上 下
30 / 63
第4章:魔族の子

第29話 懐かしい顔

しおりを挟む
 ドロリスはカップに口を付けたまま朝陽を手招きする。

「元いた世界が恋しいか」
「あっ。また心読みましたね!?」
「仕方ないだろう。聞こえてくるのだから」

 ドロリスが悪びれもなくそう応え、指を鳴らす。すると魔王の間の中央に霧がかった球体が現れた。そこに徐々に映像が浮かび上がり、朝陽の頭の中に声が響いた。

《みなとくん、みなとくん。今日は習字コンクールのしめきり日だよ。ちゃんと作品は提出した?》
《あたりまえだろー! あかりこそ、ちゃんと提出したのかよ!》
《し、したよお。最後まで、上手く書けなかったけど》

 懐かしい声に、朝陽の目に涙が滲む。

「こ……これは……」
「お前がずっと気がかりにしている子どもたちはこやつらだろう。お前を元の世界に戻すことはできないが、元いた世界の一部分をお前に見せることは、なんとかできた」

 球体に映る映像はほとんどぼやけている。だが、ずっと湊の笑顔を見ていた朝陽には、彼が真っ白な歯を見せて笑ったことが分かった。

《すげえな! あれで上手くないって思うんだなー! アサヒがな、あかりのことをこう言ってた! 『あかりは努力の天才だ』って! 俺もそう思う!》

 鼻をすする音が聞こえた。

《……みかもちゃんと作品出したって言ってたし、これで完璧だな! アサヒ、褒めてくれるかなあ》
《先生、天国できっと褒めてくれてるよ。もしかしたら今も見てくれてるかもね》

 湊と朱莉は、空に向けて手を振った。

《おーい! アサヒー! お前がいなくなってからも、俺たちちゃんと、習字続けてるからなー!》
《せ、先生ー。私、将来は習字の先生になりたいの。朝陽先生みたいな優しい先生になりたいな……》
《俺は将来サッカー選手になるけど、習字も続けるぞー! だから、ずっと俺たちのこと、天国から見守っててくれよなー!》

 霧の球体が小さくなっていき、消えた。彼らの声ももう聞こえない。
 嗚咽を漏らしていた朝陽は、あることに気付きぽかんと口を開ける。

「……あれ? 僕、死んだことになってるんですか?」
「そうみたいだな」
「もしくは失踪したとは子どもには言えなくて、死んだことにしてるかのどっちかだ……。どちらにせよ、少なくともあの子たちの中では僕はもう死んだ人になってるのか……」

 項垂れる朝陽を、ドロリスは無言で眺めていた。

「……でも、湊たちは習字コンクールの作品を仕上げたみたいだし、これからも習字を続けてくれる……。死んだことになってるのは寂しいけど、ちょっと安心しましたし、嬉しかったです。ドロリスさん、見せてくださってありがとうございます」

 朝陽は目をこすり、ぎこちない笑顔を作った。ドロリスはそんな彼から目を背け、小さな声で言った。

「私は、お前が哀れでならんよ」
「……」
「元いた世界でも子どもに慕われていたんだな。私の子らも、お前によく懐いている」
「実は……あなたのお子さん、さっきの子たちにちょっと似てるんです。性格とか、習字が好きなところとか。だから、デュベたちといると、すごく心が落ち着きます」

 ドロリスは素っ気ない声で「そうか」とだけ言い、指を鳴らした。
 朝陽の足元がぬかるんでいく。今日の子守はここまでのようだ。

 視界が歪んでいく中、ドロリスの声が聞こえた。

「だったらいつでも来ると良い。お前が来たいと思うときに、好きなだけ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界サバイバルセットでダンジョン無双。精霊樹復活に貢献します。

