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第3章:魔術師ソロモン

第21話 生まれて初めて女性の家にお邪魔しました

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 あの日から朝陽は図書館に行けていない。来るなと言われたわけではないが、ソチネにどんな顔をして会えばいいのか分からなく、行く勇気が出なかったのだ。
 だからと言って、朝陽が魔術について勉強していなかったわけではない。暇さえあれば脳内に保存された魔術書を読み返したり、ソロモンの魔法陣を臨書していたりしていた。

(もう初級魔術は全部完全に理解したし、読んだことのあるソロモンの魔法陣も空で書けるくらい臨書した。そろそろ新しい魔術書に手を出したい……。でも図書館に行くのは気まずいし……)

 そこで朝陽は本屋に足を運ぶことにした。チノマの本屋はとても小さく、魔術書なんて五冊くらいしか品揃えがない。
 朝陽は何気なく本を裏返し、値段を見た。

(はっ!? 本一冊で金貨十枚だあ!? こ、これっ、無名の魔術師が書いた印刷版の中級魔術本なのに!?)

 朝陽が一カ月で稼ぐお金はだいたい金貨十五枚程度。それで充分食っていける。朝陽の物価の感覚では、金貨一枚は約一万円程度の価値があると踏んでいる。つまり本一冊が約十万円で売られているようなものだ。
 おそるおそる、朝陽は店主に尋ねた。

「あ、あの。これ、値段間違えてませんか……?」
「ん? いや、合ってるよ。魔術書は他の本と比べて高いんだ」
(それにしても高すぎだろう。買えるわけない。誰が買えるんだよ、こんなもの)

 朝陽は心の中で毒づきながら、店内を見回した。
 本屋では魔法スクロールも販売されていた。初級魔法スクロールは約大銀貨一枚、上級は大銀貨五枚と、使い捨てのものだからか比較的安価だ。
 本屋の店主は頭をかいて笑った。

「うちの一番の売れ筋は魔法スクロール! これがなかったら今頃店を閉じてるよ」
「そうでしょうね……。あの、魔術書ってどんな人が買うんですか?」
「お金持ちの人だよ。決まっているだろう」
「わあ、分かりやすい」

 どうやら薄給の朝陽が来る場所ではなかったようだ。朝陽は肩を落とし、本屋を出た。

 古本屋にも立ち寄ってみたが、むしろ古本屋の方がレアで高価な魔術書を売っていた。金貨千枚を超えるものもあったので、朝陽は「ひぃぃっ……」とみっともない声を上げ、店を立ち去ろうとした。
 その時、ちょうど入店した客とぶつかった。

「わっ、すみませ――」

 目の前に立っていたのは、図書館司書のソチネだった。
 二人は目が合うと同時に頬を染め、顔を背ける。はじめに口を開いたのはソチネだ。

「こ、こんにちは、アサヒさん。最近図書館に来られないので、少し心配していました」
「こ、ここ、こんにちは。あ、あはは……。ちょっと、き、気まずくて」
「そ、それは、私と会うのが気まずいのでしょうか」
「は、はあ。まあ、そうです……」

 ソチネは目を泳がせたあと、小さな声で言った。

「あの、アサヒさん……。今から、私の家に来ませんか? 少しお話したいことがあって……」
「ひょっ!?」

 実は朝陽は、この歳にして彼女ができたこともなければ女性の家にお邪魔したこともない。それを彼は、学生時代から今までずっと熱心に勉学に励んでいたので遊ぶ時間などなかったからだと理由づけしていたが、実際の理由は不明である。

 そんな彼が、この町一番の美女と呼ばれるソチネに、家にお呼ばれしている。
 ソチネは、狼狽えすぎて咄嗟に断ろうとした朝陽の腕をがっちり掴み、半ば強引に家まで連れて行った。

 ソチネの家は、町のはずれにある森の手前にあった。家族が代々暮らしていた家なのか、町の中心地に比べかなり古い家だった。しかし、ボロボロというよりは歴史を感じさせる、図書館で司書をしているソチネらしい立派な家だと朝陽は思った。

 家の中に招かれた朝陽は、予想と全く違う内装に度肝を抜いた。
 陽の光が入らないよう黒いカーテンで覆われた窓。テーブルには、果物の代わりに干からびた小動物の死体が詰まった瓶が、水差しの代わりになにやら血液っぽいものが入っている試験管が置かれている。
 そして時たま地下から聞こえる、獣か魔物のうめき声。

 カチリ、と朝陽の背後で鍵が閉まる音がした。

「あの日からずっと探していたのよ、アサヒさんのこと」

 いつもとソチネの声が違う。先ほどまでは、たとえるならスズランのような、控えめで柔らかい優しい声だと思っていた。しかし今は、空腹で待ちくたびれた悪女の声に聞こえる。

「あ、逃げないでちょうだいね。悲しみのあまり何をしちゃうか分からないから」

 衣擦れの音がするところから、ソチネは服を着替えているようだ。
 朝陽の体は恐怖とドキドキで石のように固まっていた。

「ヒッ……」

 朝陽の肩に乗せられたソチネの手は、いつもしている手袋が外されていた。爪は魔女のように真っ黒で、薬指から手の甲にかけて術式らしきものがびっしり刻まれている。

 あまりの不気味さに、朝陽は声にならない悲鳴を上げた。
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