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2章
第17話 はじめての通話
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《大丈夫だよ!》
「どえぇぇー……。やばいよぉぉぉ……死んじゃうよぉ……心臓が通常の五倍の速さで動いてる気がするよぉぉ……」
すぐに着信音が鳴った。通話ボタンを押すと、耳元で匡史の声が聞こえる。
《急にごめんね》
いつもより近い場所から聞こえる匡史の少し眠そうな声に、海茅は雄たけびをあげそうになった。
(ま、まさっ、匡史君の声だっ……! 電話で聞くとちょっと声が違うっ……! どちらにせよかっこいい……!)
海茅の心の中では炎が燃え盛り、つむじ風が何百本と吹き荒れていたが、声はつとめて冷静を装った。
「ううん、大丈夫だよ。でも、急にどうしたの?」
《いやねー……。実は今日のこと、相当参っててさ。誰かに聞いてほしくて》
「私で良ければいくらでも聞くから、楽になるまで吐き出して!」
《うん、ありがとう。……みっちゃん、俺の気持ちすごく分かってくれてる気がして。君なら真剣に聞いてくれると思った》
匡史の言ってくれた言葉も当然嬉しかったが、「みっちゃん」と呼ばれたことがあまりにも衝撃的で、海茅は全力ダッシュで近所を駆けまわりたい気持ちを抑えるのに苦労した。
メッセージで何度か話は聞いていたが、匡史は余程落ち込んでいるようだった。
《上手くなるために教室に通ってるのは分かってるんだ。だから今が下手なのは仕方ない。でもさ……こんなこと言うの恥ずかしいけど、実は、自分は絵が上手いんだってちょっと思ってた》
海茅にはその気持ちが痛いほど分かる。
《それが蓋を開けてみたら、教室でドベ。俺より桁違いに上手な人ばかりなんだ。俺はただの、お絵描き好きに毛が生えた程度のレベル。他の上手い人に俺の絵を見られるのが恥ずかしいし、何よりあんな絵で上手いと思ってた自分が恥ずかしい》
学校ではいつもキラキラした笑顔を崩さない匡史。かっこいいし、友だちも多いし、成績も優秀。その上絵も上手なんて、海茅にとっては完璧な人でしかなかった。
LINEで打ち解けるまで、匡史に悩みなんてないと思っていた。
しかし彼にも彼なりの、悩みや葛藤が毎日生まれているようだ。
「ま……匡史君……にも、恥ずかしいって思うことあるんだね」
《あるよ。結構毎日思ってる。友だちと話しててスベッたときとか、次の日学校休みたいくらい》
「あはは! そんなスベッてるの?」
《わ、割と。友だちが上手に流してくれてるから、なんとか不登校にならずに済んでる》
「それって毎日スベッてるってこと? 匡史君がスベッてるとこ、見てみたいな」
《やめてくれよー……》
海茅はケタケタと笑ってから、話を元に戻した。
「私さ、前に匡史君のデッサン見せてもらったでしょ? あのとき本当に感動したんだー」
《……ありがと》
「匡史君はもう目が肥えてるから自分の絵を下手だって言うけど……。私は匡史君の絵が、今まで見たどの絵よりも素敵だなって思ったよ。実は、また別の絵も見せてもらいたいなって思ってたくらい」
匡史はなにも応えなかった。
気分を悪くさせたかな、と不安になっていた海茅に、匡史が一言だけ言った。
《また、見てくれる?》
「うん! 見たい!」
《下手だけどいい?》
「下手じゃないって」
《笑わない?》
「笑うわけない。だって私、匡史君の絵が好きだもん」
《……ありがとう。じゃ、あとで画像送る》
それから海茅と匡史はとりとめのない話をダラダラとした。
始めはあんなに緊張していたのに、今の海茅は優紀と話すときと同じくらいリラックスできていた。
《みっちゃんって、パッと見物静かな子だけどさ、話してみるとすごく明るいよね》
「えっ? そ、そう? どう見ても陰キャだと思うけど……」
《放課後に初めて話したときも思ったんだよね。何この子おもしろ、って》
「えー!? 私そんなに変なこと言ってた!?」
《絶妙に変な子だったよ》
「どあぁぁ……」
脱力して絶望の声を漏らす海茅に、匡史は笑いをこらえた
《だから面白いなって思って、喜田さんに、みっちゃんにLINE教えてもいいかって聞かれたときも、ついOKしちゃった》
「そっか……。それならいっかぁ……」
《うん。全然良いと思う。見てて愉快》
「嬉しいのか、悲しいのか……」
日付が変わる頃、匡史が《もう寝なきゃね》と話を切り上げた。
《じゃ、おやすみ。また明日、学校で》
「うん、おやすみ」
通話を切った途端、海茅は枕を顔に押し付け、言葉では言い表せない気持ちを叫んだ。
今日は幸せなことがたくさん起こってしまった。
こんなに明日が待ち遠しいのは初めてだ。
「ま、学校では一言も話せないんだけどねぇ」
それでも、匡史と同じ教室で授業を受けられることだけでも幸せだ。
海茅はだらしない笑みを浮かべたままベッドに潜り込み、先ほどの通話を思い出しては手足をばたつかせた。
「どえぇぇー……。やばいよぉぉぉ……死んじゃうよぉ……心臓が通常の五倍の速さで動いてる気がするよぉぉ……」
すぐに着信音が鳴った。通話ボタンを押すと、耳元で匡史の声が聞こえる。
《急にごめんね》
いつもより近い場所から聞こえる匡史の少し眠そうな声に、海茅は雄たけびをあげそうになった。
(ま、まさっ、匡史君の声だっ……! 電話で聞くとちょっと声が違うっ……! どちらにせよかっこいい……!)