karashima_s
ファンタジー
 地球にダンジョンが出来て10年。 その当時は、世界中が混乱したけれど、今ではすでに日常となっていたりする。  ダンジョンに巣くう魔物は、ダンジョン外にでる事はなく、浅い階層であれば、魔物を倒すと、魔石を手に入れる事が出来、その魔石は再生可能エネルギーとして利用できる事が解ると、各国は、こぞってダンジョン探索を行うようになった。 ダンジョンでは魔石だけでなく、傷や病気を癒す貴重なアイテム等をドロップしたり、また、稀に宝箱と呼ばれる箱から、後発的に付与できる様々な魔法やスキルを覚える事が出来る魔法書やスキルオーブと呼ばれる物等も手に入ったりする。  当時は、危険だとして制限されていたダンジョン探索も、今では門戸も広がり、適正があると判断された者は、ある程度の教習を受けた後、試験に合格すると認定を与えられ、探索者(シーカー)として認められるようになっていた。  運転免許のように、学校や教習所ができ、人気の職業の一つになっていたりするのだ。  新田 蓮(あらた れん)もその一人である。  高校を出て、別にやりたい事もなく、他人との関わりが嫌いだった事で会社勤めもきつそうだと判断、高校在学中からシーカー免許教習所に通い、卒業と同時にシーカーデビューをする。そして、浅い階層で、低級モンスターを狩って、安全第一で日々の糧を細々得ては、その収入で気楽に生きる生活を送っていた。 そんなある日、ダンジョン内でスキルオーブをゲットする。手に入れたオーブは『XXXサバイバルセット』。 ほんの0.00001パーセントの確実でユニークスキルがドロップする事がある。今回、それだったら、数億の価値だ。それを売り払えば、悠々自適に生きて行けるんじゃねぇー?と大喜びした蓮だったが、なんと難儀な連中に見られて絡まれてしまった。 必死で逃げる算段を考えていた時、爆音と共に、大きな揺れが襲ってきて、足元が崩れて。 落ちた。 落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。 落ちながら、蓮の頭の中に声が響く。 「XXXサバイバルセットが使用されました…。」 そして落ちた所が…。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

アダルトショップごと異世界転移 〜現地人が大人のおもちゃを拾い、間違った使い方をしています〜

フーツラ
ファンタジー
 閉店間際のアダルトショップに僕はいた。レジカウンターには見慣れない若い女の子。少々恥ずかしいが、仕方がない。観念してカウンターにオナホを置いた時、突然店内に衝撃が走った。  そして気が付くと、青空の広がる草原にいた。近くにはポツンとアダルトショップがある。 「アダルトショップと一緒に異世界転移してしまったのか……!?」  異世界に散らばったアダルトグッズは現地人によって「神の品」として間違った扱いをされていた!  アダルトショップの常連、森宮と美少女店員三田が「神の品」を巡る混沌に巻き込まれていく!!

異世界転移の特典はとんでも無いチートの能力だった。俺はこの能力を極力抑えて使わないと、魔王認定されかねん!

アノマロカリス
ファンタジー
天空 光(てんくう ひかる)は16歳の時に事故に遭いそうな小学生の女の子を救って生涯に幕を閉じた。 死んでから神様の元に行くと、弟が管理する世界に転生しないかと持ち掛けられた。 漫画やゲーム好きで、現実世界でも魔法が使えないかと勉強をして行ったら…偏った知識が天才的になっていたという少年だった。 そして光は異世界を管理する神の弟にあって特典であるギフトを授けられた。 「彼に見合った能力なら、この能力が相応しいだろう。」 そう思って与えられた能力を確認する為にステータスを表示すると、その表示された数値を見て光は吹き出した。 この世界ではこのステータスが普通なのか…んな訳ねぇよな? そう思って転移先に降り立った場所は…災害級や天災級が徘徊する危険な大森林だった。 光の目の前に突然ベヒーモスが現れ、光はファイアボールを放ったが… そのファイアボールが桁違いの威力で、ベヒーモスを消滅させてから大森林を塵に変えた。 「異世界の神様は俺に魔王討伐を依頼していたが、このままだと俺が魔王扱いされかねない!」 それから光は力を抑えて行動する事になる。 光のジョブは勇者という訳では無い。 だからどんなジョブを入手するかまだ予定はないのだが…このままだと魔王とか破壊神に成りかねない。 果たして光は転移先の異世界で生活をしていけるのだろうか? 3月17日〜20日の4日連続でHOTランキング1位になりました。 皆さん、応援ありがとうございました.°(ಗдಗ。)°.

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...