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4章
第37話 ふとんの壁
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海茅が初めて学校を休んだ。
優紀や匡史、茜、創が、教室でひとつだけポツンと空いた席をチラリと見ては項垂れる。
海茅の全教科赤点回避は失敗した。数学は五十七点、理科は四十二点と赤点を見事回避した。しかし他の三科目は、前回より劇的に点数は上がったものの、一歩届かず三十点台だった。
海茅がショックを受けたのはそれだけのせいではない。匡史の順位が、学年二位から十位まで下がっていたのだ。
コンクールに出場できず部員に迷惑をかけるだけでなく、勉強を見てもらったせいで匡史の順位をガクンと落としてしまったことに自分を責めた海茅。彼女は昨日の午後に、体調不良を理由に早退。そして今日も学校を休んだ。
放課後、優紀は、今日一日いつもより静かだった匡史たちに声をかけた。
◇◇◇
海茅の姉は、おかゆを載せたお盆を手に、そっと海茅の部屋を開けた。
ベッドの上で布団にくるまる海茅は、姉が入ってきてもぴくりとも動かない。
「海茅。おかゆ置いとくよ。ちゃんと食べるんだよ」
海茅から返事はない。姉は何か言おうと口を開いたが結局何も言えず、おかゆをテーブルに置いて部屋を出た。
夕方五時、インターフォンが鳴った。カメラには海茅と同じ制服を着た学生四人が映っている。
姉は玄関のドアを開け、彼らに挨拶した。
「君たち、土曜日に海茅と勉強会した子?」
「はい。突然すみません。同じクラスの喜田といいます」
「わざわざごめんね。とりあえず上がって」
姉から友人が訪ねてきたと聞いた海茅は、布団の中で嗚咽を漏らした。部屋に入れていいかと尋ねられ、言葉にならない声をあげて拒否する。
優紀は、困り果てる姉を押しのけ、友人と共に部屋に押し入った。
泣き声が聞こえるベッドの前で立ち止まった優紀は、海茅から無理やり布団を引きはがす。
そして、背中を向けて丸まっている海茅に怒りの色が滲む声を上げる。
「海茅ちゃん。辛いのは分かるけど、逃げちゃだめ」
さらに丸くなる海茅の背中に、優紀は続ける。
「そうやって部屋に閉じこもって泣いてて何かが解決するの? 他にやることがあるんじゃないの?」
優紀の言葉に、匡史、茜、創は焦った様子で目配せをした。
そして匡史がおそるおそる優紀の肩に手を乗せる。
「喜田さん、ちょっと言い方キツいんじゃ――」
「多田君は海茅ちゃんに優しすぎ。ちょっと黙ってて」
優紀は相当怒っているようだった。いつもの人懐っこい笑顔は今では面影もない。ギロリと海茅を睨みつけ、貧乏ゆすりをしている。
「昨日だって、体調不良じゃなくて顧問に成績見せるのが嫌で早退したんでしょ。今日も同じ理由で休んだだろうし。そうやって明日も明後日も学校休むつもり?」
今の海茅に優紀の言葉は鋭利すぎる。これ以上聞きたくないと海茅が耳を塞ごうとしたが、優紀に腕を掴まれた。
「海茅ちゃんはどうして成績を顧問に見せたくないの? コンクールに出られなくなるから? それとも顧問に叱られるのが嫌だから?」
「もうやめて……」
海茅が発した小さな声を聞いても、優紀はやめない。
「みんながLINE送っても返事しないのは、申し訳ないと思ってるから? それとも私たちに嫌われたと思い込んでるから?」
「やめてよぉ……」
「そうやって自分の思い込みだけで、私たちを決めつけないで!」
海茅の泣き声は、優紀の大声にかき消される。
「自分の殻に閉じこもって勝手に苦しんで! そんなことしたってなにも変わらないんだよ! 変える努力なんてしてないんだから!!」
「じゃあどうすればいいのよぅ!!」
たまらず海茅も大声で言い返した。
「三科目も赤点取ったんだよ!? これじゃあコンクールなんて出られない!! 部員にも迷惑かけるし、私だってシンバルしたかった……!! あの成績見せたら、私の夏が終わっちゃう……。それに私のせいで匡史君の成績落としちゃったし……。申し訳なさ過ぎて合わせる顔ない……」
