56 / 71
6章
第55話 草原のスネアドラム
しおりを挟む
食事と入浴を終えた部員は、再び練習に戻った。
窓の外はもう真っ暗だ。外の景色は見えず、窓は鏡のように音楽室の中を映す。
いつもなら匡史とやりとりをしている時間なのに、海茅は音楽室で練習をしている。
変な気分だった。まるで吹奏楽部員だけが時間に置いて行かれてしまったような感覚。
しばらくして、パートリーダーで話し合いをしていた樋暮先輩が戻って来た。
「ただいまー」とだけ言ってそのままスネアの練習を始めた彼女に、段原先輩が声をかける。
「ちょっと樋暮。情報共有」
「えー? 別にたいしたことなんて何もなかったよ?」
「いいから、お願い」
樋暮先輩は小さくため息を吐き、気だるげにパートメンバーを集めた。
「簡単に言うと、仲直りしましょうって話だった。金賞で頭がいっぱいになってた人たちが謝って、これからはお互いリスペクトし合ってみんなで頑張ろうねー的な」
続きを待っても一向に樋暮先輩が話さないので、段原先輩が目をしばたいた。
「……え? それだけ?」
「そう。それだけ」
「本当にたいした話し合いじゃないね」
「ま、実際はみんなグスグス泣いてたけどね。この結論に行くまでに修羅場もあったし。なんか吹奏楽部の青春ドラマ見てるみたいだった」
他人事のように話す樋暮先輩に、段原先輩は苦笑いする。
「樋暮もそのドラマの主人公の一人なんだけどな……」
「私は吹奏楽を楽しみたいだけであって、泥臭い青春ドラマに出演する気はありませーん」
樋暮先輩は立ち上がり、そそくさと練習に戻った。スネアで軽快なリズムを奏で始めた途端、彼女の表情がほぉっと緩み、柔らかくなる。
「んー。草原を走ってる気分。気持ちいいー」
確かにそこは草原だった。樋暮先輩のスネアは草原を駆けまわる馬だ。軽い足取りで誰よりも速く駆け回り、気持ちのいい風に当たり笑う。重い荷台をよいせよいせと引いている人たちを、颯爽と追い越していく。
彼女は自由が好きだ。カラッとした晴れた日が好きだ。
そして彼女にとって、ぬかるんだ地面を照らし乾かしてくれるのもまた、スネアドラムなのだろう。
樋暮先輩は、草原を走りながらニパッと笑う。
「口で話し合うより、楽器で語り合った方がよっぽど建設的なのにね!」
窓の外はもう真っ暗だ。外の景色は見えず、窓は鏡のように音楽室の中を映す。
いつもなら匡史とやりとりをしている時間なのに、海茅は音楽室で練習をしている。
変な気分だった。まるで吹奏楽部員だけが時間に置いて行かれてしまったような感覚。
しばらくして、パートリーダーで話し合いをしていた樋暮先輩が戻って来た。
「ただいまー」とだけ言ってそのままスネアの練習を始めた彼女に、段原先輩が声をかける。
「ちょっと樋暮。情報共有」
「えー? 別にたいしたことなんて何もなかったよ?」
「いいから、お願い」
樋暮先輩は小さくため息を吐き、気だるげにパートメンバーを集めた。
「簡単に言うと、仲直りしましょうって話だった。金賞で頭がいっぱいになってた人たちが謝って、これからはお互いリスペクトし合ってみんなで頑張ろうねー的な」
続きを待っても一向に樋暮先輩が話さないので、段原先輩が目をしばたいた。
「……え? それだけ?」
「そう。それだけ」
「本当にたいした話し合いじゃないね」
「ま、実際はみんなグスグス泣いてたけどね。この結論に行くまでに修羅場もあったし。なんか吹奏楽部の青春ドラマ見てるみたいだった」
他人事のように話す樋暮先輩に、段原先輩は苦笑いする。
「樋暮もそのドラマの主人公の一人なんだけどな……」
「私は吹奏楽を楽しみたいだけであって、泥臭い青春ドラマに出演する気はありませーん」
樋暮先輩は立ち上がり、そそくさと練習に戻った。スネアで軽快なリズムを奏で始めた途端、彼女の表情がほぉっと緩み、柔らかくなる。
「んー。草原を走ってる気分。気持ちいいー」
確かにそこは草原だった。樋暮先輩のスネアは草原を駆けまわる馬だ。軽い足取りで誰よりも速く駆け回り、気持ちのいい風に当たり笑う。重い荷台をよいせよいせと引いている人たちを、颯爽と追い越していく。
彼女は自由が好きだ。カラッとした晴れた日が好きだ。
そして彼女にとって、ぬかるんだ地面を照らし乾かしてくれるのもまた、スネアドラムなのだろう。
樋暮先輩は、草原を走りながらニパッと笑う。
「口で話し合うより、楽器で語り合った方がよっぽど建設的なのにね!」
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)
すべての世界で、キミのことが好き♥~告白相手を間違えた理由
立坂雪花
児童書・童話
✨.゚・*..☆.。.:*✨.☆.。.:.+*:゚+。✨.゚・*..☆.。.:*✨
結愛は陸のことが好きになり、告白しようとしたけれど、間違えて悠真に告白することになる。そうなった理由は、悠真の元に届いたあるメールが原因で――。
☆綾野結愛
ヒロイン。
ピンクが大好きな中学二年生!
うさぎに似ている。
×
☆瀬川悠真
結愛の幼なじみ。
こっそり結愛のことがずっと好き。
きりっとイケメン。猫タイプ
×
☆相川陸
結愛が好きになった人。
ふんわりイケメン。犬タイプ。
結愛ちゃんが告白相手を間違えた理由は?
悠真の元に、未来の自分からメール?
☆。.:*・゜
陸くんに告白するはずだったのに
間違えて悠真に。
告白してからすれ違いもあったけれど
溺愛される結愛
☆。.:*・゜
未来の自分に、過去の自分に
聞きたいことや話したい事はありますか?
☆。.:*・゜
――この丘と星空に、キミがいる。そんな景色が見たかった。
✩.*˚第15回絵本・児童書大賞エントリー
散りばめられたきずなたち✩.*˚
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
閉じられた図書館
関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる