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第一章
第5話 冬のお散歩
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◇◇◇
朝食を済ませると、ムミィは私を外に連れ出した。どこに連れて行かれるのかと期待と恐怖で心臓がバクバクしていたけれど、行きついた先はなんでもない、ただの近所の公園だった。
ムミィは、芝が生えた広場にレジャーシートを敷き、腰を下ろした。つられて私も座ったけれど、しばらく続いた無言に耐えられず口を開く。
「……ねえ、これは何の時間?」
「なんでもない時間です」
そしてムミィは新鮮な空気を吸い込み、空を見上げる。
「ただ陽の光を浴びながら息をしているだけの時間が、真白さんには必要な気がしました」
私は、ぼんやりとムミィの横顔を見てから顔を上げた。
平日に、窓越しじゃない青空を見るのは何年ぶりだろう。
風は冷たい。淀んでいない空気も冷たくて、吸い込むと鼻の奥がツンとする。それなのに太陽の光は温かくて、頬だけがほんのり熱を持つ。
なんでもない時間なんて、仕事をしていた時はもったいないだけだった。
今でもほんの少しの罪悪感が胸にのしかかっている。こんなことをしている暇があるなら、早いこと就職先を探さないと、なんて考えては気が滅入る。
眉間に皺を寄せる私の顔を、ムミィが覗き込む。
「真白さん。こんな時くらい、心配事は忘れていいんですよ?」
「忘れられないよ……。あああ、どうしよう。三十過ぎで無職なんて……。しかも大学も出てない、パティシエだって一年で辞めた私なんかに再就職先なんてない……」
げっそりと項垂れる私を見て、ムミィは呆れたようにため息を吐いた。
「あなたはワガママな人ですねぇ。最上の不幸を与える疫病神だけでは飽き足らず、〝就職先が見つからない〟という不幸まで願うのですか? まあ、ご希望であれば叶えますけど……」
「えっ!? やめて!? 叶えないで!!」
「あれ? もしかして僕に遠慮してます? この際だから全て叶えてあげますよ。幸せを与えたあとでね」
「やめて!? 本当にやめて!?」
「よく分からない人ですねえ……」
ムミィは寝転び、指で作ったフレーム越しに私を見た。
「あなたは不幸な願望を軽はずみに言う割に、幸せな願望は言わないですね。参考までに、教えてくれませんか? あなたの幸せな願望」
「幸せな願望……? とりあえず、再就職先が見つかってほしいかな……」
「他には?」
「他は……前よりも給料が良いところがいいかな……」
「他は?」
将来安定した職に就きたい、老後も安心できるくらいの貯蓄が欲しい、そろそろ結婚して子どもが欲しい……などなど、思いつく限りの願望を並べても、ムミィは「他は?」と尋ね続けた。
「まだ言わないといけないの? もう思いつかないよ」
「なんでも良いです。子どもの頃の、かつての夢でもいいので」
子どもの頃の夢か。そういえば、小さい時はバカみたいな夢ばかりみていたな、と昔の自分を思い出し、私はクスクス笑った。
「そういえば、自分で作ったお菓子の家に住みたいって思ってた」
そう応えると、ムミィの顔がほころんだ。
「僕が求めていたのはそういうのです! 他にもあるでしょう?」
「浴槽でゼリーを作りたいとか?」
「いいですね! その調子です! もっと聞かせてください、真白さんの願望!」
「駄菓子屋で大人買いしたいとか、大きなアイスを食べながら映画を観たいとか、羊皮紙と羽ペンで手紙を書きたいとか?」
私の願望を聞いて、ムミィは腹をかかえて笑った。ムミィがあんまり楽しそうに聞くものだから、なんだか私まで楽しくなってくる。
私は次々とくだらない願いを口に出し、最後にぽそっと呟いた。
「あとは、一人前のパティシエになって、自分のお店を持ちたかったなーとか」
