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2章
第19話 スマートウォッチと花の香り
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◇◇◇
ホームルームで、担任が淡々とした口調で生徒に呼びかける。
「来週校外学習だから、五人一組のグループ決めてくれー」
ざわざわとクラスメイトが賑わう中、海茅は優紀の席まで一直線に走った。
「優紀ちゃん! 私とグループになってくれませんか!?」
「もちろんいいけど、なんで敬語なの?」
「あぁぁ~……良かった……」
これで海茅は、少なくとも独りぼっちにならずに済んだ。
安堵のため息を漏らしている海茅に、頬杖をつく優紀が尋ねる。
「で、残りの三人はどうする?」
「今はそんなこと考える余裕ないよ……」
「あと十分くらいで決めないといけないんだけどな」
優紀はあたりを見回して、三人グループを探した。五人グループができあがっているところもあれば、優紀たちのように人数が足りていなくて合体するメンバーを探しているところもある。
「うーん、微妙に三人組って少ないなー」
海茅がちらっと匡史のグループに目をやると、匡史と目が合った。
「っ!」
慌てて視線を逸らせたが、すぐに匡史に声をかけられる。
「み……彼方さん、喜田さん。もしかして二人?」
心臓が口から飛び出しそうで答えられずにいる海茅に代わり、優紀が返事をした。
「うん、二人。多田君たちは……もしかして三人?」
「そうそう。俺たち六人グループだからさ、五人グループだと一人溢れちゃうんだよね。だから三人ずつ分かれることにしたんだ」
匡史の隣には、男の子と女の子が一人ずつ立っていた。
男子生徒――黒間創が、主に優紀に向かって挨拶する。
「よろしくー! 同じクラスなのに話すの初めてだな!」
優紀はにこやかに挨拶を返したが、海茅はガチガチに固まってしまい、なんとか声を絞り出すことしかできなかった。
創は、匡史のグループで一番派手な見た目をした男の子だ。カッターシャツのボタンは二つ目まで開けていて、ネクタイはゆるゆる。耳にはピアスの穴がいくつも開いていたし、手首になんてスマートウォッチを付けている。
創に続いて女子生徒――宮越茜が、優紀と海茅に手を振った。
「ユッキー、ミッチー、よろしくね~!」
「ユッキー?」
「ミッチー……」
勝手に付けられたあだ名に優紀と海茅が困惑していたが、茜は全く気にしていない。
茜はロングヘアの毛先を軽く巻いている、手足が細長い女の子だ。化粧ばっちりでグロスを塗った唇はぷるぷる。スカートの長さは海茅の二分の一くらいしかない。
創と茜を前にして、海茅には「こわい」という感情しか湧かなかった。
一方、優紀は早々に二人と打ち解けたようで、すでに楽しそうにおしゃべりをしている。
助けを求める海茅の視線に気付いた匡史は、申し訳なさそうな顔でコソッと囁いた。
「急にごめんね。三人と二人で、ちょうどグループ組めるなって思って、声かけちゃったんだけど」
「うっ、ううん! だ、だだ、大丈夫」
「うわー、全然大丈夫じゃなさそう」
「ご、ごめんっ。嫌とかじゃなくてね、都会っぽい方たちとお話しする機会が今までなくて緊張してるだけだからっ」
「創も茜も、派手な見た目してるけど良い子たちだよ。そんなビビらなくて大丈夫」
匡史が仲良くしている人たちだ。きっと良い人に決まっている。
それは分かっているのだが、海茅には彼らが眩しすぎた。
しかし、こっそり心の中で祈っていた願いが叶った海茅は、この眩しさの前でもなんとか目を開けていられた。
なにより匡史が誘ってくれたのだ。クラスメイトの前で海茅に話しかけてくれたのだ。ここで目をかっぴらかずにいつ開ける。
海茅は深く息を吸いこみ、優紀と話している創と茜のところまで闊歩した。
