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第一章
第19話 白線の上を歩く
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◇◇◇
その日はムミィに連れられて外へ出た。ムミィはどこに行くのか教えないまま、ゆらゆらと泳ぐように私の前を歩いている。
私は、ムミィがこんなふうに曖昧な足取りで道を進む姿を数日前に見たことがあった。きっと彼はカクリヨの風が吹く場所に向かっているのだろう。
ニ十分歩いた頃、ムミィが立ち止まり道路を指さした。
「真白さん。ここからは白線の上を歩いてください」
そう言って、ムミィが両手でバランスをとりながら白線の上を歩き始めたので、私も同じことをする。平衡感覚が衰えているのか、歩くたびに体がぐらついた。運動をしていないとまともに真っすぐも歩けなくなるのか。なんだか悲しくなってきた。
横断歩道でも白線の上しか歩いてはいけないと言われ、私は歳柄もなくぴょんぴょん飛び跳ねるはめになった。
通行人に笑われるのではないかと心配で、私は周りを窺い見た。
でも、敢えて顔を背けているのか、他人に意識を向ける余裕すらないのか、誰も私の方を見ていなかった。ホッとしたと同時に、外界から切り離されたような感覚に少し背筋が寒くなる。
「真白さん、次はこっちです!」
顔を上げると、ガードレールの上を歩くムミィが手を振っていた。
「は!? 私に同じことをしろと!?」
「はい! あともう少しなので、頑張ってください!」
「いやいや! 白線の上を歩くだけでもやっとの私が、ガードレールの上なんて歩けるわけないでしょう!?」
「ええ……。じゃあ、仕方ないのでガードレールの上に手を載せて歩いてください……。それでも大丈夫なので……」
それで大丈夫なんだったら、どうしてガードレールの上を歩かせようとしたんだ。
汚れがこびりついたざらつきが手のひらを撫でる。そのまま歩くと、すぐに手が真っ黒になった。不快。
「ねえムミィまだぁ……? 手洗いたいんだけど……」
「もう少しの辛抱ですよー!」
ガードレールの終点まで辿り着くと、ムミィは軽やかに飛び降り、ケン、ケン、パッ、とリズムよくジャンプした。
すると、道路に書かれた「止マレ」の標識がゆらりと歪み、「ススメ」という文字になった。
「よかった。今回も無事受け入れてもらえましたね」
ムミィの視線の先には、店頭に枯れた花が並ぶ、廃れた花屋さんがあった。
店から一人のエプロンをつけた女性が出てくる。
「あら、ムミィじゃないの。いらっしゃい」
「こんにちは! 連れがいるんですが、入っていいですか?」
「まあ、ヒト」
ヒトの私に驚いたようだけど、女性は薄く微笑み、扉を開けてくれた。快く受け入れてもらえたようだ。
ムミィに手を引かれ店の中に入った私は、あまりの寒さにしゃがみこんだ。
店の中に入ったはずなのに、目の前に広がっていたのは一面の雪景色。空からは雪がひらひら舞い、地面にはまっさらな雪が積もっている。
雪化粧をした竹や椿の鮮やかな色がよく映えていて美しい。美しいけれども、凍えそうなほど寒いことには変わりない。風がないことがせめてもの救い。
ムミィは私と向き合ってしゃがみ、にっこりと笑う。
「ここは淤加美神が経営しているお店です! ここでは冬の花や雪どけ水を主に取り扱っています! とっても綺麗な場所でしょう?」
「綺麗ねえ……すっごく綺麗だけど……寒すぎる……」
「寒いからこそ、雪が降るんですよ! 真白さん、雪といえば、なんでしょうかっ?」
クイズの答えを考えようと努力したけれど、凍える寸前で正直それどころじゃない。
ガタガタ震えるだけで何も言わない私に耐えかねたムミィは、すぐに答えを教えてくれた。
「真白さんの夢その四! 〝雪にシロップをかけて食べる〟を、今からしましょう!」
「ほわぁぁ……。やりたかった夢だぁぁ……でも今はあったかいスープが飲みたい……」
