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6章
第49話 ピリピリ
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◇◇◇
ある日の夜、海茅は荷造りをしながら匡史を通話していた。
《明日からだっけ、合宿》
「うん。なんか今から緊張するよぉ……」
侭白中学校の吹奏楽は、コンクール三日前から合宿をするしきたりがある。去年まではワイワイ楽しみながらの合宿だったようだが、金賞を目指している今年はお遊び感覚ではないだろう。
先輩たちが金賞を意識し始めてから、コンクールが近づくにつれ空気がピリピリするようになった。海茅はその空気が少し重苦しく感じ、居心地が悪かった。
《まあ、仕方ないよね……。本気を目指してたらそうなるよ》
「そうだよねー……。迷惑かけないようにしないと……」
《頑張ってね。俺も創たちと一緒にコンクール観に行くから。みっちゃんのシンバル、楽しみにしてる》
匡史との通話を切った海茅は、小さくため息を吐いた。
匡史がいろんな女の子に告白されていると聞いたあの日から、海茅は匡史とどう接したらいいのか分からなくなった。匡史の前ではいつも通りを装っているが、海茅の頭の中では、「今日も告白されたのかなあ」「オッケー出したのかなあ」なんてことばかり考えてしまう。
「やっぱり聞かなきゃよかったな、こんなこと……」
何も考えずに匡史とおしゃべりしていた時が懐かしい。あの時のほうが、ずっとずっと楽しかったし幸せだった。それなのに、今では匡史と話す度に胸のあたりがむずむずするのだ。正直言って、全然楽しくない。
海茅は我に返り、鞄に着替えの服を詰め込む作業を再開した。
コンクールまであと三日。匡史のことを考えている余裕はない。コンクールで良い結果を残すために、吹奏楽に集中しなければ。
◇◇◇
海茅は、大きなリュックサックを背負い音楽室に足を踏み入れた。すでにほとんどの部員が集まっており、音楽室の奥には大きな鞄がずらりと並んでいる。
すぐにミーティングが始まった。静かに座っていた顧問は、部長が連絡事項を伝え終えてから口を開いた。
「今日から三日間の合宿に入る。練習時間が増えるが、消灯時間は必ず守るように」
元気よく返事をする部員に、顧問が言葉を続ける。
「なぜ合宿をするか。練習を多くするためでもあるが、この三日間は、より良い音楽を作るため、現状に満足せず常に演奏のことを考え続けてほしいからだ。頼むぞ」
顧問とパーカッション以外の部員がいなくなった音楽室で、パーカッションパートだけが残される。
緊張でいつもより表情が硬い一年生に、樋暮先輩が元気よく声をかけた。
「そんなガチガチにならなくても大丈夫だよー! さ、基礎練習やるよー!」
管楽器の先輩がピリピリする中、樋暮先輩と段原先輩だけはいつも通りだった。海茅は、二人から「金賞」という言葉を聞いたことがない。
気になったので、海茅は基礎練習をしながら二人に聞いてみた。
「私、ああいうノリ苦手だからさー。真剣には練習するけど、楽しくやりたいじゃん!」
苦笑いする樋暮先輩に続き、段原先輩も答える。
「俺は金賞にこだわってないからかな。それに、上級生の張り切り方に違和感がある。なんかこう……説明するのが難しいんだけど、俺とは歩いてる方向が違うなって思うから」
海茅と優紀はこっそり目を見合わせた。
みんなで一つの演奏を作り上げる人たちが別々の方向に歩いていたらまずいのではないか、と二人とも思った。
優紀は、海茅にだけ聞こえる声で囁いた。
「でも、私も段原先輩と同じような気持ちだったんだよね。たぶん海茅ちゃんもそうじゃない?」
「う、うん……。今の吹奏楽部、あんまり居心地よくない」
「たぶん他にも同じ気持ちの部員、結構いると思う」
確かにそう言われてみると、ピリピリを生み出しているのは発言力のある先輩だ。他の部員は、そのピリピリに呑まれて縮こまっていたり、気落ちしてげっそりしたりしている。
先月までの和気あいあいとしていた吹奏楽部が見る影もない。
「……コンクール三日前にして、吹奏楽部崩壊の危機?」
優紀がそう呟くのが聞こえ、海茅は不安げに俯いた。
ある日の夜、海茅は荷造りをしながら匡史を通話していた。
《明日からだっけ、合宿》
「うん。なんか今から緊張するよぉ……」
侭白中学校の吹奏楽は、コンクール三日前から合宿をするしきたりがある。去年まではワイワイ楽しみながらの合宿だったようだが、金賞を目指している今年はお遊び感覚ではないだろう。
先輩たちが金賞を意識し始めてから、コンクールが近づくにつれ空気がピリピリするようになった。海茅はその空気が少し重苦しく感じ、居心地が悪かった。
《まあ、仕方ないよね……。本気を目指してたらそうなるよ》
「そうだよねー……。迷惑かけないようにしないと……」
《頑張ってね。俺も創たちと一緒にコンクール観に行くから。みっちゃんのシンバル、楽しみにしてる》
匡史との通話を切った海茅は、小さくため息を吐いた。
匡史がいろんな女の子に告白されていると聞いたあの日から、海茅は匡史とどう接したらいいのか分からなくなった。匡史の前ではいつも通りを装っているが、海茅の頭の中では、「今日も告白されたのかなあ」「オッケー出したのかなあ」なんてことばかり考えてしまう。
「やっぱり聞かなきゃよかったな、こんなこと……」
何も考えずに匡史とおしゃべりしていた時が懐かしい。あの時のほうが、ずっとずっと楽しかったし幸せだった。それなのに、今では匡史と話す度に胸のあたりがむずむずするのだ。正直言って、全然楽しくない。
海茅は我に返り、鞄に着替えの服を詰め込む作業を再開した。
コンクールまであと三日。匡史のことを考えている余裕はない。コンクールで良い結果を残すために、吹奏楽に集中しなければ。
◇◇◇
海茅は、大きなリュックサックを背負い音楽室に足を踏み入れた。すでにほとんどの部員が集まっており、音楽室の奥には大きな鞄がずらりと並んでいる。
すぐにミーティングが始まった。静かに座っていた顧問は、部長が連絡事項を伝え終えてから口を開いた。
「今日から三日間の合宿に入る。練習時間が増えるが、消灯時間は必ず守るように」
元気よく返事をする部員に、顧問が言葉を続ける。
「なぜ合宿をするか。練習を多くするためでもあるが、この三日間は、より良い音楽を作るため、現状に満足せず常に演奏のことを考え続けてほしいからだ。頼むぞ」
顧問とパーカッション以外の部員がいなくなった音楽室で、パーカッションパートだけが残される。
緊張でいつもより表情が硬い一年生に、樋暮先輩が元気よく声をかけた。
「そんなガチガチにならなくても大丈夫だよー! さ、基礎練習やるよー!」
管楽器の先輩がピリピリする中、樋暮先輩と段原先輩だけはいつも通りだった。海茅は、二人から「金賞」という言葉を聞いたことがない。
気になったので、海茅は基礎練習をしながら二人に聞いてみた。
「私、ああいうノリ苦手だからさー。真剣には練習するけど、楽しくやりたいじゃん!」
苦笑いする樋暮先輩に続き、段原先輩も答える。
「俺は金賞にこだわってないからかな。それに、上級生の張り切り方に違和感がある。なんかこう……説明するのが難しいんだけど、俺とは歩いてる方向が違うなって思うから」
海茅と優紀はこっそり目を見合わせた。
みんなで一つの演奏を作り上げる人たちが別々の方向に歩いていたらまずいのではないか、と二人とも思った。
優紀は、海茅にだけ聞こえる声で囁いた。
「でも、私も段原先輩と同じような気持ちだったんだよね。たぶん海茅ちゃんもそうじゃない?」
「う、うん……。今の吹奏楽部、あんまり居心地よくない」
「たぶん他にも同じ気持ちの部員、結構いると思う」
確かにそう言われてみると、ピリピリを生み出しているのは発言力のある先輩だ。他の部員は、そのピリピリに呑まれて縮こまっていたり、気落ちしてげっそりしたりしている。
先月までの和気あいあいとしていた吹奏楽部が見る影もない。
「……コンクール三日前にして、吹奏楽部崩壊の危機?」
優紀がそう呟くのが聞こえ、海茅は不安げに俯いた。
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