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最終話
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八幡神に続き、少名毘古那や淤加美神、市杵島姫命など、私と面識のある神が次々と来店した。中にはスクル派の疫病神、ニキの姿もあった。
「久しぶり。あなた、カクリヨでかなり噂になっているわよ。〝疫病神を不幸にしたヒト〟って」
「えええ……そんな噂立ってるの嫌すぎるんですけど……」
「あの時手を出さなくて正解だったわ。私、不幸になんてされたくないもの」
「そりゃ、不幸にされたい人なんていませんからね」
そう言った私を、ニキは不思議そうに眺める。
「そうよねえ。それなのにあなたは、あなたを不幸にしようとする疫病神と離れることを拒んだ。どうして?」
私はこっそりムミィを指さした。
「あの疫病神、利己的だし、がめついし、ワガママだし、最低ですよね」
「全くの同意よ。ムミィは面白いけど、深く付き合いたくはないわ」
視線に気付いたムミィは、クスクス笑っている私とニキを見て首を傾げる。悪口を言われていることを感じ取ったのか、むうっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
他のお客さんとの会話に戻ったムミィを見たまま、私は口を開いた。
「でも……根はやっぱり、神さまなんです。悪意がなくて、慈悲を感じるというか」
「……それも、少し分かるけれど……。でも、やっぱり私は深く付き合いたくないわ」
「ニキさんの気持ちも、すっごく分かりますよ」
ニキもムミィに目を向けて、ため息を吐く。
「ムミィもムミィよね。自分を不幸にしたヒトと共に過ごすことを望むなんて。私には理解できないわ」
「いや、ムミィは強制的に私の元に戻らされただけですよ」
「いいえ。彼自身、本当は戻りたかったのよ。じゃないと、人情と不幸の質を重んじるマル派が、優秀で勤務年数の長い社員を手放したりしないんだから」
「そうなんですかね。だったらホッとしますけど」
ニキは怖い不幸をもたらす疫病神だけれど、話していると妙に落ち着く。まるで、前の職場で同僚と話しているときのように、肩ひじ張らずに会話できる。
「こうして話していると、ニキさんが怖い疫病神にはとても見えませんね」
そう言うと、ニキは小さく鼻で笑い、肩をすくめた。
「仕事だからやってるだけよ。私はヒトを不幸にして喜ぶような嗜好は持っていないわ」
「そうなんですか!? てっきり楽しんでいるのかと思ってました」
「まさか。そんな疫病神、スクル派にはほとんどいない。喜んでいるのはマル派の方よ」
そうだったんだ。逆だと思っていた。でも、確かにムミィは人を不幸にして喜んでいる節があるな。
「これはどこの派でも同じだけど、私たちは不幸を望んだヒトにしか憑かないわ」
「ああ……。あのですね、あれは望んでいるんじゃなくて、恐れているんですよ……」
「ええ。こちらの思い違いもあるでしょうね。でも、私たちにとってはヒトの感情は複雑すぎて、判断しかねるのよね。だから、そういうヒトは厄払いに行って意思表明して欲しいのよ。そうしてくれたら、私たちも無駄働きせずに手を引けるし」
へえ、厄払いって効果あったんだ。正直ちょっと信じてなかったな。
「まあ、そもそも不幸を強く考えたり、信じたりしないで欲しいんだけどね。ヒトのそういう思考がノイズになって、仕事が無駄に増えて困ってるのよ。全く……」
「なんか……お疲れさまです」
「ありがと。真白、おつまみにクラッカーをくれる? それにグラスが空になったわ。ムミィを呼んでちょうだい」
「分かりました。ちょうどネットショップで余ったクラッカーがあるんで、用意しますね」
私が呼ぶ前に、ムミィがすっと現れる。
「ニキ! また真白さんのこと狙ってるの!? だめだよ、真白さんは僕の担当なんだから!」
「そんなわけないじゃない。真白なんて、こちらから願い下げよ。不幸にされちゃかなわない」
「あはは! そうだよ、真白さんに関わるとロクなことにならないからね? だから絶対に、横取りしちゃだめだからね!」
「しないってば。そもそもこの子、もう不幸なんて望んでないし。とっくに見込み客リストから外れてるわ」
ムミィの口ぶりは気に食わなかったけれど、私は言い返さずにクラッカーを皿に盛った。
「ねえムミィ。あなたやる気あるの? 真白、不幸になりそうな気配がないんだけど? まさかもう不幸にする気がない?」
ニキの質問に、ムミィが顔をしわくちゃにする。
「心外な! 僕は腐ってもマル派の疫病神だよ!? ヒトを不幸にしてなんぼ! それが生きがいであり、僕のアイデンティティです!!」
そしてムミィはキッと私を睨みつけた。
「真白さん! 今度こそ、僕はあなたに必ず! 必ず、非の打ち所がない最上の不幸を与えてみせますよ!!」
ムミィの宣戦布告にも、私は動じない。
「やってみなよ。私は絶対不幸にならないから。あんたには、ずっと私を不幸にできずに、毎日私の料理を食べて、パブでボロ儲けする人生送らせてやるんだから」
これからの人生、私には幾度となく不幸が降りかかるのだろう。でも私は、辛さを受け入れても、不幸は断固受け取らない。
ムミィを、このパブを、そしてここで出会った神との縁を、手放さないために。
