている妖精たちの羽や髪は、別のもので代用しなさい。それらは儀式をする時、あなたが身につけるべきものよ」
「え、どうしてですか?」

 ソチネはため息を吐き、朝陽をジトッとした目で見た。

「あのね。どうしてあの子たちが、自分たちの体の一部をあなたに差し出したと思っているの?」
「儀式に役立つからでしょう?」
「違う。あなた、忘れたの? この儀式は、術者の身を削らなければいけないのよ。木の症状が軽いから、魔王の子の時のようなひどい返しはこないでしょうけど、それでもあなたに負荷がかかるのは変わりない。妖精たちはそれを分かっていたの」

 そこで、とソチネが妖精の羽を一本持ち上げた。

「あの子たちは、あなたの身代わりになるものを差し出したのよ。妖精の髪には魔力が籠っていて、羽には命が籠っている。あなたがこれを身につけていれば、儀式をしてもあなたが身を削る必要がない」
「つまり、妖精さんたちは、僕の代わりに身を削ってくれたということでしょうか……」
「そういうこと。だから、あの子たちの大切なものを、ただの儀式の道具として使っちゃダメ」

 朝陽は頷き、妖精の髪と羽を巾着に入れた。そしてそれを、胸ポケットに忍ばせる。

「妖精さんには感謝しないといけませんね」
「妖精たちが、あなたに感謝しているのよ。ちなみに言っておくけど、あの木はフルーバにとって一番大切な聖木。あの木のおかげで、フルーバの清らかな気が守られているの。だから、それを救おうとしているあなたに、エルフたちも感謝するべきね」

 気のない返事をして魔法陣の案を練り直し始めた朝陽に、ソチネはクスッと笑う。

(そんなことはどうでもいいって言いたげな顔をしていたわね、この子)

 朝陽が魔法陣と魔法スクロールを完成させて、儀式を行ったのはその二日後だった。恥ずかしいからと言ってソチネにもついてこさせず、妖精だけが見守る中、朝陽は聖木の根の呪いを払うことに成功した。妖精の羽と髪のおかげで、彼の体には全く傷がついていなかった。

 穢れが消えた木に、透明の花が咲き乱れる。そこに温かい風が吹き、花びらが空を舞った。まるで波に角を取られたガラスの破片が空から降って来たような美しい光景に、朝陽は思わず感嘆の声を漏らした。
 妖精も嬉しそうに空を泳ぎ回る。そのうちの一人は、朝陽の頬に何度もキスをした。

 物陰でこっそり朝陽を見守っていたソチネがギリギリと歯ぎしりをする。

「ちょっとあの妖精……! 私ですらアサヒのほっぺにちゅーしたことないのにぃぃ……っ! そこ代わりなさいよっ、このっ、マセ妖精……っ!」

 同じく彼女の隣で朝陽の様子を見ていたリヴィルは、喜びと警戒心が入り混じっている表情を浮かべている。

「むぅぅっ……。聖木を救ってくれたことは素直に感謝しよう。しかし……きっとあやつはそれを理由にして私にミスリルの筆を求めてくるに違いない……っ。くそっ……」

 しかし、リヴィルが考えていたようなことは起こらなかった。

 儀式を終えた朝陽は、まるで何事もなかったかのように宿に戻った。リヴィルと顔を合わせても、聖木の呪いを払ったことすら話題に出さなかった。

 数日後、リヴィルが町を歩いている時、森の中から朝陽の声が聞こえた。

「この前はありがとう。大事なものをもらったお礼に、小さな髪飾りを作ったんだ。もらってくれるかな」
「……」

 妖精と戯れる朝陽に背を向け、リヴィルはその場を去った。
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