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1章
第12話 優紀ちゃんのまゆげに憧れて
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◇◇◇
パジャマを着た海茅は、スマホの前でうずくまっていた。
匡史とLINEを交換してから、海茅は何度か匡史とやりとりをした。
LINEの始まりはいつも海茅からだ。忘れたふりをして宿題の範囲を聞いたり、絵画教室のことを尋ねたりと、話題を絞り出すだけでも大変だ。
それだけでも頭と体力を使うのに、メッセージの送信ボタンを押すのはもっと大変だ。ウザがられたらどうしよう、返事がこなかったらどうしよう、というような不安を押しのけ、勇気を出してメッセージを送らなければならない。これだけでも一日授業を受けるよりも疲れる。
そして今の海茅は、ついさっき匡史にメッセージを送ったばかりだ。体力を使いきった海茅は、ぐったりとベッドに沈み込み、おっさんのような低い声でため息を吐いた。
ここから匡史からの返事が来るまでの待ち時間が一番の地獄だ。先ほど押しのけた不安が頭の中に戻ってきて、泣きたくなることばかり囁く。
《うん、今日もまあまあ良いの描けたよ。彼方さんは部活どうだった?》
「はぁぁぁ~……!」
しかし、たった一通のメッセージが返ってきただけで、それまでの疲れや不安など全て吹き飛ぶ。
それから海茅はベッドに潜り込み、すぐに返事を打った。
「……こんなにすぐ返したら引かれるかなあ」
海茅はグッとこらえ、五分後に返事を送ることにした。それまでの時間は、オーケストラが演奏している自由曲の動画を観て過ごした。
《部活はね、今日はちょっと楽しかった》
《良かったね。楽しいのが一番》
《多田君は、今日はどんな絵描いたの?》
《ペットボトルのデッサンしたよ。左右対称になかなか描けなくて難しかった》
また匡史の描いた絵を見たい。見せてと言えば、匡史なら画像を送ってくれるだろう。それなのに、また頭の中に現れた不安が嫌なことを囁くものだから、海茅はそのお願いをすることができなかった。
「私も優紀ちゃんみたいになれたらいいのにな……」
優紀は何事にも積極的だ。匡史にもLINEを教えてと簡単に言えるし、部活の合奏中でも失敗を恐れずに挑戦し、授業でもよく手を挙げて先生に質問をしている。
未だに「一年三組の吹奏楽部員」という肩書でしか認知されていない、影が薄い海茅とは違い、優紀はクラスメイトにも、部員にも先生にも、「喜田優紀」として認知され、気に入られていた。
「可愛いから自分に自信が持てるのかな」
そんなことを考えていると、どんどん目が冴えてきてしまった。
姉にもらった卓上スタンドミラーを覗き込むと、冴えない女の子の顔が映る。短く切りすぎた前髪から覗く眉毛は、毛虫のようにもじゃもじゃだ。
「優紀ちゃんの眉毛はこんなんじゃない。きっと剃ってるんだよね……」
いてもたってもいられなくなり、海茅は姉の部屋をノックした。
すぐに姉がドアを開け、海茅を部屋に入れる。
「どうしたの? いつもなら寝てる時間に」
「お姉ちゃん、眉毛剃るカミソリ貸して!」
「え? 眉毛剃るの? 海茅、眉毛剃ったことないでしょ。お姉ちゃんがやってあげようか?」
「ううん、自分でする!」
「……明日、学校休むなんて言わないでね?」
姉は気乗りしないまま、しぶしぶ海茅にカミソリを渡した。心配で海茅の部屋までついて行こうとすると、嫌がる海茅に追い払われた。
部屋に戻った海茅は、さっそく眉にカミソリを当てた。もじゃもじゃの塊からはみ出ている眉毛を剃るだけでも印象が変わった気がした。
