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第4章:魔族の子

第30話 はじめてのケンカ

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 目を開くと、朝陽は自室のベッドで横たわっていた。先ほどのことを思い出し、朝陽は枕に顔を押し付ける。
 うつ伏せになった朝陽の背中に、ぷにぷにした何かが四つ乗った。

「ん?」

 振り返ると、背中に黒猫が一匹。

「え? 野良猫かな。どこから入ってきたんだろう」

 朝陽に抱きかかえられた猫が、鳴く代わりにドロリスとそっくりの声で言葉を発した。

「違う。これは私の小指の爪で作った使い魔だ」

 茫然としている朝陽に、猫が言葉を続ける。

「うちに来たくなったらこいつに言え。召喚してやる。それ以外のことはできん、ほとんどただの猫だがな。安心しろ。私がこれを使ってお前の日常を覗くことはない。繋ぐのは、お前が私を呼んだときだけだ。お前、猫が好きなんだろう。可愛がれ」

 朝陽が混乱している間に、ドロリスとの通信は切れたようだ。猫は大きな欠伸をして、ベッドの上で丸まった。朝陽が話しかけても猫らしい反応しかしなかった。

「えっと……。ここってペット可なのかな……」

 朝陽は猫を抱え、研究室に顔を出した。
 ルーペを覗き込んでいたソチネが振り返り、冷たい目つきで杖を構える。しかし立っていたのが朝陽だったため、戸惑っているようだった。
 ソチネは朝陽に杖を向けたまま目を細める。

「え……? アサヒ……? それともアサヒに化けた何かかしら?」
「ぼ、僕ですよ! どうしたんですか杖なんて向けて! びっくりするし怖いので杖を下ろしてください」

 ソチネの視線が猫で止まる。

「……アサヒ。その猫もどきはどこで拾ってきたの」
「えっと……。あのぉ……」
「アサヒ。正直に言わないとマリンちゃんの餌にするわよ」

 ケルベロスに食われるのはかなわない。朝陽は正直に、黒猫は魔王が創り出した使い魔であるということと、今まで何度か魔王城で子守をしていたことを白状した。
 話を聞いたソチネは、額に手を当て、話を整理する。

「つまり、あなたは魔王と親交があって、魔王の子どもたちの世話をしているってこと……? それだけじゃなくて、魔王の体の一部から創られた使い魔を与えられるほど、魔王に気に入られている……。ええ、嘘ぉ……」
「えーっと……。やっぱり、この猫を飼うのは許されませんかねえ……」

 ソチネは呆れた顔で大きなため息を吐いた。

「あのね、アサヒ……。今私たちがしてるのは、ペット可とか不可とかそんな話じゃないのよ。分かる?」
「え、そういう話じゃないんですか……?」
「全然違うわ。テイムしている魔物ならともかく、主従の契約も交わしていない魔王の眷属をペットとして飼うなんて論外。っていうかそれ以前に魔王と親交を深めていること自体がアウト」

 朝陽が返事をしないので、ソチネは目を細めた。

「あなた、分からないの? 魔王は……魔族は、私たちヒト族と敵対関係にあるの。敵。戦うべき相手。分かり合えない種族」

 朝陽は顔をしかめ、反論する。

「あの。ソチネさんの言ってることは分かります。でも僕は納得できません。魔王は良い人ですよ」
「〝人〟じゃないの。魔族なんだから」
「良い魔族です」
「魔族に良いも悪いもないわ」

 険悪な空気が流れる。しかしどちらも譲る気はない。
 朝陽は黒猫を抱きしめ、顔を背ける。

「……少なくとも、勇者に見捨てられた僕の命を助けてくれたのは、ドロリスさんです」

 ソチネの眉がぴくりと動く。

「僕に同情して元いた世界を見せてくれたり、気遣って黒猫を与えて寂しさを紛らわせてくれたりするような、温情のある……魔族です」
「ちょっと待って、アサヒ。あなた、勇者と何かあったの? 私は……それすら知らないわ」
「すみません。隠しているつもりはなかったんです。ただ、話す機会がなかっただけで」

 勇者に召喚され、湊の作品を灰にされ、囮にされたこと。
 魔王に子守をする代わりに逃がしてもらったこと。
 朝陽が今ここにいる経緯を全て聞き、ソチネはがっくり項垂れた。

「アサヒ……。ごめんなさい。私、魔術の研究と、あなたが好きって気持ちでいっぱいで、あなた自身のことに全く気を回せていなかったわ。本当にごめんなさい」
「いえ、それはいいんです。でも、ドロリスさんのことをあんまり悪く言わないでいただけますか。僕にとっては、彼女は命の恩人なんです。たとえ彼女が魔王であったとしても、それには変わりありません」

 ソチネは小さく頷き、またため息を吐く。

「分かったわ。努力はする。ただ、異世界から来たばかりのあなたには理解できないかもしれないけど、この世界のヒト族は今までずっと魔族と戦ってきたの。戦う理由なんて考えたこともないくらい、それが当たり前のことなのよ。だから……ちょっと、時間が必要」
「はい。それなのに僕の主張を受け入れようとしてくれて、ありがとうございます」

 ソチネがおそるおそる黒猫の頭を撫でると、黒猫は喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を瞑った。

「……それにしても意外だわ。魔王ってそんな感じなのね。想像がつかない」
「子どもたちも可愛いですよ。ヒトの子となんら変わりありません」
「やっぱり想像できないわ。てっきり魔族って、口の周りを血だらけにして、得体の知れない臓物を食らっているような種族だと思ってた」
「えーっと、それに関しては、あながち間違いではありません。はは、ははは……」

 最終的に、朝陽は黒猫を飼うことを許された。ソチネも警戒はしているものの、ときどき抱いて肉球の匂いを嗅ぐくらいには可愛がっていた。

 時たま、ソチネは朝陽に魔王や彼女の子どもの話を尋ねる。はじめは無表情で話を聞いていたソチネだったが、いつしか子どもの話を聞くとへにゃんと表情を緩めるようになった。

「私たちの子どもには、魔法陣とシュージを教えないとねえ」
「うん……?」
「きっとアサヒは優しいパパになるわあ」
「ちょっと待ってください? 今までずっと、ドロリスさんの子どもたちが可愛くてニヤニヤしてたんじゃなくて、僕たちの子どもを想像してニヤニヤしてたんですか?」

 それでも、しかめっ面で話を聞かれるよりは良いか、と朝陽はそれ以上のことを言うのをやめた。
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