そしてもちろん、私自身の幸せのために。
【疫病神がうちに来まして~不幸せにするために、まずはあなたを幸せにします~ end】
「久しぶり。あなた、カクリヨでかなり噂になっているわよ。〝疫病神を不幸にしたヒト〟って」
「えええ……そんな噂立ってるの嫌すぎるんですけど……」
「あの時手を出さなくて正解だったわ。私、不幸になんてされたくないもの」
「そりゃ、不幸にされたい人なんていませんからね」
そう言った私を、ニキは不思議そうに眺める。
「そうよねえ。それなのにあなたは、あなたを不幸にしようとする疫病神と離れることを拒んだ。どうして?」
私はこっそりムミィを指さした。
「あの疫病神、利己的だし、がめついし、ワガママだし、最低ですよね」
「全くの同意よ。ムミィは面白いけど、深く付き合いたくはないわ」
視線に気付いたムミィは、クスクス笑っている私とニキを見て首を傾げる。悪口を言われていることを感じ取ったのか、むうっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
他のお客さんとの会話に戻ったムミィを見たまま、私は口を開いた。
「でも……根はやっぱり、神さまなんです。悪意がなくて、慈悲を感じるというか」
「……それも、少し分かるけれど……。でも、やっぱり私は深く付き合いたくないわ」
「ニキさんの気持ちも、すっごく分かりますよ」
ニキもムミィに目を向けて、ため息を吐く。
「ムミィもムミィよね。自分を不幸にしたヒトと共に過ごすことを望むなんて。私には理解できないわ」
「いや、ムミィは強制的に私の元に戻らされただけですよ」
「いいえ。彼自身、本当は戻りたかったのよ。じゃないと、人情と不幸の質を重んじるマル派が、優秀で勤務年数の長い社員を手放したりしないんだから」
「そうなんですかね。だったらホッとしますけど」
ニキは怖い不幸をもたらす疫病神だけれど、話していると妙に落ち着く。まるで、前の職場で同僚と話しているときのように、肩ひじ張らずに会話できる。
「こうして話していると、ニキさんが怖い疫病神にはとても見えませんね」
そう言うと、ニキは小さく鼻で笑い、肩をすくめた。
「仕事だからやってるだけよ。私はヒトを不幸にして喜ぶような嗜好は持っていないわ」
「そうなんですか!? てっきり楽しんでいるのかと思ってました」
「まさか。そんな疫病神、スクル派にはほとんどいない。喜んでいるのはマル派の方よ」
そうだったんだ。逆だと思っていた。でも、確かにムミィは人を不幸にして喜んでいる節があるな。
「これはどこの派でも同じだけど、私たちは不幸を望んだヒトにしか憑かないわ」
「ああ……。あのですね、あれは望んでいるんじゃなくて、恐れているんですよ……」
「ええ。こちらの思い違いもあるでしょうね。でも、私たちにとってはヒトの感情は複雑すぎて、判断しかねるのよね。だから、そういうヒトは厄払いに行って意思表明して欲しいのよ。そうしてくれたら、私たちも無駄働きせずに手を引けるし」
へえ、厄払いって効果あったんだ。正直ちょっと信じてなかったな。
「まあ、そもそも不幸を強く考えたり、信じたりしないで欲しいんだけどね。ヒトのそういう思考がノイズになって、仕事が無駄に増えて困ってるのよ。全く……」
「なんか……お疲れさまです」
「ありがと。真白、おつまみにクラッカーをくれる? それにグラスが空になったわ。ムミィを呼んでちょうだい」
「分かりました。ちょうどネットショップで余ったクラッカーがあるんで、用意しますね」
私が呼ぶ前に、ムミィがすっと現れる。
「ニキ! また真白さんのこと狙ってるの!? だめだよ、真白さんは僕の担当なんだから!」
「そんなわけないじゃない。真白なんて、こちらから願い下げよ。不幸にされちゃかなわない」
「あはは! そうだよ、真白さんに関わるとロクなことにならないからね? だから絶対に、横取りしちゃだめだからね!」
「しないってば。そもそもこの子、もう不幸なんて望んでないし。とっくに見込み客リストから外れてるわ」
ムミィの口ぶりは気に食わなかったけれど、私は言い返さずにクラッカーを皿に盛った。
「ねえムミィ。あなたやる気あるの? 真白、不幸になりそうな気配がないんだけど? まさかもう不幸にする気がない?」
ニキの質問に、ムミィが顔をしわくちゃにする。
「心外な! 僕は腐ってもマル派の疫病神だよ!? ヒトを不幸にしてなんぼ! それが生きがいであり、僕のアイデンティティです!!」
そしてムミィはキッと私を睨みつけた。
「真白さん! 今度こそ、僕はあなたに必ず! 必ず、非の打ち所がない最上の不幸を与えてみせますよ!!」
ムミィの宣戦布告にも、私は動じない。
「やってみなよ。私は絶対不幸にならないから。あんたには、ずっと私を不幸にできずに、毎日私の料理を食べて、パブでボロ儲けする人生送らせてやるんだから」
これからの人生、私には幾度となく不幸が降りかかるのだろう。でも私は、辛さを受け入れても、不幸は断固受け取らない。
ムミィを、このパブを、そしてここで出会った神との縁を、手放さないために。
そしてもちろん、私自身の幸せのために。
【疫病神がうちに来まして~不幸せにするために、まずはあなたを幸せにします~ end】
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