【完結】またたく星空の下

mazecco

文字の大きさ
上 下
50 / 71
6章

第49話 ピリピリ

しおりを挟む
 ◇◇◇

 ある日の夜、海茅は荷造りをしながら匡史を通話していた。

《明日からだっけ、合宿》
「うん。なんか今から緊張するよぉ……」

 侭白中学校の吹奏楽は、コンクール三日前から合宿をするしきたりがある。去年まではワイワイ楽しみながらの合宿だったようだが、金賞を目指している今年はお遊び感覚ではないだろう。
 先輩たちが金賞を意識し始めてから、コンクールが近づくにつれ空気がピリピリするようになった。海茅はその空気が少し重苦しく感じ、居心地が悪かった。

《まあ、仕方ないよね……。本気を目指してたらそうなるよ》
「そうだよねー……。迷惑かけないようにしないと……」
《頑張ってね。俺も創たちと一緒にコンクール観に行くから。みっちゃんのシンバル、楽しみにしてる》

 匡史との通話を切った海茅は、小さくため息を吐いた。
 匡史がいろんな女の子に告白されていると聞いたあの日から、海茅は匡史とどう接したらいいのか分からなくなった。匡史の前ではいつも通りを装っているが、海茅の頭の中では、「今日も告白されたのかなあ」「オッケー出したのかなあ」なんてことばかり考えてしまう。

「やっぱり聞かなきゃよかったな、こんなこと……」

 何も考えずに匡史とおしゃべりしていた時が懐かしい。あの時のほうが、ずっとずっと楽しかったし幸せだった。それなのに、今では匡史と話す度に胸のあたりがむずむずするのだ。正直言って、全然楽しくない。
 海茅は我に返り、鞄に着替えの服を詰め込む作業を再開した。
 コンクールまであと三日。匡史のことを考えている余裕はない。コンクールで良い結果を残すために、吹奏楽に集中しなければ。

 ◇◇◇

 海茅は、大きなリュックサックを背負い音楽室に足を踏み入れた。すでにほとんどの部員が集まっており、音楽室の奥には大きな鞄がずらりと並んでいる。
 すぐにミーティングが始まった。静かに座っていた顧問は、部長が連絡事項を伝え終えてから口を開いた。

「今日から三日間の合宿に入る。練習時間が増えるが、消灯時間は必ず守るように」

 元気よく返事をする部員に、顧問が言葉を続ける。

「なぜ合宿をするか。練習を多くするためでもあるが、この三日間は、より良い音楽を作るため、現状に満足せず常に演奏のことを考え続けてほしいからだ。頼むぞ」

 顧問とパーカッション以外の部員がいなくなった音楽室で、パーカッションパートだけが残される。
 緊張でいつもより表情が硬い一年生に、樋暮先輩が元気よく声をかけた。

「そんなガチガチにならなくても大丈夫だよー! さ、基礎練習やるよー!」

 管楽器の先輩がピリピリする中、樋暮先輩と段原先輩だけはいつも通りだった。海茅は、二人から「金賞」という言葉を聞いたことがない。
 気になったので、海茅は基礎練習をしながら二人に聞いてみた。

「私、ああいうノリ苦手だからさー。真剣には練習するけど、楽しくやりたいじゃん!」

 苦笑いする樋暮先輩に続き、段原先輩も答える。

「俺は金賞にこだわってないからかな。それに、上級生の張り切り方に違和感がある。なんかこう……説明するのが難しいんだけど、俺とは歩いてる方向が違うなって思うから」

 海茅と優紀はこっそり目を見合わせた。
 みんなで一つの演奏を作り上げる人たちが別々の方向に歩いていたらまずいのではないか、と二人とも思った。
 優紀は、海茅にだけ聞こえる声で囁いた。

「でも、私も段原先輩と同じような気持ちだったんだよね。たぶん海茅ちゃんもそうじゃない?」
「う、うん……。今の吹奏楽部、あんまり居心地よくない」
「たぶん他にも同じ気持ちの部員、結構いると思う」

 確かにそう言われてみると、ピリピリを生み出しているのは発言力のある先輩だ。他の部員は、そのピリピリに呑まれて縮こまっていたり、気落ちしてげっそりしたりしている。
 先月までの和気あいあいとしていた吹奏楽部が見る影もない。

