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第4章:魔族の子
第31話 大魔王の呪い
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◇◇◇
子守のために魔王城に呼び出された十回目の日、いつもと城の雰囲気が違った。灯ったり消えたりを繰り返す蝋燭。天井からぽたぽたと落ちる水滴。恐怖心を覚えるほど静かな空間。
玉座に座っているドロリスは、眠っているようにも死んでいるようにも見えた。彼女は口をほとんど動かさずに言葉を発する。
「来たか」
「あの。どうかしたんですか? 元気がないように見えます」
「……アサヒ。来てくれないか。デュベがお前に会いたがっている」
朝陽は首を傾げた。魔王城に呼び出されるのは、ドロリスの子の世話をするためだ。いつもであれば、魔王は当然のように子に会わせるのに、その時は一言朝陽に断った。
先ほどからずっと、いつもと違うことばかりが目につく。だからだろうか。朝陽はどうしようもなく不安になった。これから何か良くないことが起こりそうな、そんな予感がした。
ドロリスに連れられた先は、デュベ、ソフラン、ソチネの三人の寝室だった。
部屋の中に入った朝陽は、冷や汗を流す。
「こ、れは……」
朝陽の目に映ったのは、ベッドに横たわりうなされている、黒い瘴気を纏った子どもたちだった。
彼らに駆け寄った朝陽に、ドロリスが注意する。
「触れるなよ。お前にも呪いが移ってしまう」
「ドロリスさん……。どうしたんですかこの子たちは……っ」
感情の乗っていない声でドロリスは答えた。
「つい先日、大魔王の魂を持った者が生まれ落ちた」
「え……」
朝陽は、勇者パーティの魔法使いであるサルルが言っていた話を思い出した。
魔族のトップである大魔王は、百五十年前に勇者によって倒された。しかし大魔王も勇者同様、時を待てば転生者が現れる。
「……あの、ドロリスさん。大魔王が転生したことと、デュベたちが臥せっていることはなにか関係があるんでしょうか……?」
「大ありさ。大魔王が生を受けたから、私の可愛い子たちが臥せっている」
全身に痛みが走ったのか、ペトラが大声で泣き出した。ドロリスは、シーツをかきむしる彼女を抱き上げてあやす。
「今回の大魔王はなかなかに利己的なようでな。己が力を得るためであれば、同族であれど容赦するつもりはないらしい」
ドロリスが言うには、魔族には〝魔石〟や〝魂魄〟という、ヒト族にはない特別なモノがその身に宿っているそうだ。それらが大きければ大きいほど、強い力を得ることができる。
魔石や魂魄は己で鍛え磨くべきものなのだが、それでは時間がかかる上に限界がある。手っ取り早く強くなる方法、それが、同族からそれらを奪うことだった。
「魔族には努力を嫌う者も多い。だから同族同士の殺し合いが絶えないのさ」
朝陽は冷や汗を流す。
「まさか大魔王は……」
「同族の魔石と魂魄を片っ端から食らおうとしている。私のような力のある者は抗うことができるが、この子たちのように幼い者はそれができない」
デュベたちの体に纏わりついているのは、大魔王が放った呪い。抵抗するすべを持たない彼らは、苦しみながら死を待つしかない。
うっすら目を開けたデュベが、朝陽に気付き頬を緩めた。
「アサ……ヒ……。来て……くれた……」
伸ばされた手を掴もうとした朝陽をドロリスが阻む。
「触れるなと言っている。お前はこの子たちよりも弱いんだ。触れた途端に死ぬ」
「……治す方法は……ないんですか……」
「……少なくとも私は知らない。大魔王に逆らう方法など、私たちが知っているわけないだろう」
朝陽は目を擦り、声を絞り出す。
「この子たち……あと何日もちますか」
「……長くて三日ほどかな」
「分かりました。ドロリスさん。今すぐ僕を元の場所に戻してください」
涙を拭った朝陽の表情は、デュベたちの死を受け入れたようにはとても見えなかった。それどころか、諦めてたまるか、としかめっ面で唇を噛んでいる。
「おいアサヒ。何を考えている」
「大魔王に対抗する方法は、魔族よりもヒト族の方がよく知っているはずです」
「……おい、貴様。まさか我が子を助けようとしているのか」
ドロリスの問いかけに、朝陽は力強く頷いた。
「はい。僕はこの子たちを失いたくありません。なんとかして、助ける方法を見つけます」
「しかし……。ヒト族のお前がそんなことをしていいのか。魔族とヒト族は敵同士だぞ。お前が魔王の子を助けたとヒト族に知られたら、どうなるか……」
朝陽はムッとドロリスを睨みつけた。
「そんなことを言ってる場合ですか? あなたには僕のことを心配する余裕なんてないはずですよ」
「アサヒ……」
「時間がないんです。早く元の場所に」
「……分かった。しかしアサヒ、約束してくれ。このことは他言するなよ。私はお前が首を撥ねられるところなど見たくない」