最後の願望にだけは、ムミィは反応しなかった。
朝食を済ませると、ムミィは私を外に連れ出した。どこに連れて行かれるのかと期待と恐怖で心臓がバクバクしていたけれど、行きついた先はなんでもない、ただの近所の公園だった。
ムミィは、芝が生えた広場にレジャーシートを敷き、腰を下ろした。つられて私も座ったけれど、しばらく続いた無言に耐えられず口を開く。
「……ねえ、これは何の時間?」
「なんでもない時間です」
そしてムミィは新鮮な空気を吸い込み、空を見上げる。
「ただ陽の光を浴びながら息をしているだけの時間が、真白さんには必要な気がしました」
私は、ぼんやりとムミィの横顔を見てから顔を上げた。
平日に、窓越しじゃない青空を見るのは何年ぶりだろう。
風は冷たい。淀んでいない空気も冷たくて、吸い込むと鼻の奥がツンとする。それなのに太陽の光は温かくて、頬だけがほんのり熱を持つ。
なんでもない時間なんて、仕事をしていた時はもったいないだけだった。
今でもほんの少しの罪悪感が胸にのしかかっている。こんなことをしている暇があるなら、早いこと就職先を探さないと、なんて考えては気が滅入る。
眉間に皺を寄せる私の顔を、ムミィが覗き込む。
「真白さん。こんな時くらい、心配事は忘れていいんですよ?」
「忘れられないよ……。あああ、どうしよう。三十過ぎで無職なんて……。しかも大学も出てない、パティシエだって一年で辞めた私なんかに再就職先なんてない……」
げっそりと項垂れる私を見て、ムミィは呆れたようにため息を吐いた。
「あなたはワガママな人ですねぇ。最上の不幸を与える疫病神だけでは飽き足らず、〝就職先が見つからない〟という不幸まで願うのですか? まあ、ご希望であれば叶えますけど……」
「えっ!? やめて!? 叶えないで!!」
「あれ? もしかして僕に遠慮してます? この際だから全て叶えてあげますよ。幸せを与えたあとでね」
「やめて!? 本当にやめて!?」
「よく分からない人ですねえ……」
ムミィは寝転び、指で作ったフレーム越しに私を見た。
「あなたは不幸な願望を軽はずみに言う割に、幸せな願望は言わないですね。参考までに、教えてくれませんか? あなたの幸せな願望」
「幸せな願望……? とりあえず、再就職先が見つかってほしいかな……」
「他には?」
「他は……前よりも給料が良いところがいいかな……」
「他は?」
将来安定した職に就きたい、老後も安心できるくらいの貯蓄が欲しい、そろそろ結婚して子どもが欲しい……などなど、思いつく限りの願望を並べても、ムミィは「他は?」と尋ね続けた。
「まだ言わないといけないの? もう思いつかないよ」
「なんでも良いです。子どもの頃の、かつての夢でもいいので」
子どもの頃の夢か。そういえば、小さい時はバカみたいな夢ばかりみていたな、と昔の自分を思い出し、私はクスクス笑った。
「そういえば、自分で作ったお菓子の家に住みたいって思ってた」
そう応えると、ムミィの顔がほころんだ。
「僕が求めていたのはそういうのです! 他にもあるでしょう?」
「浴槽でゼリーを作りたいとか?」
「いいですね! その調子です! もっと聞かせてください、真白さんの願望!」
「駄菓子屋で大人買いしたいとか、大きなアイスを食べながら映画を観たいとか、羊皮紙と羽ペンで手紙を書きたいとか?」
私の願望を聞いて、ムミィは腹をかかえて笑った。ムミィがあんまり楽しそうに聞くものだから、なんだか私まで楽しくなってくる。
私は次々とくだらない願いを口に出し、最後にぽそっと呟いた。
「あとは、一人前のパティシエになって、自分のお店を持ちたかったなーとか」
最後の願望にだけは、ムミィは反応しなかった。
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