「……コンクール三日前にして、吹奏楽部崩壊の危機?」

 優紀がそう呟くのが聞こえ、海茅は不安げに俯いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おかたづけこびとのミサちゃん

みのる
児童書・童話
とあるお片付けの大好きなこびとさんのお話です。

異世界桃太郎 ~桃から生まれし英雄 伝説への道~

bekichi
児童書・童話
ある村の川辺に不思議な光を放つ巨大な桃が流れ着き、名門貴族の令嬢・桃花姫の屋敷近くで発見される。桃花姫は好奇心から桃を割らせ、中から元気な少年・桃太郎が現れる。桃太郎は桃花姫に育てられ、村人に愛されるが、自身の出自に疑問を持つ。ある日、伝説の英雄についての古文献を見つけ、自身の出自を探るために旅に出ることを決意する。桃花姫の監視を逃れ、船頭の翔平の助けを借りて夜に村を抜け出し、未知の世界へ旅立つ。旅中、困難に直面しながらも、特別な運命を持つことを理解し、自己発見と出自を知る旅を続ける。

クール王子はワケアリいとこ

緋村燐
児童書・童話
おじさんが再婚した事で新しく出来たいとこ。 同じ中学に入学してきた上に、引っ越し終わるまでうちに住む!? 学校ではクール王子なんて呼ばれている皓也。 でも彼には秘密があって……。 オオカミに変身!? オオカミ人間!? え? じゃなくて吸血鬼!? 気になるいとこは、ミステリアスでもふもふなヴァンパイアでした。 第15回絵本・児童書大賞にて奨励賞を頂きました。 野いちご様 ベリーズカフェ様 魔法のiらんど様 エブリスタ様 にも掲載しています。

不死鳥の巫女はあやかし総長飛鳥に溺愛される!~出逢い・行方不明事件解決篇~

とらんぽりんまる
児童書・童話
第1回きずな児童書大賞・奨励賞頂きました。応援ありがとうございました!! 中学入学と同時に田舎から引っ越し都会の寮学校「紅炎学園」に入学した女子、朱雀桃花。 桃花は登校初日の朝に犬の化け物に襲われる。 それを助けてくれたのは刀を振るう長ランの男子、飛鳥紅緒。 彼は「総長飛鳥」と呼ばれていた。 そんな彼がまさかの成績優秀特Aクラスで隣の席!? 怖い不良かと思っていたが授業中に突然、みんなが停止し飛鳥は仲間の四人と一緒に戦い始める。 飛鳥は総長は総長でも、みんなを悪いあやかしから守る正義のチーム「紅刃斬(こうじんき)」の あやかし総長だった! そして理事長から桃花は、過去に不死鳥の加護を受けた「不死鳥の巫女」だと告げられる。 その日から始まった寮生活。桃花は飛鳥と仲間四人とのルームシェアでイケメン達と暮らすことになった。 桃花と総長飛鳥と四天王は、悪のあやかしチーム「蒼騎審(そうきしん)」との攻防をしながら 子供達を脅かす事件も解決していく。 桃花がチームに参加して初の事件は、紅炎学園生徒の行方不明事件だった。 スマホを残して生徒が消えていく――。 桃花と紅緒は四天王達と協力して解決することができるのか――!?

とじこめラビリンス

トキワオレンジ
児童書・童話
【東宝×アルファポリス第10回絵本・児童書大賞 優秀賞受賞】 太郎、麻衣子、章純、希未の仲良し4人組。 いつものように公園で遊んでいたら、飼い犬のロロが逃げてしまった。 ロロが迷い込んだのは、使われなくなった古い美術館の建物。ロロを追って、半開きの搬入口から侵入したら、シャッターが締まり閉じ込められてしまった。 ここから外に出るためには、ゲームをクリアしなければならない――

とあるぬいぐるみのいきかた

みのる
児童書・童話
どっかで聞いたような(?)ぬいぐるみのあゆみです。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

なんでおれとあそんでくれないの?

みのる
児童書・童話
斗真くんにはお兄ちゃんと、お兄ちゃんと同い年のいとこが2人おりました。 ひとりだけ歳の違う斗真くんは、お兄ちゃん達から何故か何をするにも『おじゃまむし扱い』。

処理中です...