朝陽が頷くと、ドロリスは不安そうな表情を浮かべながら指を鳴らした。
子守のために魔王城に呼び出された十回目の日、いつもと城の雰囲気が違った。灯ったり消えたりを繰り返す蝋燭。天井からぽたぽたと落ちる水滴。恐怖心を覚えるほど静かな空間。
玉座に座っているドロリスは、眠っているようにも死んでいるようにも見えた。彼女は口をほとんど動かさずに言葉を発する。
「来たか」
「あの。どうかしたんですか? 元気がないように見えます」
「……アサヒ。来てくれないか。デュベがお前に会いたがっている」
朝陽は首を傾げた。魔王城に呼び出されるのは、ドロリスの子の世話をするためだ。いつもであれば、魔王は当然のように子に会わせるのに、その時は一言朝陽に断った。
先ほどからずっと、いつもと違うことばかりが目につく。だからだろうか。朝陽はどうしようもなく不安になった。これから何か良くないことが起こりそうな、そんな予感がした。
ドロリスに連れられた先は、デュベ、ソフラン、ソチネの三人の寝室だった。
部屋の中に入った朝陽は、冷や汗を流す。
「こ、れは……」
朝陽の目に映ったのは、ベッドに横たわりうなされている、黒い瘴気を纏った子どもたちだった。
彼らに駆け寄った朝陽に、ドロリスが注意する。
「触れるなよ。お前にも呪いが移ってしまう」
「ドロリスさん……。どうしたんですかこの子たちは……っ」
感情の乗っていない声でドロリスは答えた。
「つい先日、大魔王の魂を持った者が生まれ落ちた」
「え……」
朝陽は、勇者パーティの魔法使いであるサルルが言っていた話を思い出した。
魔族のトップである大魔王は、百五十年前に勇者によって倒された。しかし大魔王も勇者同様、時を待てば転生者が現れる。
「……あの、ドロリスさん。大魔王が転生したことと、デュベたちが臥せっていることはなにか関係があるんでしょうか……?」
「大ありさ。大魔王が生を受けたから、私の可愛い子たちが臥せっている」
全身に痛みが走ったのか、ペトラが大声で泣き出した。ドロリスは、シーツをかきむしる彼女を抱き上げてあやす。
「今回の大魔王はなかなかに利己的なようでな。己が力を得るためであれば、同族であれど容赦するつもりはないらしい」
ドロリスが言うには、魔族には〝魔石〟や〝魂魄〟という、ヒト族にはない特別なモノがその身に宿っているそうだ。それらが大きければ大きいほど、強い力を得ることができる。
魔石や魂魄は己で鍛え磨くべきものなのだが、それでは時間がかかる上に限界がある。手っ取り早く強くなる方法、それが、同族からそれらを奪うことだった。
「魔族には努力を嫌う者も多い。だから同族同士の殺し合いが絶えないのさ」
朝陽は冷や汗を流す。
「まさか大魔王は……」
「同族の魔石と魂魄を片っ端から食らおうとしている。私のような力のある者は抗うことができるが、この子たちのように幼い者はそれができない」
デュベたちの体に纏わりついているのは、大魔王が放った呪い。抵抗するすべを持たない彼らは、苦しみながら死を待つしかない。
うっすら目を開けたデュベが、朝陽に気付き頬を緩めた。
「アサ……ヒ……。来て……くれた……」
伸ばされた手を掴もうとした朝陽をドロリスが阻む。
「触れるなと言っている。お前はこの子たちよりも弱いんだ。触れた途端に死ぬ」
「……治す方法は……ないんですか……」
「……少なくとも私は知らない。大魔王に逆らう方法など、私たちが知っているわけないだろう」
朝陽は目を擦り、声を絞り出す。
「この子たち……あと何日もちますか」
「……長くて三日ほどかな」
「分かりました。ドロリスさん。今すぐ僕を元の場所に戻してください」
涙を拭った朝陽の表情は、デュベたちの死を受け入れたようにはとても見えなかった。それどころか、諦めてたまるか、としかめっ面で唇を噛んでいる。
「おいアサヒ。何を考えている」
「大魔王に対抗する方法は、魔族よりもヒト族の方がよく知っているはずです」
「……おい、貴様。まさか我が子を助けようとしているのか」
ドロリスの問いかけに、朝陽は力強く頷いた。
「はい。僕はこの子たちを失いたくありません。なんとかして、助ける方法を見つけます」
「しかし……。ヒト族のお前がそんなことをしていいのか。魔族とヒト族は敵同士だぞ。お前が魔王の子を助けたとヒト族に知られたら、どうなるか……」
朝陽はムッとドロリスを睨みつけた。
「そんなことを言ってる場合ですか? あなたには僕のことを心配する余裕なんてないはずですよ」
「アサヒ……」
「時間がないんです。早く元の場所に」
「……分かった。しかしアサヒ、約束してくれ。このことは他言するなよ。私はお前が首を撥ねられるところなど見たくない」
朝陽が頷くと、ドロリスは不安そうな表情を浮かべながら指を鳴らした。
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