海茅に気付きこちらを見た二人に、海茅は大声で話しかける。
「く、黒間くん、宮越さん! よろしくね!!」
ヤケクソにも見える海茅の挨拶に、創と茜は面食らった。しかしすぐに二人とも笑顔になり、海茅を受け入れる。
「よろしくなー! ってか彼方さんってそんな大声出るんだ!」
「ねー! びっくりしちゃったよ~。校外実習楽しもうね、ミッチー!」
予想以上に気さくな二人に、海茅は肩透かしをくらった気分になった。
それからしばらく五人でとりとめのない話をした。創も茜も、海茅をしっかり会話に混ぜてくれる。話してみると意外と気が合い、話が弾む。
「なにー! ミッチーすごい面白いー! 私、ミッチーとユッキーとグループ組めて幸せ!」
茜がそう言って海茅と優紀に抱きついた。
茜はスキンシップが激しい。そういうことに慣れていない海茅は、緊張してガチガチになってしまう。
茜から花の香りがする。駅のホームで、綺麗な女の人が歩いたあとに時々漂っている匂い。
(私、汗臭くないかな)
急に自分の体臭が気になってしまい、海茅はさりげなく茜から体を離した。
茜と優紀が楽しそうに話している中、創と匡史がコソコソ話しているのが海茅の耳に入った。
「匡史、お前彼方さんといつからそんな仲良かったんだ?」
「え? 別に」
「嘘つけ。お前からあの二人誘おうって言い出したんじゃん。喜田さんと仲良いからかなって始めは思ったけど、お前、喜田さんより彼方さんとの方がよく喋ってたし」
海茅の話をしていると気付き、背中が冷や汗でべっしょり濡れた。
(やばい。私のせいで匡史君困ってる。ど、どうしよう)
確かに匡史は困っていた。彼は目を泳がせ、言葉に詰まる。
そしてポッと頬を赤らめ、小さな声で応えた。
「だって、彼方さん面白いだろ?」
「おう。話したらめちゃくちゃ面白いな、あの子」
「うん。それにすごく良い子なんだ」
匡史に背を向ける海茅の顔は真っ赤になっていた。また汽笛音を鳴らしそうになったので、海茅は慌てて口を手で塞ぎ、優紀の背中に顔をうずめた。
ホームルームで、担任が淡々とした口調で生徒に呼びかける。
「来週校外学習だから、五人一組のグループ決めてくれー」
ざわざわとクラスメイトが賑わう中、海茅は優紀の席まで一直線に走った。
「優紀ちゃん! 私とグループになってくれませんか!?」
「もちろんいいけど、なんで敬語なの?」
「あぁぁ~……良かった……」
これで海茅は、少なくとも独りぼっちにならずに済んだ。
安堵のため息を漏らしている海茅に、頬杖をつく優紀が尋ねる。
「で、残りの三人はどうする?」
「今はそんなこと考える余裕ないよ……」
「あと十分くらいで決めないといけないんだけどな」
優紀はあたりを見回して、三人グループを探した。五人グループができあがっているところもあれば、優紀たちのように人数が足りていなくて合体するメンバーを探しているところもある。
「うーん、微妙に三人組って少ないなー」
海茅がちらっと匡史のグループに目をやると、匡史と目が合った。
「っ!」
慌てて視線を逸らせたが、すぐに匡史に声をかけられる。
「み……彼方さん、喜田さん。もしかして二人?」
心臓が口から飛び出しそうで答えられずにいる海茅に代わり、優紀が返事をした。
「うん、二人。多田君たちは……もしかして三人?」
「そうそう。俺たち六人グループだからさ、五人グループだと一人溢れちゃうんだよね。だから三人ずつ分かれることにしたんだ」
匡史の隣には、男の子と女の子が一人ずつ立っていた。
男子生徒――黒間創が、主に優紀に向かって挨拶する。
「よろしくー! 同じクラスなのに話すの初めてだな!」
優紀はにこやかに挨拶を返したが、海茅はガチガチに固まってしまい、なんとか声を絞り出すことしかできなかった。
創は、匡史のグループで一番派手な見た目をした男の子だ。カッターシャツのボタンは二つ目まで開けていて、ネクタイはゆるゆる。耳にはピアスの穴がいくつも開いていたし、手首になんてスマートウォッチを付けている。
