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第5章:純血エルフの村

第39話 残念壮年エルフ

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 しかし、朝陽をソチネの婚約者だと信じているエルフたちが、朝陽を丁重にもてなしてくれたのは事実だった。翌朝村を歩いているときも、すれ違うエルフが立ち止まり、わざわざ挨拶をしてくれた。中には家の庭で積んだ野花の花束や果物を贈ってくれる者もいた。
 腕いっぱいの贈り物を抱えた朝陽が、ソチネの隣で参ったように呟いた。

「うーん。騙してるみたいで申し訳ないな……」
「大丈夫! いつかは本当になることなんだから」
「うん……?」

 怪訝な顔をする朝陽をよそに、ソチネは両腕を広げて気持ちよさそうに深呼吸をする。

「あー! フルーバの空気はいつ来てもおいしい~!」

 フルーバに来てからのソチネは本当に楽しそうだった。話しかけられてはエルフと一緒に笑い声を上げる。村を歩いているだけでも、ずっとニコニコ笑っていた。

 ソチネがソロモンだと知っているフルーバの村民には、ソチネは別人格を演じなくてもいい。また、正体を隠さなくていいので、普段のような窮屈な服を着る必要もない。町でいるときよりも気楽で楽しいことは、当然のことだろう。

 ひっきりなしにエルフに話しかけられているソチネに、朝陽は言った。

「ソチネさんは、フルーバの村で人気者なんですね」
「まあね。魔力が高い種族のエルフは魔術とも関りが深いの。だから昔から縁が深くてね。フルーバの村民とは特にそう」
「どうしてなんですか?」
「今から百三十年くらい前かな。私、当時の魔王に襲われてたこの村を救ったのよね。その日から英雄扱いされちゃって」
「そりゃ果物の山をいただくわけですね。いやあ、ほんとにすごい人なんだな、この人」

 朝陽とソチネがまったりとフルーバの村で過ごしていると、息を呑むほど美しい姿をした壮年の男性エルフが、大きく腕を振って全力ダッシュしてこっちにやって来るのが視界に入った。

 走りながら、彼は何かを叫んでいる。

「嘘だろあいつが番を見つけただとまさかそんなヒト族であいつに見合うやつなどいるわけがなかろう誰だそいつは顔を晒せぇぇぇぇーーーー!!」

 エルフと朝陽の目が合った。エルフは歯ぎしりをして、さらに足を速めた。
 そして朝陽の首を掴み、鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づける。

「グェェェッ!」
「貴様がソロモンの番か!? どこの馬の骨だ、あぁ!? どうやってソロモンをかどわかしたぁ!」

 朝陽の顔が、窒息してだんだんと青くなっていく。こんな状況で問いかけに応えることもできず、朝陽はただ「あぅぅ」や「ぐはぁ」などという無意味な言葉を吐くので精一杯だった。

 見兼ねたソチネが、半笑いで壮年エルフを窘める。

「リヴィル。そろそろ離してあげないと、私の婚約者が死んじゃうわ。ぷぷ」

 その言葉にリヴィルが涙をぶわっと溢れさせ、朝陽を指さし喚き散らした。

「ソロモン!! なぜこのような冴えない男を番に!? 私に相談もなく、なぜ!!」
「あなたは私のお父さんなの? 違うわよね。ただの親友よね」
「親友だから言っている!! いいか!? どうせこの男もお前の端正な顔立ちと莫大な資産目当てで寄ってきただけに決まっている!! 今までお前が何人の男に資産と時間を奪われたと思っているんだ! その度に大泣きするお前の相手をする俺の気持ちにもなれ!!」

 反論できず、顔を真っ赤にして俯くソチネ。その様子からして、リヴィルの言ったことは本当のことのようだ。
 朝陽はリヴィルの腕を叩き、掠れた声で訴える。

「リヴィルさん……っ。違います、僕は……」
「お前の話など聞いていない!!」
「僕は……ソチネさんの魔術に惚れこんだんです……っ!!」

 リヴィルは目を見開き、疑いの目を向けたまま朝陽から手を離す。

「ほう。ソロモンの魔術に惚れただと? 顔でも資産でもなく?」
「ゲホッ……ガハァッ……。は……はい。ソチネさんの魔法陣や……ソチネさんの儀式をしているときの凛々しい姿……。あれほど美しいものを、僕は見たことがありません……。だから、ずっとソチネさんのそばでいたくて……」

 朝陽の胸ぐらを掴んでいた手を緩め、フッと笑うリヴィル。
 なんとか事なきを得たと思い安堵のため息を吐いた朝陽の頬に、力いっぱいの拳が飛んできた。

「そこは普通性格で惚れたと言うところだろうがぁ!!」
「ブアァァッ!」

 倒れた彼の前で仁王立ちするリヴィルの目は、いつ手を下してもおかしくないほど殺気立っていた。

 しかし、とリヴィルは顎をさすりながらソチネに視線を送る。

「これまでの男に比べたらまだマシな男だな。バカ正直なこいつと違い、今までの男は嘘で塗りつぶされた甘い言葉ばかり吐いていたようだからなあ。なあ、ソロモン?」

 ソチネはニッコリ笑い、返事をする代わりに地面を指さした。

「リヴィル。それ以上私の黒歴史をアサヒに暴露するつもりなら、足元の魔法陣を発動させるからね」

 リヴィルと朝陽は一目見て、それが腹をすかせたケルベロスのマリンちゃんがいる檻の中に繋がる転移魔法陣だと気付いた。朝陽は、短時間でこれほど完成度の高い魔法陣を描いたソチネにうっとり。一方リヴィルは、「仕置きにしてはキツすぎる!!」と大慌てで魔法陣から出た。

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