続いて、もじゃもじゃ部分を思い切って剃ってみた。優紀の眉を思い出しながら、ぎこちない手つきでカミソリを動かす。
しかし、剃っても剃っても、優紀のような整った形にならない。こうかな、ああかな、と試しているうちに、海茅の眉毛は針金くらいの細さになってしまった。
海茅は、顔についたままの剃った毛をティッシュで払い、改めて鏡を見た。
「……これは、失敗かもしれない」
翌朝、学校を休むと言ってベッドから出てこない海茅を、母親と姉の二人がかりで引きずり出し、海茅の針金眉毛を見て思わず噴き出した。
慌ててフォローしてももう遅い。海茅はまたベッドに潜り込んでしまった。
姉にアイブロウペンシルで眉を描き足してもらった海茅は、教室の前で立ちすくんでいた。
(みんなに笑われたらどうしよう……)
そこに担任がやって来て、海茅を教室の中に押し込んだ。
海茅は俯き、眉を手で押さえながら自分の席まで移動した。
しかし、その日一日で海茅の眉の形が変わったことに気付いたのは優紀とパーカッション部員だけだった。
どうやら杞憂だったようだ。海茅はホッとしたが、同時に少し寂しくなった。
《眉の形変わった?》
「ひょっ!?」
夜、初めて匡史から始まりのメッセージが届いた。しかも眉毛のことに気付いてくれたようだ。それはそれで恥ずかしい。
《き、気付いちゃった!? 実は失敗しちゃって……》
《そうなんだ。そんな風には思わなかったけど》
《お姉ちゃんが描いてくれたの》
《へえ、彼方さんってお姉さんいるんだ》
早く眉毛の話を終わらせたかった海茅は、話題を変えられるチャンスに食いついた。
《うん。多田君は兄弟いる?》
《それがいないんだよねー。一人っ子。それに父親もいないし》
振ってはいけない話題を振ってしまった気がした。海茅はしばらく悩んでから、返事を打つ。
《そうなんだ。変なこと聞いてごめん》
《いいよ全然。自分から言っただけだし》
このやりとりも失敗だったかもしれないと海茅は項垂れ、ため息を吐いた。
パジャマを着た海茅は、スマホの前でうずくまっていた。
匡史とLINEを交換してから、海茅は何度か匡史とやりとりをした。
LINEの始まりはいつも海茅からだ。忘れたふりをして宿題の範囲を聞いたり、絵画教室のことを尋ねたりと、話題を絞り出すだけでも大変だ。
それだけでも頭と体力を使うのに、メッセージの送信ボタンを押すのはもっと大変だ。ウザがられたらどうしよう、返事がこなかったらどうしよう、というような不安を押しのけ、勇気を出してメッセージを送らなければならない。これだけでも一日授業を受けるよりも疲れる。
そして今の海茅は、ついさっき匡史にメッセージを送ったばかりだ。体力を使いきった海茅は、ぐったりとベッドに沈み込み、おっさんのような低い声でため息を吐いた。
ここから匡史からの返事が来るまでの待ち時間が一番の地獄だ。先ほど押しのけた不安が頭の中に戻ってきて、泣きたくなることばかり囁く。
《うん、今日もまあまあ良いの描けたよ。彼方さんは部活どうだった?》
「はぁぁぁ~……!」
しかし、たった一通のメッセージが返ってきただけで、それまでの疲れや不安など全て吹き飛ぶ。
それから海茅はベッドに潜り込み、すぐに返事を打った。
「……こんなにすぐ返したら引かれるかなあ」
海茅はグッとこらえ、五分後に返事を送ることにした。それまでの時間は、オーケストラが演奏している自由曲の動画を観て過ごした。
《部活はね、今日はちょっと楽しかった》
《良かったね。楽しいのが一番》
《多田君は、今日はどんな絵描いたの?》
《ペットボトルのデッサンしたよ。左右対称になかなか描けなくて難しかった》
また匡史の描いた絵を見たい。見せてと言えば、匡史なら画像を送ってくれるだろう。それなのに、また頭の中に現れた不安が嫌なことを囁くものだから、海茅はそのお願いをすることができなかった。
