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第一章
第14話 カスカスの豆腐
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炊飯器から安っぽいメロディが鳴る。蓋を開けると湯気が立ちのぼり、醤油色――ではなく、万能つゆ色に輝くごはんが顔を出す。うん、良い感じ。
ムミィは、すでにダイニングチェアに腰かけ、箸を握っている。
今日の晩ごはんは、炊き込みご飯と豚汁、焼きホッケ、あとは柚子大根のお漬物。飲み物はキンッキンに冷えたビール。
「「いただきます!!」」
豚汁を啜ったムミィは、肩の力をだらんと抜いた。
「……野菜と豚のエキスが滲み込んで……もう……お汁だけで満足感がすごいです……」
「カスカスのお豆腐も食べてみて。美味しいよ」
ムミィは豚汁に目を落とし、焚きすぎてぷつぷつ穴が空いている豆腐を見た。あまり食指が動かないようで、のろのろと豆腐を口に運ぶ。
でも、食べた途端ムミィは目を見開いた。
「コシがある歯ごたえ。豚汁の味が沁み込んでいる上に、豆腐の味も凝縮されている……。これは……美味しい、かもしれない……!」
私はニッと笑い、足を組む。
「カスカス豆腐の良さが分かるなんてね。ムミィ、あんたやるじゃん。この美味しさに気付いたのはあんたが初めてよ」
「カスカス豆腐から哀愁を感じます。ヒトにたとえると、七十を過ぎたおじいさん。若い頃死に物狂いで働いて、老後は趣味で畑仕事をしているヒトだ。爪の指の間に土が入りこんでいます。彼の日に焼けた真っ黒な肌は生きてきた証……。そう考えるととても愛おしいです」
カスカス豆腐を箸で掴みうっとりと眺めるムミィに、私は無表情で首を横に振った。
「……いや、やめてよ……そんなところで発想力を発揮しないで……」
続いてムミィは炊き込みご飯を頬張り、目を瞑る。
「はぁ……。ゴボウの味がよく効いています。毎日炊き込みご飯がいいなぁ。……いやでも白いご飯も美味しいし……。真白さん、毎日二種類のご飯を……」
「却下。そんなめんどうくさいことするわけないでしょ」
「では今日の味をしっかり覚えておくことにしましょう」
食べ終わるのが惜しいのか、ムミィはいつもより少しずつ、ゆっくりと炊き込みご飯を口に運んだ。食べている間も、ムミィの口元がずっと緩んでいる。よほど気に入ってくれたようだ。
ムミィはビールをクイッと飲み、舌なめずりしながらホッケに手を伸ばした。骨を外すと、脂でてかった白身が姿を現す。
白身を覗き込むムミィの頬が、ほんのりピンクに染まっている。
「……なんだか、いけないことをしているような気持ちになります。服を脱がせているような……」
「ちょっと。ホッケでいやらしいこと考えないでよ」
箸を差し込むと、身が均等にバラけた。白バラの花びらのように艶やかで美しい。
ムミィがホッケを一欠片舌に載せる。弾力があるわけでも、ホロホロ崩れるわけでもない、なんとも言えない適度な肉感に、ムミィの顔がとろけている。
私は外した骨をちゅうと吸った。貧乏性なんて言わないで。肉も魚も、骨の周りが一番美味しいんだから。
お腹いっぱいになったムミィは、私が皿洗いをしている間に風呂に入った。そして私が風呂から出たときには、すでにベッドに潜り込んでいた。
布団から顔を半分覗かせたムミィが私に話しかける。
「ねえ、真白さん。困ったことが起こりました」
「え? どうしたの?」
「真白さんの料理が美味しすぎて、僕は必要以上に満たされてしまいました」
「別にいいんじゃない?」
「ダメなんです。貢物をいただいた分、神は働かないといけません」
ムミィはじっと私を見て、小さな声で言った。
「真白さん。僕に何かお願い事はないですか?」
ムミィにお願い事? そんなのこれに決まっている。
「不幸にしないでほしいです」
「それは聞けません。不幸にするのが僕の本業なので」
ダメか。まあ、ダメだよね。
「じゃあ、ベッド返して」
「それも聞けません。僕はソファでなんて寝たくないので」
「私も寝たかぁないわよ! 私の願い叶える気ないでしょ!?」
「ありますあります! ただ、軽いのにしてください! じゃないと次は真白さんが僕により多くの貢物をしなければならなくなるので」
ベッドより軽い願いなんてあるのだろうか。私はしばらく考え、ひとつのお願いに辿り着いた。
「じゃあ、ムミィの経営してるパブに飲みに行きたい!」
「えっ」
「私、行きつけのお店に憧れてたんだよね~。ねえ、いいでしょ?」
「ま、まあ、構いませんが……。パブを開くなら、僕はそっちの仕事に専念しますよ? あんまり構えないと思うので、真白さん寂しい思いしちゃいますよ? いいんですか?」
「全くかまわないけど。寂しくないし。ぼっち慣れてるし。というかそっちの方が落ち着くし」
私がケロッとした様子でそう応えると、ムミィは不機嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向いた。
「分かりましたよ! じゃあ、明日の夜は僕のパブに行きましょう。いいですか? うちの店には色んな神や、時には夢うつつのヒトも訪れます。決して、僕を放ったらかしにしてその人たちと盛り上がらないように!」
