上 下
17 / 63
第2章:ナナライパーティ

第16話 水晶と墨汁

しおりを挟む
 ナナライパーティがヤケ酒を始めても、朝陽は魔法陣の前で魔術書を眺めていた。

(本当に力ステータスが足りないせいなのかな。僕はそうとは思えない)

 ここはGランクダンジョンだ。出現する敵も、駆け出しの冒険者でも倒せる程度の弱い魔物しかいない。そんな彼らでも魔術さえできれば解けるものであるはずだ。それに、この神秘的な魔術の部屋で、床を彫る力が足りないと攻略できないなんて引っかけはあまりにもナンセンスである。

(他にも見落としてるところがあるはずだ)

 魔法陣のページを何度も見直した朝陽は、もう片方のページに描かれた小さな図に着目した。

(水晶とインクの絵? 隣に説明文がびっしり書かれてる。魔術ってどんなものを使うかも重要な魔法陣もあるのか。へえ、興味深いな。・……ちょっと待てよ)

 朝陽は別のページに描かれた他の魔法陣のページも確認した。先ほどのページでは水晶とインクが描かれていたが、図がないものや、ナイフや石、羊皮紙とペンなど、魔法陣によってそれぞれ違う図が載っていることもあった。

(描く道具が指定されてる魔法陣があるんだ! つまりこの魔法陣は、彫るんじゃなくてインクで水晶に描かないといけない)

 朝陽は鞄から硯と墨汁、筆を取り出した。
 インクで水晶に文字が書けるのかとか、インクじゃなくて墨汁だけど大丈夫なのだろうかとか、不安要素は山ほどあったが、彫るよりは成功の可能性が高いだろう。

 水晶に筆を載せる。水晶は墨を弾かず、むしろ染み込み一体となった。朝陽が線を引くと、縁がネオンのように青白く光る。

(これ……ひょっとして正解なんじゃないか?)

 朝陽は彫られた魔法陣をなぞり、誤字はしれっと修正した。あの魔術書を初めて見た時からずっと魔術文字を書いてみたいと思っていたので、喜びと興奮で鼓動が高鳴る。

(うおぉぉぉっ……! かっこいい、かっこいいぞこの文字! 縁が光ってるのも最高すぎないか! 書くの楽しぃー!)

 その頃ナナライのパーティは、突如不思議な道具を取り出して四つん這いになった朝陽に怪訝な目を向けていた。声をかけても、集中力が高まりすぎた朝陽は全く反応しない。
 四人は忍び足で朝陽に近寄り、彼の手元を覗き込んだ。

「……すごい」

 朝陽が描き出す魔法陣は、魔術書に描かれたものとほとんど同じ、むしろ書物よりもずっと力がこもっているように感じた。
 そしてなにより、彼の線質は目を奪われるほどに美しい。

「こいつ……魔術師なんじゃねえの……」

 オウンの呟きに、ナナライは首を横に振る。

「そんなはずない。だってアサヒは魔術文字が読めないし、そもそも魔力を持たないんだもの……」
「だったらどうしてこんな完璧な魔法陣を描けるんだよ。なんでこんな道具を持ち歩いてる?」
「分からない……」

 朝陽は三時間かけて魔法陣を描いた。あとは一番外側の円を閉じるだけだ。
 筆にたっぷり墨を含ませ、最後の仕上げをする。

「っ……ぷはぁっ……。できた……ナナライ!」

 朝陽が振り返ると、魔法陣のすぐ外にナナライたちが立っていた。魔法陣が完成した喜びより、朝陽が一体何者なのかが分からず戸惑っているようだ。

「あ、あのっ。ナナライ、魔法スクロールをお願いします!」
「わ、分かった……!」

 ナナライたちが蝋燭に火を点け、月桂樹の枯れ葉を蘇らせている間に、朝陽は魔法陣から出ようとした。しかし、見えない壁が張っていて外に出られない。

「えっ。なにこれっ。閉じ込められた!? えっ、えっ!?」

 外からも魔法陣内に入られないようで、仲間たちが見えない壁を叩いている。

「アサヒ! とりあえずこの儀式を終わらせよう! 魔法スクロールで扉に向かって風を!」
「わ、分かりました!」
「いい!? 絶対に、ちゃんとかっこつけて広げるんだよ!」

 魔王城に挑んだときも思っていたが、なぜ冒険者は技を繰り出すときに恰好をつけたがるんだろう、と朝陽は無性にイラッとした。

「僕はそういうの苦手なんだよ……。はぁ……」

 しかし、絶対にしなければならないということなので、仕方なく、本当に仕方なく、朝陽は大袈裟な身振りで巻物を広げた。外野から「いいよー! かっこいいよアサヒー!」と聞こえて死にたくなった。

 巻物から一閃の風が吹く。その風は、朝陽が描いた墨の魔法陣を扉まで連れて行った。床の魔法陣は消え、代わりに扉に彫られた魔法陣と重なる。

 まばゆい光が放たれ、ガコン、と音がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

異世界転移の特典はとんでも無いチートの能力だった。俺はこの能力を極力抑えて使わないと、魔王認定されかねん!

アノマロカリス
ファンタジー
天空 光(てんくう ひかる)は16歳の時に事故に遭いそうな小学生の女の子を救って生涯に幕を閉じた。 死んでから神様の元に行くと、弟が管理する世界に転生しないかと持ち掛けられた。 漫画やゲーム好きで、現実世界でも魔法が使えないかと勉強をして行ったら…偏った知識が天才的になっていたという少年だった。 そして光は異世界を管理する神の弟にあって特典であるギフトを授けられた。 「彼に見合った能力なら、この能力が相応しいだろう。」 そう思って与えられた能力を確認する為にステータスを表示すると、その表示された数値を見て光は吹き出した。 この世界ではこのステータスが普通なのか…んな訳ねぇよな? そう思って転移先に降り立った場所は…災害級や天災級が徘徊する危険な大森林だった。 光の目の前に突然ベヒーモスが現れ、光はファイアボールを放ったが… そのファイアボールが桁違いの威力で、ベヒーモスを消滅させてから大森林を塵に変えた。 「異世界の神様は俺に魔王討伐を依頼していたが、このままだと俺が魔王扱いされかねない!」 それから光は力を抑えて行動する事になる。 光のジョブは勇者という訳では無い。 だからどんなジョブを入手するかまだ予定はないのだが…このままだと魔王とか破壊神に成りかねない。 果たして光は転移先の異世界で生活をしていけるのだろうか? 3月17日〜20日の4日連続でHOTランキング1位になりました。 皆さん、応援ありがとうございました.°(ಗдಗ。)°.

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

処理中です...