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第一章
第21話 雪に酒
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私とムミィは、雪にまだ足跡がついていない場所まで移動した。まっさらの雪を掬うと、触れたところがキュッと引き締まる。でも、それ以外のところはふわふわだ。
まずは何もかけずに一口雪を食べてみる。口に入れるだけで雪がしゅわぁと溶け、肉汁のようにジューシーな水が口いっぱいに広がる。……いや、ただの水なんだけど、満足感がそう思わせたのよ。
隣で美味しそうに雪を頬張るムミィが、ポケットから、ガラス製のボウル、スプーン、そして三本の小瓶を取り出した。
「ごめんなさい。かき氷シロップが用意できなかったので、代わりにパブにあったお酒をちょびっとずつ持ってきました。梅酒、リモンチェッロ、ウォッカです」
「ムミィ、あんたは天才なの?」
「喜んでもらえてよかったです! ではでは、かけちゃいますよ~」
ボウルにたっぷり盛られた雪が、注がれた梅酒によって琥珀色に色を変える。
私は贅沢に、梅酒がたっぷりかかった雪の部分を掬って食べた。フルーティーで大人の風味が足された雪に舌が大喜びだ。口の中で遊んでいる間は冷たいのに、飲み込むとアルコールのおかげでふわっと熱を帯びるのが面白い。なにもかけていない雪とはまた違う、しっとりとした触感も良い。
思いのほかお酒をかけた雪が美味しくて、気が付けば三本の小瓶が空になっていた。
アルコールを摂取して陽気になった私とムミィは、ゲラゲラ笑いながら淤加美神の店を駆け回り、雪玉を投げ合って遊んだ。
「くらえー! 僕の渾身の一撃ー!!」
ムミィの放った雪玉は、激しい回転を利かせて私に襲いかかる。私は衰えた動体視力で必死に軌道を読み、ギリギリのところで身を翻した。しかし雪玉は急カーブして私の腰に直撃。
「ぎゃー! やったわね! 仕返しだ!」
「真白さんの細腕じゃあ、僕のような奇跡の投球はできませんよー!」
女だからと舐めてもらっちゃ困る。こちとら米十キロやらビール一箱やら重いものをコンスタントに運んでいるの。
私は全力ダッシュしてムミィと距離を詰め、虚をつかれて固まっている彼の腕をガッシリ掴んだ。そして、その場で雪を引っ掴み、何度も何度もムミィに当てる。
「おののけ! 三十路のなりふり構わず若さに縋り付く攻撃~!」
「だぁぁぁっ! それはずるいです真白さあああん!」
本気を出せば私の手なんて簡単に振り払えるはずなのに、ムミィはケタケタ笑いながら、なされるがまま全身雪まみれにされた。
体力の限界を迎えた私は、雪の上に大の字になって寝転がった。
白と灰色の空を見上げていると、水墨画で描かれた世界に入り込んでしまったかのように思えた。
空高くを舞うぼたん雪がふよふよと降りてくる。定まらない足取りで、なぁんにも考えずに、ただただ重力に任せて落ちてくる。
何の意志もなく地面に辿り着くだけで、こんなに綺麗な雪景色を作り出せる雪たちが、妙に羨ましくなった。
ぼんやりと空を眺めていた私をムミィが覗き込む。
「真白さん。思った以上に楽しくて長居してしまいましたね。そろそろおいとましましょうか」
「そうだね。帰ろう」
私が両手を差し出すと、ムミィが引っ張って起こしてくれた。服にびっしりくっついた雪を払い、私とムミィは淤加美神の店を出る。
「やっと出てきた。ずいぶんゆっくりしていたねぇ」
淤加美神は呆れたように笑った。暇つぶしにお酒を飲んでいたのか、カウンターの上には空瓶が六本ほど転がっていた。
「淤加美神さん、ありがとうございました。楽しかったです」
「そうみたいだね。ここに来た時よりスッキリした顔をしてる。お気に召してよかったよ」
お礼を言った私にそう応えたあと、淤加美神はムミィの方を見る。視線に気付いたムミィはビクッと体をこわばらせた。
「さて、ムミィ。お代の方だけど――」
「あー! はいはい、お代ね! 淤加美神には特別に僕のとっておきの品物をお渡しします! これは僕が百年前に憑いた鍛冶屋が打った究極の――」
ムミィはポケットから古びたナイフを取り出し、プレゼンを始めようとした。しかしそれは、無表情の淤加美神に遮られる。
「四の五の言わず、持っているもん全部置いて行きな」
「……」
「早く」
「はい……」
どうやらムミィは、プレゼン力でどうにかお代をちょろまかそうと考えていたようだ。しかし残念ながら、偉大な淤加美神には通用せず、身ぐるみ全て剥がされてしまった。
素っ裸になったムミィは、おつりとして椿の花を一輪もらった。
「それで大事なところを隠すといいよ。あんたならそれだけで隠せるだろう。ああ、ちょっと大きかったかい? だったらこの蕾でどうだい。あはは、ぴったりじゃないか」
自尊心をズタボロにされたムミィは、大泣きして店を飛び出した。