「私も優紀ちゃんみたいになれたらいいのにな……」
優紀は何事にも積極的だ。匡史にもLINEを教えてと簡単に言えるし、部活の合奏中でも失敗を恐れずに挑戦し、授業でもよく手を挙げて先生に質問をしている。
未だに「一年三組の吹奏楽部員」という肩書でしか認知されていない、影が薄い海茅とは違い、優紀はクラスメイトにも、部員にも先生にも、「喜田優紀」として認知され、気に入られていた。
「可愛いから自分に自信が持てるのかな」
そんなことを考えていると、どんどん目が冴えてきてしまった。
姉にもらった卓上スタンドミラーを覗き込むと、冴えない女の子の顔が映る。短く切りすぎた前髪から覗く眉毛は、毛虫のようにもじゃもじゃだ。
「優紀ちゃんの眉毛はこんなんじゃない。きっと剃ってるんだよね……」
いてもたってもいられなくなり、海茅は姉の部屋をノックした。
すぐに姉がドアを開け、海茅を部屋に入れる。
「どうしたの? いつもなら寝てる時間に」
「お姉ちゃん、眉毛剃るカミソリ貸して!」
「え? 眉毛剃るの? 海茅、眉毛剃ったことないでしょ。お姉ちゃんがやってあげようか?」
「ううん、自分でする!」
「……明日、学校休むなんて言わないでね?」
姉は気乗りしないまま、しぶしぶ海茅にカミソリを渡した。心配で海茅の部屋までついて行こうとすると、嫌がる海茅に追い払われた。
部屋に戻った海茅は、さっそく眉にカミソリを当てた。もじゃもじゃの塊からはみ出ている眉毛を剃るだけでも印象が変わった気がした。
続いて、もじゃもじゃ部分を思い切って剃ってみた。優紀の眉を思い出しながら、ぎこちない手つきでカミソリを動かす。
しかし、剃っても剃っても、優紀のような整った形にならない。こうかな、ああかな、と試しているうちに、海茅の眉毛は針金くらいの細さになってしまった。
海茅は、顔についたままの剃った毛をティッシュで払い、改めて鏡を見た。
「……これは、失敗かもしれない」
翌朝、学校を休むと言ってベッドから出てこない海茅を、母親と姉の二人がかりで引きずり出し、海茅の針金眉毛を見て思わず噴き出した。
慌ててフォローしてももう遅い。海茅はまたベッドに潜り込んでしまった。
姉にアイブロウペンシルで眉を描き足してもらった海茅は、教室の前で立ちすくんでいた。
(みんなに笑われたらどうしよう……)
そこに担任がやって来て、海茅を教室の中に押し込んだ。
海茅は俯き、眉を手で押さえながら自分の席まで移動した。
しかし、その日一日で海茅の眉の形が変わったことに気付いたのは優紀とパーカッション部員だけだった。
どうやら杞憂だったようだ。海茅はホッとしたが、同時に少し寂しくなった。
《眉の形変わった?》
「ひょっ!?」
夜、初めて匡史から始まりのメッセージが届いた。しかも眉毛のことに気付いてくれたようだ。それはそれで恥ずかしい。
《き、気付いちゃった!? 実は失敗しちゃって……》
《そうなんだ。そんな風には思わなかったけど》
《お姉ちゃんが描いてくれたの》
《へえ、彼方さんってお姉さんいるんだ》
早く眉毛の話を終わらせたかった海茅は、話題を変えられるチャンスに食いついた。
《うん。多田君は兄弟いる?》
《それがいないんだよねー。一人っ子。それに父親もいないし》
振ってはいけない話題を振ってしまった気がした。海茅はしばらく悩んでから、返事を打つ。
《そうなんだ。変なこと聞いてごめん》
《いいよ全然。自分から言っただけだし》
このやりとりも失敗だったかもしれないと海茅は項垂れ、ため息を吐いた。
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