【完結】またたく星空の下

mazecco

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6章

第50話 仲間割れ

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 今日の明日香は少し調子が悪そうだ。
 午前の合奏で、海茅でさえいつもと音が違うことに気付いた。顧問も一瞬眉を寄せて明日香を見たが、合奏は止めずに指揮を振り続けた。
 しかし、明日香のソロでは思わず顧問は指揮を止める。

「……もう一回、同じところから」

 何度やり直しても、いつもは軽々と出す高音が綺麗に鳴らない。回数を重ねるたびに調子が悪くなっていくようだった。最後には指が回らなくなり、今までしたこともないようなミスをした。
 顧問は何も言わず、フルートソロのあとから合奏を再開した。
 海茅が立っている場所から見える明日香の後ろ姿は、深く項垂れていた。

「やる気あんの!? あと三日しかないんだよ!?」

 合奏終わり、顧問がいなくなった音楽室に、フルートパートの三年生、福岡先輩の金切り声が響き渡った。怒られているのは、もちろん明日香だ。

「あんなミス本番でしたらどうすんの!? 昨日まで良かったじゃん! なんで今日そんな調子悪いの!? ほんと頼むよ!!」
「す、すみません……」
「明日香がそんなんじゃ金賞取れないよ!! 私たち、金賞取りたいの! お願いだからまともに演奏して!?」

 海茅は、席に腰かけたままその光景を見ている部員たちを見回した。
 福岡先輩と同じ気持ちなのか、約三分の一の部員は明日香を睨んでいる。それ以外の部員は怯えているようだった。
 それからも明日香に切実で残酷な言葉を浴びせかける福岡先輩に、樋暮先輩と段原先輩が止めに入る。

「ストップストーーーップ!! 福岡先輩、言い過ぎです!!」
「如月さんも人なんだから、調子悪いときもミスるときもあるでしょう」

 しかし、福岡先輩は二人をキッと睨みつけて叫んだ。

「分かってるよ!! でも、今はコンクール三日前だよ!?」
「コンクール当日じゃなくて良かったじゃないですかー!」

 ニパッと笑った樋暮先輩に、福岡先輩が顔を歪ませる。

「何言ってんの!? 良いわけないじゃん!!」
「じゃあ当日の方が良かったですか? 私はそうは思わないけどなー」

 唇を尖らせる樋暮先輩の隣で、段原先輩が冷静な口調で言う。

「あんなことを言って如月さんの調子が良くなると思いますか? 俺は逆だと思います。上手くいかないときは、追い詰めるんじゃなくて、支えるのが上級生の役割なんじゃないですか?」

 福岡先輩はギリギリと歯ぎしりをした。樋暮先輩と段原先輩の言っていることが正論だということは分かっている。だから言い返せない。でも、納得はできていない。

「……のよ」
「え?」
「パーカッションのあんたたちに何が分かんのよ!!」

 福岡先輩の一言で、樋暮先輩の笑顔がヒクついた。

「え? 私がパーカッションなの、今関係あります?」
「パーカッションのくせに偉そうなこと言わないで!!」

 その言葉には、今まで傍観していたパーカッション部員全員の顔が引きつった。しかしそれ以上に、樋暮先輩が激怒する。

「パーカッションのくせにって何ですか!? パーカッション馬鹿にしないでください!!」
「パーカッションなんて、オーディションでどの管楽器も適正なかった人が行くとこでしょ! そんなパートがフルートの私に指図しないで!! この落ちこぼ――」
「やめてください!!」

 掴み合いのケンカに発展しそうになったとき、明日香が叫んだ。彼女は異様なほど、肩で息をしている。

「福岡先輩……。パーカッションも……フルートと同じ……大切なパートです……。楽器に……優劣は……ありません……。だから……そんなこと言わないで……くだ……さい……」

 明日香の息遣いがだんだんと速くなる。

「今回の……合奏……すみませんでした……。練習……頑張るので……もう……先輩同士で……ケンカ……やめてください……。コンクール前に……仲間割れ……なんて……絶対、ダメです……」

 明日香が床に倒れこんだ。そこでやっと、先輩たちが我に返る。
 段原先輩は明日香を抱きかかえ、部員に呼びかけた。

「過呼吸だ……! 誰か、紙袋持ってきて!」

 過呼吸とは、呼吸のリズムが乱れて荒くなったり、早くなったりする症状だ。さらに手足の痺れや頭痛、めまいなども起こることもある。不安や恐怖、緊張など精神的なストレスが引き金で過呼吸になる人が多い。
 コンクール前に過呼吸になる吹奏楽部員は少なくないので、先輩たちは慣れた様子ですぐさま対処した。
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