「スープはあとです! まずは雪を食べましょう!」
その日はムミィに連れられて外へ出た。ムミィはどこに行くのか教えないまま、ゆらゆらと泳ぐように私の前を歩いている。
私は、ムミィがこんなふうに曖昧な足取りで道を進む姿を数日前に見たことがあった。きっと彼はカクリヨの風が吹く場所に向かっているのだろう。
ニ十分歩いた頃、ムミィが立ち止まり道路を指さした。
「真白さん。ここからは白線の上を歩いてください」
そう言って、ムミィが両手でバランスをとりながら白線の上を歩き始めたので、私も同じことをする。平衡感覚が衰えているのか、歩くたびに体がぐらついた。運動をしていないとまともに真っすぐも歩けなくなるのか。なんだか悲しくなってきた。
横断歩道でも白線の上しか歩いてはいけないと言われ、私は歳柄もなくぴょんぴょん飛び跳ねるはめになった。
通行人に笑われるのではないかと心配で、私は周りを窺い見た。
でも、敢えて顔を背けているのか、他人に意識を向ける余裕すらないのか、誰も私の方を見ていなかった。ホッとしたと同時に、外界から切り離されたような感覚に少し背筋が寒くなる。
「真白さん、次はこっちです!」
顔を上げると、ガードレールの上を歩くムミィが手を振っていた。
「は!? 私に同じことをしろと!?」
「はい! あともう少しなので、頑張ってください!」
「いやいや! 白線の上を歩くだけでもやっとの私が、ガードレールの上なんて歩けるわけないでしょう!?」
「ええ……。じゃあ、仕方ないのでガードレールの上に手を載せて歩いてください……。それでも大丈夫なので……」
それで大丈夫なんだったら、どうしてガードレールの上を歩かせようとしたんだ。
汚れがこびりついたざらつきが手のひらを撫でる。そのまま歩くと、すぐに手が真っ黒になった。不快。
「ねえムミィまだぁ……? 手洗いたいんだけど……」
「もう少しの辛抱ですよー!」
ガードレールの終点まで辿り着くと、ムミィは軽やかに飛び降り、ケン、ケン、パッ、とリズムよくジャンプした。
すると、道路に書かれた「止マレ」の標識がゆらりと歪み、「ススメ」という文字になった。
「よかった。今回も無事受け入れてもらえましたね」
ムミィの視線の先には、店頭に枯れた花が並ぶ、廃れた花屋さんがあった。
店から一人のエプロンをつけた女性が出てくる。
「あら、ムミィじゃないの。いらっしゃい」
「こんにちは! 連れがいるんですが、入っていいですか?」
「まあ、ヒト」
ヒトの私に驚いたようだけど、女性は薄く微笑み、扉を開けてくれた。快く受け入れてもらえたようだ。
ムミィに手を引かれ店の中に入った私は、あまりの寒さにしゃがみこんだ。
店の中に入ったはずなのに、目の前に広がっていたのは一面の雪景色。空からは雪がひらひら舞い、地面にはまっさらな雪が積もっている。
雪化粧をした竹や椿の鮮やかな色がよく映えていて美しい。美しいけれども、凍えそうなほど寒いことには変わりない。風がないことがせめてもの救い。
ムミィは私と向き合ってしゃがみ、にっこりと笑う。
「ここは淤加美神が経営しているお店です! ここでは冬の花や雪どけ水を主に取り扱っています! とっても綺麗な場所でしょう?」
「綺麗ねえ……すっごく綺麗だけど……寒すぎる……」
「寒いからこそ、雪が降るんですよ! 真白さん、雪といえば、なんでしょうかっ?」
クイズの答えを考えようと努力したけれど、凍える寸前で正直それどころじゃない。
ガタガタ震えるだけで何も言わない私に耐えかねたムミィは、すぐに答えを教えてくれた。
「真白さんの夢その四! 〝雪にシロップをかけて食べる〟を、今からしましょう!」
「ほわぁぁ……。やりたかった夢だぁぁ……でも今はあったかいスープが飲みたい……」
「スープはあとです! まずは雪を食べましょう!」
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