泣きながら訴えている海茅の言葉をほどほどに聞き流しながら、優紀はケースからクラッシュシンバルを取り出し、力任せに振り下ろした。
優紀や匡史、茜、創が、教室でひとつだけポツンと空いた席をチラリと見ては項垂れる。
海茅の全教科赤点回避は失敗した。数学は五十七点、理科は四十二点と赤点を見事回避した。しかし他の三科目は、前回より劇的に点数は上がったものの、一歩届かず三十点台だった。
海茅がショックを受けたのはそれだけのせいではない。匡史の順位が、学年二位から十位まで下がっていたのだ。
コンクールに出場できず部員に迷惑をかけるだけでなく、勉強を見てもらったせいで匡史の順位をガクンと落としてしまったことに自分を責めた海茅。彼女は昨日の午後に、体調不良を理由に早退。そして今日も学校を休んだ。
放課後、優紀は、今日一日いつもより静かだった匡史たちに声をかけた。
◇◇◇
海茅の姉は、おかゆを載せたお盆を手に、そっと海茅の部屋を開けた。
ベッドの上で布団にくるまる海茅は、姉が入ってきてもぴくりとも動かない。
「海茅。おかゆ置いとくよ。ちゃんと食べるんだよ」
海茅から返事はない。姉は何か言おうと口を開いたが結局何も言えず、おかゆをテーブルに置いて部屋を出た。
夕方五時、インターフォンが鳴った。カメラには海茅と同じ制服を着た学生四人が映っている。
姉は玄関のドアを開け、彼らに挨拶した。
「君たち、土曜日に海茅と勉強会した子?」
「はい。突然すみません。同じクラスの喜田といいます」
「わざわざごめんね。とりあえず上がって」
姉から友人が訪ねてきたと聞いた海茅は、布団の中で嗚咽を漏らした。部屋に入れていいかと尋ねられ、言葉にならない声をあげて拒否する。
優紀は、困り果てる姉を押しのけ、友人と共に部屋に押し入った。
泣き声が聞こえるベッドの前で立ち止まった優紀は、海茅から無理やり布団を引きはがす。
そして、背中を向けて丸まっている海茅に怒りの色が滲む声を上げる。
「海茅ちゃん。辛いのは分かるけど、逃げちゃだめ」
さらに丸くなる海茅の背中に、優紀は続ける。
「そうやって部屋に閉じこもって泣いてて何かが解決するの? 他にやることがあるんじゃないの?」
優紀の言葉に、匡史、茜、創は焦った様子で目配せをした。
そして匡史がおそるおそる優紀の肩に手を乗せる。
「喜田さん、ちょっと言い方キツいんじゃ――」
「多田君は海茅ちゃんに優しすぎ。ちょっと黙ってて」
優紀は相当怒っているようだった。いつもの人懐っこい笑顔は今では面影もない。ギロリと海茅を睨みつけ、貧乏ゆすりをしている。
「昨日だって、体調不良じゃなくて顧問に成績見せるのが嫌で早退したんでしょ。今日も同じ理由で休んだだろうし。そうやって明日も明後日も学校休むつもり?」
今の海茅に優紀の言葉は鋭利すぎる。これ以上聞きたくないと海茅が耳を塞ごうとしたが、優紀に腕を掴まれた。
「海茅ちゃんはどうして成績を顧問に見せたくないの? コンクールに出られなくなるから? それとも顧問に叱られるのが嫌だから?」
「もうやめて……」
海茅が発した小さな声を聞いても、優紀はやめない。
「みんながLINE送っても返事しないのは、申し訳ないと思ってるから? それとも私たちに嫌われたと思い込んでるから?」
「やめてよぉ……」
「そうやって自分の思い込みだけで、私たちを決めつけないで!」
海茅の泣き声は、優紀の大声にかき消される。
「自分の殻に閉じこもって勝手に苦しんで! そんなことしたってなにも変わらないんだよ! 変える努力なんてしてないんだから!!」
「じゃあどうすればいいのよぅ!!」
たまらず海茅も大声で言い返した。
「三科目も赤点取ったんだよ!? これじゃあコンクールなんて出られない!! 部員にも迷惑かけるし、私だってシンバルしたかった……!! あの成績見せたら、私の夏が終わっちゃう……。それに私のせいで匡史君の成績落としちゃったし……。申し訳なさ過ぎて合わせる顔ない……」
泣きながら訴えている海茅の言葉をほどほどに聞き流しながら、優紀はケースからクラッシュシンバルを取り出し、力任せに振り下ろした。
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