海茅の心の中では炎が燃え盛り、つむじ風が何百本と吹き荒れていたが、声はつとめて冷静を装った。
「ううん、大丈夫だよ。でも、急にどうしたの?」
《いやねー……。実は今日のこと、相当参っててさ。誰かに聞いてほしくて》
「私で良ければいくらでも聞くから、楽になるまで吐き出して!」
《うん、ありがとう。……みっちゃん、俺の気持ちすごく分かってくれてる気がして。君なら真剣に聞いてくれると思った》
匡史の言ってくれた言葉も当然嬉しかったが、「みっちゃん」と呼ばれたことがあまりにも衝撃的で、海茅は全力ダッシュで近所を駆けまわりたい気持ちを抑えるのに苦労した。
メッセージで何度か話は聞いていたが、匡史は余程落ち込んでいるようだった。
《上手くなるために教室に通ってるのは分かってるんだ。だから今が下手なのは仕方ない。でもさ……こんなこと言うの恥ずかしいけど、実は、自分は絵が上手いんだってちょっと思ってた》
海茅にはその気持ちが痛いほど分かる。
《それが蓋を開けてみたら、教室でドベ。俺より桁違いに上手な人ばかりなんだ。俺はただの、お絵描き好きに毛が生えた程度のレベル。他の上手い人に俺の絵を見られるのが恥ずかしいし、何よりあんな絵で上手いと思ってた自分が恥ずかしい》
学校ではいつもキラキラした笑顔を崩さない匡史。かっこいいし、友だちも多いし、成績も優秀。その上絵も上手なんて、海茅にとっては完璧な人でしかなかった。
LINEで打ち解けるまで、匡史に悩みなんてないと思っていた。
しかし彼にも彼なりの、悩みや葛藤が毎日生まれているようだ。
「ま……匡史君……にも、恥ずかしいって思うことあるんだね」
《あるよ。結構毎日思ってる。友だちと話しててスベッたときとか、次の日学校休みたいくらい》
「あはは! そんなスベッてるの?」
《わ、割と。友だちが上手に流してくれてるから、なんとか不登校にならずに済んでる》
「それって毎日スベッてるってこと? 匡史君がスベッてるとこ、見てみたいな」
《やめてくれよー……》
海茅はケタケタと笑ってから、話を元に戻した。
「私さ、前に匡史君のデッサン見せてもらったでしょ? あのとき本当に感動したんだー」
《……ありがと》
「匡史君はもう目が肥えてるから自分の絵を下手だって言うけど……。私は匡史君の絵が、今まで見たどの絵よりも素敵だなって思ったよ。実は、また別の絵も見せてもらいたいなって思ってたくらい」
匡史はなにも応えなかった。
気分を悪くさせたかな、と不安になっていた海茅に、匡史が一言だけ言った。
《また、見てくれる?》
「うん! 見たい!」
《下手だけどいい?》
「下手じゃないって」
《笑わない?》
「笑うわけない。だって私、匡史君の絵が好きだもん」
《……ありがとう。じゃ、あとで画像送る》
それから海茅と匡史はとりとめのない話をダラダラとした。
始めはあんなに緊張していたのに、今の海茅は優紀と話すときと同じくらいリラックスできていた。
《みっちゃんって、パッと見物静かな子だけどさ、話してみるとすごく明るいよね》
「えっ? そ、そう? どう見ても陰キャだと思うけど……」
《放課後に初めて話したときも思ったんだよね。何この子おもしろ、って》
「えー!? 私そんなに変なこと言ってた!?」
《絶妙に変な子だったよ》
「どあぁぁ……」
脱力して絶望の声を漏らす海茅に、匡史は笑いをこらえた
《だから面白いなって思って、喜田さんに、みっちゃんにLINE教えてもいいかって聞かれたときも、ついOKしちゃった》
「そっか……。それならいっかぁ……」
《うん。全然良いと思う。見てて愉快》
「嬉しいのか、悲しいのか……」
日付が変わる頃、匡史が《もう寝なきゃね》と話を切り上げた。
《じゃ、おやすみ。また明日、学校で》
「うん、おやすみ」
通話を切った途端、海茅は枕を顔に押し付け、言葉では言い表せない気持ちを叫んだ。
今日は幸せなことがたくさん起こってしまった。
こんなに明日が待ち遠しいのは初めてだ。
「ま、学校では一言も話せないんだけどねぇ」
それでも、匡史と同じ教室で授業を受けられることだけでも幸せだ。
海茅はだらしない笑みを浮かべたままベッドに潜り込み、先ほどの通話を思い出しては手足をばたつかせた。
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