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2章
第21話 ルイボスティー
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その中でも特に海茅を引き寄せたのは、明日香のフルートの音だった。
「あれ、彼方さん?」
俯いていた海茅は、明日香に声をかけられ足を止めた。明日香と二人だけで言葉を交わすのは初めてだ。
「あ……。如月さん」
「どうしたの、こんなところで」
「練習場所探してて」
「そうなんだ。ここ、涼しいよ」
明日香はそう言って、駐輪所の屋根を指さした。
「でも……。サスシンうるさいから、近くで練習したら邪魔になっちゃう」
「ちょっと離れたら大丈夫だよ」
海茅にとって明日香は特別な存在だ。高校生の姉よりも上手なフルート奏者の彼女に、憧れと共に、どこか恨みに似た感情も抱いている。
それを知らない明日香は、近くで練習するのを躊躇う海茅に水筒のコップを差し出した。
「彼方さんもお茶飲む? 一緒にちょっと休憩しよ」
「あ……えっと、う、うん……」
日陰に入り、明日香の隣でお茶を飲む海茅。明日香の水筒に入っていたお茶は、海茅が今まで飲んだことのない変わった味がした。それに色も、普通のお茶より赤い。
「ルイボスティーだよ。お母さんが好きなの。私はちょっと苦手」
聞いたことがないお茶だが、おしゃれな名前と味だ。小学生からフルート教室に通っている子は飲んでいるお茶も違うのかと、海茅はこっそり落ち込んだ。
こうやって話したこともないパーカッションパートの人を自分の練習スペースに招き入れてくれ、お茶まで飲ませてくれた明日香に、どうしてどす黒い感情が湧くのだろう。
海茅はそんな自分が不思議で、みじめで、気持ち悪かった。
フルートも、人としても、外見も、飲んでいるお茶も……。海茅はひとつも明日香に敵わない。
黙りこくっている海茅に、明日香は首を傾げる。
「彼方さんどうしたの? しんどい?」
「ううん! ごめん、考え事してた」
それより、と海茅はなんとか話題を絞り出した。
「ロングトーンの練習って楽しい? 管楽器の人たち、みんなずっとやってるけど」
この質問を聞いた途端、明日香の顔がしわくちゃになった。怒らせてしまったのかと身構えた海茅に、明日香は大きく何度も頷いてみせた。
「全っ然楽しくないよー! 大事な練習だってことは分かってるんだけど、退屈だからついメロディーばっかり練習しちゃう!」
そして明日香は、海茅の耳元で囁いた。
「ここだけの話。正直ね、パート練習中のロングトーンの時なんて、ずっと早く終わらないかなって思いながらやってる」
我慢できずに海茅は噴き出した。それどころか、ツボに入ってしまい腹を抱えて笑う。
先ほどまで借りてきた猫のようだった海茅が突然大笑いしたので、明日香は驚きながらも照れくさそうに頬をかいた。
「如月さんでもそんなふうに思うんだ! 意外!」
「思うよー! 私をなんだと思ってるの?」
「えっと……神かな?」
「神ぃ!? 彼方さんの中で私ってそんな評価高かったの!?」
「えっ、だって、フルート上手だし……」
海茅の言葉に、明日香は微かに表情を曇らせる。
「ありがと。でも、私は神なんかじゃないよ。私より上手な人なんて、フルート教室にはたくさんいるもん。それに、私がフルートをしてるのは親のエゴだし」
「あれ、彼方さん?」
俯いていた海茅は、明日香に声をかけられ足を止めた。明日香と二人だけで言葉を交わすのは初めてだ。
「あ……。如月さん」
「どうしたの、こんなところで」
「練習場所探してて」
「そうなんだ。ここ、涼しいよ」
明日香はそう言って、駐輪所の屋根を指さした。
「でも……。サスシンうるさいから、近くで練習したら邪魔になっちゃう」
「ちょっと離れたら大丈夫だよ」
海茅にとって明日香は特別な存在だ。高校生の姉よりも上手なフルート奏者の彼女に、憧れと共に、どこか恨みに似た感情も抱いている。
それを知らない明日香は、近くで練習するのを躊躇う海茅に水筒のコップを差し出した。
「彼方さんもお茶飲む? 一緒にちょっと休憩しよ」
「あ……えっと、う、うん……」
日陰に入り、明日香の隣でお茶を飲む海茅。明日香の水筒に入っていたお茶は、海茅が今まで飲んだことのない変わった味がした。それに色も、普通のお茶より赤い。
「ルイボスティーだよ。お母さんが好きなの。私はちょっと苦手」
聞いたことがないお茶だが、おしゃれな名前と味だ。小学生からフルート教室に通っている子は飲んでいるお茶も違うのかと、海茅はこっそり落ち込んだ。
こうやって話したこともないパーカッションパートの人を自分の練習スペースに招き入れてくれ、お茶まで飲ませてくれた明日香に、どうしてどす黒い感情が湧くのだろう。
海茅はそんな自分が不思議で、みじめで、気持ち悪かった。
フルートも、人としても、外見も、飲んでいるお茶も……。海茅はひとつも明日香に敵わない。
黙りこくっている海茅に、明日香は首を傾げる。
「彼方さんどうしたの? しんどい?」
「ううん! ごめん、考え事してた」
それより、と海茅はなんとか話題を絞り出した。
「ロングトーンの練習って楽しい? 管楽器の人たち、みんなずっとやってるけど」
この質問を聞いた途端、明日香の顔がしわくちゃになった。怒らせてしまったのかと身構えた海茅に、明日香は大きく何度も頷いてみせた。
「全っ然楽しくないよー! 大事な練習だってことは分かってるんだけど、退屈だからついメロディーばっかり練習しちゃう!」
そして明日香は、海茅の耳元で囁いた。
「ここだけの話。正直ね、パート練習中のロングトーンの時なんて、ずっと早く終わらないかなって思いながらやってる」
我慢できずに海茅は噴き出した。それどころか、ツボに入ってしまい腹を抱えて笑う。
先ほどまで借りてきた猫のようだった海茅が突然大笑いしたので、明日香は驚きながらも照れくさそうに頬をかいた。
「如月さんでもそんなふうに思うんだ! 意外!」
「思うよー! 私をなんだと思ってるの?」
「えっと……神かな?」
「神ぃ!? 彼方さんの中で私ってそんな評価高かったの!?」
「えっ、だって、フルート上手だし……」
海茅の言葉に、明日香は微かに表情を曇らせる。
「ありがと。でも、私は神なんかじゃないよ。私より上手な人なんて、フルート教室にはたくさんいるもん。それに、私がフルートをしてるのは親のエゴだし」
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