ちょっと可哀想だと思っていたけど、全裸でガードレールの上を走るムミィの後ろ姿が面白すぎて、腹を抱えて笑ってしまった。
まずは何もかけずに一口雪を食べてみる。口に入れるだけで雪がしゅわぁと溶け、肉汁のようにジューシーな水が口いっぱいに広がる。……いや、ただの水なんだけど、満足感がそう思わせたのよ。
隣で美味しそうに雪を頬張るムミィが、ポケットから、ガラス製のボウル、スプーン、そして三本の小瓶を取り出した。
「ごめんなさい。かき氷シロップが用意できなかったので、代わりにパブにあったお酒をちょびっとずつ持ってきました。梅酒、リモンチェッロ、ウォッカです」
「ムミィ、あんたは天才なの?」
「喜んでもらえてよかったです! ではでは、かけちゃいますよ~」
ボウルにたっぷり盛られた雪が、注がれた梅酒によって琥珀色に色を変える。
私は贅沢に、梅酒がたっぷりかかった雪の部分を掬って食べた。フルーティーで大人の風味が足された雪に舌が大喜びだ。口の中で遊んでいる間は冷たいのに、飲み込むとアルコールのおかげでふわっと熱を帯びるのが面白い。なにもかけていない雪とはまた違う、しっとりとした触感も良い。
思いのほかお酒をかけた雪が美味しくて、気が付けば三本の小瓶が空になっていた。
アルコールを摂取して陽気になった私とムミィは、ゲラゲラ笑いながら淤加美神の店を駆け回り、雪玉を投げ合って遊んだ。
「くらえー! 僕の渾身の一撃ー!!」
ムミィの放った雪玉は、激しい回転を利かせて私に襲いかかる。私は衰えた動体視力で必死に軌道を読み、ギリギリのところで身を翻した。しかし雪玉は急カーブして私の腰に直撃。
「ぎゃー! やったわね! 仕返しだ!」
「真白さんの細腕じゃあ、僕のような奇跡の投球はできませんよー!」
女だからと舐めてもらっちゃ困る。こちとら米十キロやらビール一箱やら重いものをコンスタントに運んでいるの。
私は全力ダッシュしてムミィと距離を詰め、虚をつかれて固まっている彼の腕をガッシリ掴んだ。そして、その場で雪を引っ掴み、何度も何度もムミィに当てる。
「おののけ! 三十路のなりふり構わず若さに縋り付く攻撃~!」
「だぁぁぁっ! それはずるいです真白さあああん!」
本気を出せば私の手なんて簡単に振り払えるはずなのに、ムミィはケタケタ笑いながら、なされるがまま全身雪まみれにされた。
体力の限界を迎えた私は、雪の上に大の字になって寝転がった。
白と灰色の空を見上げていると、水墨画で描かれた世界に入り込んでしまったかのように思えた。
空高くを舞うぼたん雪がふよふよと降りてくる。定まらない足取りで、なぁんにも考えずに、ただただ重力に任せて落ちてくる。
何の意志もなく地面に辿り着くだけで、こんなに綺麗な雪景色を作り出せる雪たちが、妙に羨ましくなった。
ぼんやりと空を眺めていた私をムミィが覗き込む。
「真白さん。思った以上に楽しくて長居してしまいましたね。そろそろおいとましましょうか」
「そうだね。帰ろう」
私が両手を差し出すと、ムミィが引っ張って起こしてくれた。服にびっしりくっついた雪を払い、私とムミィは淤加美神の店を出る。
「やっと出てきた。ずいぶんゆっくりしていたねぇ」
淤加美神は呆れたように笑った。暇つぶしにお酒を飲んでいたのか、カウンターの上には空瓶が六本ほど転がっていた。
「淤加美神さん、ありがとうございました。楽しかったです」
「そうみたいだね。ここに来た時よりスッキリした顔をしてる。お気に召してよかったよ」
お礼を言った私にそう応えたあと、淤加美神はムミィの方を見る。視線に気付いたムミィはビクッと体をこわばらせた。
「さて、ムミィ。お代の方だけど――」
「あー! はいはい、お代ね! 淤加美神には特別に僕のとっておきの品物をお渡しします! これは僕が百年前に憑いた鍛冶屋が打った究極の――」
ムミィはポケットから古びたナイフを取り出し、プレゼンを始めようとした。しかしそれは、無表情の淤加美神に遮られる。
「四の五の言わず、持っているもん全部置いて行きな」
「……」
「早く」
「はい……」
どうやらムミィは、プレゼン力でどうにかお代をちょろまかそうと考えていたようだ。しかし残念ながら、偉大な淤加美神には通用せず、身ぐるみ全て剥がされてしまった。
素っ裸になったムミィは、おつりとして椿の花を一輪もらった。
「それで大事なところを隠すといいよ。あんたならそれだけで隠せるだろう。ああ、ちょっと大きかったかい? だったらこの蕾でどうだい。あはは、ぴったりじゃないか」
自尊心をズタボロにされたムミィは、大泣きして店を飛び出した。
ちょっと可哀想だと思っていたけど、全裸でガードレールの上を走るムミィの後ろ姿が面白すぎて、腹を抱えて笑ってしまった。
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