創に続いて女子生徒――宮越茜が、優紀と海茅に手を振った。
「ユッキー、ミッチー、よろしくね~!」
「ユッキー?」
「ミッチー……」
勝手に付けられたあだ名に優紀と海茅が困惑していたが、茜は全く気にしていない。
茜はロングヘアの毛先を軽く巻いている、手足が細長い女の子だ。化粧ばっちりでグロスを塗った唇はぷるぷる。スカートの長さは海茅の二分の一くらいしかない。
創と茜を前にして、海茅には「こわい」という感情しか湧かなかった。
一方、優紀は早々に二人と打ち解けたようで、すでに楽しそうにおしゃべりをしている。
助けを求める海茅の視線に気付いた匡史は、申し訳なさそうな顔でコソッと囁いた。
「急にごめんね。三人と二人で、ちょうどグループ組めるなって思って、声かけちゃったんだけど」
「うっ、ううん! だ、だだ、大丈夫」
「うわー、全然大丈夫じゃなさそう」
「ご、ごめんっ。嫌とかじゃなくてね、都会っぽい方たちとお話しする機会が今までなくて緊張してるだけだからっ」
「創も茜も、派手な見た目してるけど良い子たちだよ。そんなビビらなくて大丈夫」
匡史が仲良くしている人たちだ。きっと良い人に決まっている。
それは分かっているのだが、海茅には彼らが眩しすぎた。
しかし、こっそり心の中で祈っていた願いが叶った海茅は、この眩しさの前でもなんとか目を開けていられた。
なにより匡史が誘ってくれたのだ。クラスメイトの前で海茅に話しかけてくれたのだ。ここで目をかっぴらかずにいつ開ける。
海茅は深く息を吸いこみ、優紀と話している創と茜のところまで闊歩した。
海茅に気付きこちらを見た二人に、海茅は大声で話しかける。
「く、黒間くん、宮越さん! よろしくね!!」
ヤケクソにも見える海茅の挨拶に、創と茜は面食らった。しかしすぐに二人とも笑顔になり、海茅を受け入れる。
「よろしくなー! ってか彼方さんってそんな大声出るんだ!」
「ねー! びっくりしちゃったよ~。校外実習楽しもうね、ミッチー!」
予想以上に気さくな二人に、海茅は肩透かしをくらった気分になった。
それからしばらく五人でとりとめのない話をした。創も茜も、海茅をしっかり会話に混ぜてくれる。話してみると意外と気が合い、話が弾む。
「なにー! ミッチーすごい面白いー! 私、ミッチーとユッキーとグループ組めて幸せ!」
茜がそう言って海茅と優紀に抱きついた。
茜はスキンシップが激しい。そういうことに慣れていない海茅は、緊張してガチガチになってしまう。
茜から花の香りがする。駅のホームで、綺麗な女の人が歩いたあとに時々漂っている匂い。
(私、汗臭くないかな)
急に自分の体臭が気になってしまい、海茅はさりげなく茜から体を離した。
茜と優紀が楽しそうに話している中、創と匡史がコソコソ話しているのが海茅の耳に入った。
「匡史、お前彼方さんといつからそんな仲良かったんだ?」
「え? 別に」
「嘘つけ。お前からあの二人誘おうって言い出したんじゃん。喜田さんと仲良いからかなって始めは思ったけど、お前、喜田さんより彼方さんとの方がよく喋ってたし」
海茅の話をしていると気付き、背中が冷や汗でべっしょり濡れた。
(やばい。私のせいで匡史君困ってる。ど、どうしよう)
確かに匡史は困っていた。彼は目を泳がせ、言葉に詰まる。
そしてポッと頬を赤らめ、小さな声で応えた。
「だって、彼方さん面白いだろ?」
「おう。話したらめちゃくちゃ面白いな、あの子」
「うん。それにすごく良い子なんだ」
匡史に背を向ける海茅の顔は真っ赤になっていた。また汽笛音を鳴らしそうになったので、海茅は慌てて口を手で塞ぎ、優紀の背中に顔をうずめた。
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