【完結】疫病神がうちに来まして~不幸せにするために、まずはあなたを幸せにします~

mazecco

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第一章

第20話 椿の酒

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 実は、数日前からムミィに、この夢を叶えるために北海道に行こうと誘われていた。北海道には是非とも私も行きたかったけれど、どこの雪でもやっぱりちょっと衛生的に危ないような気がしたので却下した。
 それからは、ムミィはこの話を出さなかったので諦めたのかなと思っていたのに、カクリヨの風が吹くところに連れて行くことを考えていたとは。

「ここで降っているのは、カクリヨの穢れひとつない雪です! 潔癖症で胃腸が弱いヒトでも、きっとここの雪なら大丈夫ですよ!」
「本当に……? だったら食べてみたいけど……寒いんだってぇ……」

 私がグズッていると、淤加美神がやって来て私の顔を覗き込んだ。

「ムミィ。このヒト、死んでしまいそうだよ。体を温めないと」
「ええー! 不幸をプレゼントする前に死なれちゃ困ります! 淤加美神、体を温める何かない?」
「あるけど、高くつくよ」

 淤加美神は私をヒョイと抱き上げ、特段立派な椿の木に向かって歩き出した。彼女に触れられているだけで、体の芯がじんわり温まり、少し寒さが和らぐ。
 椿の花が咲き乱れる木の下には、ムミィの背ほどの岩があった。岩の割れ目に差し込まれた竹から、ちょろちょろと湧き水が流れ落ちている。
 淤加美神は湧き水を柄杓で掬い、私の口元に近づける。

「これは椿の下で湧いた酒水。飲むと体が温まる。さ、お飲み」

 確かにそれはお酒だった。ほんのり椿の蜜の味がする、甘いお酒。一口飲んだだけで、かじかんでいた手にぬくもりが戻り、体の震えも収まった。
 私は、ほう……と吐息を漏らし、自分の足で立つ。

「ありがとうございます、淤加美神さん。おかげで凍え死なずに済みました」
「かまわないよ。少し持たせておいてあげるから、また寒くなったら飲むといい」

 私に手のひらサイズの瓢箪を持たせ、淤加美神はその場から立ち去った。

「さて、まともに動けるようになったことだし。雪食べようか、ムミィ! ……ムミィ?」

 返事がないので振り返ると、ガタガタ震えるムミィがしゃがみこんでいた。

「えっ、どうしたの? ムミィも寒い? このお酒飲んだらポカポカなるよ。飲む?」

 私が差し出した瓢箪を見て、ムミィは悲痛な叫び声を上げる。

「真白さぁぁぁんっ……! その椿酒は……カクリヨで一番値が張るお酒ですぅぅぅっ……!」
「え」
「一滴だけで僕の一か月分のお給料が消し飛びます……。それを……それをあなたは……一口飲んだだけでは飽き足らず、小瓢箪に並々とぉぉぉ……」

 雪を掻きむしりながら泣き叫ぶムミィ。さすがに憐れすぎる。
 私は慌てて淤加美神に瓢箪を返そうとしたが――

「返品不可だよ。あと分割払いも不可。ムミィにそう伝えておいておくれ。ケチくさい上にパブでずる賢い商売をしているムミィなら、払えんことはないだろうさ」

 ――きっぱり断られてしまった。
 ムミィはしばらく放心していたけれど、諦めがついたのかよろよろと起き上がる。

「ははは……。まあ、また稼げばいいだけですし……。真白さんに最上の不幸を与えるためなら、僕の三十年分の全収入が消し飛んだって構いませんよ……。あはは、あははは……」
「な……なんかほんと、ごめんね……? わ、私で出せるものがあるなら、出すけど……」
「真白さんはお気になさらないでください……。それより、気を取り直して夢を叶えましょう!」

 さっきまで死にそうな顔で泣いていたのに、スッといつものあどけない笑顔に戻ったのがなんか怖かった。ムミィは感情豊かだけれど、その感情を引きずらずにすぐ忘れる。私がムミィを「ヒトじゃないんだな」と実感するのが、こういった瞬間だった。
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