【完結】またたく星空の下

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7章

第62話 お泊まり会

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 のろのろと坂道を上っている途中で、海茅のスマホが振動した。
 匡史からの個別LINEだ。

《みっちゃん、明日か明後日空いてる? もしよかったら二人で会えないかな?》

 海茅はホラ貝を吹き鳴らしたような声を上げ、全速力で坂を上り切った。
 急に元気になった海茅に追い抜かされ、優紀はぽかんと口を開ける。

「ど、どうしたの?」
「まっ、まさっ、まっ……、ま!」
「いや全然分かんない」

 言葉が出てこないので、海茅は優紀にスマホを見せた。
 メッセージを読んだ優紀は、「ほうほーう」とニヤつく。

「これで解決じゃん。もちろん会うよね?」
「緊張しすぎて吐きそうです」
「会うんだね。よし」

 優紀は時間を確認して考え込んだ。

「うーん。海茅ちゃん、今晩私の家に泊まりに来ない? お肌のお手入れと、化粧の仕方教えてあげる」
「えっ」
「眉毛と産毛も剃ってあげる。あと、明日一緒に服買いに行こうよ」

 唐突な提案にぽかんとしている海茅の肩を、優紀がつついた。

「多田君と初デートでしょ? せっかくだったら最高に可愛い海茅ちゃんで挑もうよ!」
「デート……」

 海茅はそう呟き、頭から湯気を噴き出した。
 匡史と初デートどころではない。人生初のデートだ。
 それに気付いてしまうと正気ではいられない。今晩眠れる気がしない。一人でデートまでの時間を過ごして生存できる可能性は、海茅の計算によるとゼロだ。

「ぜ、是非私と一緒にいてほしいです! お願いします、優紀ちゃん!!」
 海茅が勢いよく頭を下げると、優紀は嬉しそうに飛び跳ねた。
「よかった! じゃあ、お互い一旦家に帰ろっか。準備ができたら連絡ちょうだい」
「分かった!」
「もし海茅ちゃんのお父さんがダメッて言ったら、残念だけど諦めようね」
「頑張って説得する!」

 意外にも、海茅の父親はあっさり外泊を許してくれた。この前家族にこっぴどく叱られたのが効いたようだ。

 海茅は学習机の引き出しを開け、仕切り台の下に隠してあった封筒を取り出した。そこには、海茅がこつこつ貯めていたお小遣いがしまわれている。
 封筒を逆さにすると、十三枚の五百円玉と四枚の千円札が机に落ちた。一万五百円あれば服を買えるはずだ。

 海茅が家の前まで到着すると、部屋着を着た優紀が出迎えた。彼女の家族も海茅を歓迎して、紅茶やお菓子を出してくれた。
 部屋に入るなり、優紀は海茅の顔に化粧水を塗りたくる。

「うわー。海茅ちゃんのお肌ツルツル~! ニキビひとつないの羨ましい!」
「うげぇ……。顔がびちゃびちゃで気持ち悪い……」
「ちょっと我慢してねー」

 たっぷり化粧水を沁み込ませてから、優紀は海茅の顔にカミソリを当てた。
 ショリショリと優しい手つきで頬を撫でられた海茅は、くすぐったさに身震いする。
 薄目を開けると、鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くに、真剣な目をした優紀の顔があった。
 優紀の呼吸音がすぐそこで聞こえる。海茅は鼻息が聞かれないよう、そうっと息を吸った。
 優紀が眉毛を整えているとき、海茅は数か月前に眉毛を剃って失敗した日のことを思い出した。あのときは針金眉毛になってしまい、学校を休むと母親に駄々をこねたものだ。

「できた! 海茅ちゃん、鏡見てみて!」

 海茅は鏡を覗き込み、思わず笑顔になった。
 産毛を剃ってもらった肌はワントーン明るくなり、陶器のようにツルツルに見える。眉毛もほどよい太さに整っていて、芋っぽさが薄れた気がする。

「すごい! お化粧しなくてもこんなに変わるんだね! 優紀ちゃん、ありがとう~!」

 お風呂に入ったあと、海茅は優紀に言われるがまま、何かも分からない液体を顔にペタペタと塗り込んだ。カサカサだった肌がもっちりして、自分の頬なのに気持ち良くてずっと触ってしまう。
 花の香りがする液体が入ったおしゃれなボトルに囲まれて、お肌のお手入れをしながら友だちとお喋りをする時間は、優雅で贅沢で、なんだかお姫さまになった気分になった。
 化粧品に興味がなかった海茅もすっかり夢中だ。

「私も欲しいなあ」
「明日買おうよ!」
「で、でもお金が一万円しかないから……」
「大丈夫! 安いお店でもお洒落な服売ってるから! 化粧品もプチプラで買っちゃお! 足りなかったら化粧品と乳液だけでも揃えたらいいし」

 優紀は、海茅を大変身させることが楽しくて仕方がないようだ。

 寝る前での間、二人は雑誌をめくって海茅に合いそうな服装を探したり、雑誌に載っている星座占いを読んだりして盛り上がった。
 夏休みの夜に、部屋着で過ごすなんでもない時間。海茅と優紀は、布団に潜り込んでからも、中身のない、学びも気付きもないくだらない会話をだらだらと続けた。
 大人になった彼女たちは、きっとこの日のことを忘れているだろう。しかし今の二人にとって、この退屈な時間こそが大切な宝物だった。
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