寂しがっているのはムミィの方じゃん。そう思ったけれど、余計にヘソを曲げられたらめんどうくさいことになりそうだったので、黙っていることにした。
ムミィは、すでにダイニングチェアに腰かけ、箸を握っている。
今日の晩ごはんは、炊き込みご飯と豚汁、焼きホッケ、あとは柚子大根のお漬物。飲み物はキンッキンに冷えたビール。
「「いただきます!!」」
豚汁を啜ったムミィは、肩の力をだらんと抜いた。
「……野菜と豚のエキスが滲み込んで……もう……お汁だけで満足感がすごいです……」
「カスカスのお豆腐も食べてみて。美味しいよ」
ムミィは豚汁に目を落とし、焚きすぎてぷつぷつ穴が空いている豆腐を見た。あまり食指が動かないようで、のろのろと豆腐を口に運ぶ。
でも、食べた途端ムミィは目を見開いた。
「コシがある歯ごたえ。豚汁の味が沁み込んでいる上に、豆腐の味も凝縮されている……。これは……美味しい、かもしれない……!」
私はニッと笑い、足を組む。
「カスカス豆腐の良さが分かるなんてね。ムミィ、あんたやるじゃん。この美味しさに気付いたのはあんたが初めてよ」
「カスカス豆腐から哀愁を感じます。ヒトにたとえると、七十を過ぎたおじいさん。若い頃死に物狂いで働いて、老後は趣味で畑仕事をしているヒトだ。爪の指の間に土が入りこんでいます。彼の日に焼けた真っ黒な肌は生きてきた証……。そう考えるととても愛おしいです」
カスカス豆腐を箸で掴みうっとりと眺めるムミィに、私は無表情で首を横に振った。
「……いや、やめてよ……そんなところで発想力を発揮しないで……」
続いてムミィは炊き込みご飯を頬張り、目を瞑る。
「はぁ……。ゴボウの味がよく効いています。毎日炊き込みご飯がいいなぁ。……いやでも白いご飯も美味しいし……。真白さん、毎日二種類のご飯を……」
「却下。そんなめんどうくさいことするわけないでしょ」
「では今日の味をしっかり覚えておくことにしましょう」
食べ終わるのが惜しいのか、ムミィはいつもより少しずつ、ゆっくりと炊き込みご飯を口に運んだ。食べている間も、ムミィの口元がずっと緩んでいる。よほど気に入ってくれたようだ。
ムミィはビールをクイッと飲み、舌なめずりしながらホッケに手を伸ばした。骨を外すと、脂でてかった白身が姿を現す。
白身を覗き込むムミィの頬が、ほんのりピンクに染まっている。
「……なんだか、いけないことをしているような気持ちになります。服を脱がせているような……」
「ちょっと。ホッケでいやらしいこと考えないでよ」
箸を差し込むと、身が均等にバラけた。白バラの花びらのように艶やかで美しい。
ムミィがホッケを一欠片舌に載せる。弾力があるわけでも、ホロホロ崩れるわけでもない、なんとも言えない適度な肉感に、ムミィの顔がとろけている。
私は外した骨をちゅうと吸った。貧乏性なんて言わないで。肉も魚も、骨の周りが一番美味しいんだから。
お腹いっぱいになったムミィは、私が皿洗いをしている間に風呂に入った。そして私が風呂から出たときには、すでにベッドに潜り込んでいた。
布団から顔を半分覗かせたムミィが私に話しかける。
「ねえ、真白さん。困ったことが起こりました」
「え? どうしたの?」
「真白さんの料理が美味しすぎて、僕は必要以上に満たされてしまいました」
「別にいいんじゃない?」
「ダメなんです。貢物をいただいた分、神は働かないといけません」
ムミィはじっと私を見て、小さな声で言った。
「真白さん。僕に何かお願い事はないですか?」
ムミィにお願い事? そんなのこれに決まっている。
「不幸にしないでほしいです」
「それは聞けません。不幸にするのが僕の本業なので」
ダメか。まあ、ダメだよね。
「じゃあ、ベッド返して」
「それも聞けません。僕はソファでなんて寝たくないので」
「私も寝たかぁないわよ! 私の願い叶える気ないでしょ!?」
「ありますあります! ただ、軽いのにしてください! じゃないと次は真白さんが僕により多くの貢物をしなければならなくなるので」
ベッドより軽い願いなんてあるのだろうか。私はしばらく考え、ひとつのお願いに辿り着いた。
「じゃあ、ムミィの経営してるパブに飲みに行きたい!」
「えっ」
「私、行きつけのお店に憧れてたんだよね~。ねえ、いいでしょ?」
「ま、まあ、構いませんが……。パブを開くなら、僕はそっちの仕事に専念しますよ? あんまり構えないと思うので、真白さん寂しい思いしちゃいますよ? いいんですか?」
「全くかまわないけど。寂しくないし。ぼっち慣れてるし。というかそっちの方が落ち着くし」
私がケロッとした様子でそう応えると、ムミィは不機嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向いた。
「分かりましたよ! じゃあ、明日の夜は僕のパブに行きましょう。いいですか? うちの店には色んな神や、時には夢うつつのヒトも訪れます。決して、僕を放ったらかしにしてその人たちと盛り上がらないように!」
寂しがっているのはムミィの方じゃん。そう思ったけれど、余計にヘソを曲げられたらめんどうくさいことになりそうだったので、黙っていることにした。
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