8 / 71
1章
第7話 りんご
しおりを挟む
部活の休憩時間に、海茅はトイレに行くために音楽室を出た。廊下を歩いていると、曲がり角で匡史と鉢合った。
「うわっ! びっくりしたー」
匡史は驚いて声を上げたが、海茅は固まってしまい声一つ出ない。
こんな近くで匡史を見たのは初めてだった。遠くで見るよりも背が高く、かっこいい。
間抜けな顔で彫刻のようになってしまった海茅に、匡史が「おーい」と手を振った。
海茅が我に返ると、匡史は心配そうに尋ねる。
「彼方さん、大丈夫? ケガ……してないよね……?」
(な、名前っ、私の名前っ、覚えててくれたのっ? え、え? ええ!?)
「か、彼方さん……? 本当に大丈夫……?」
「だ、大丈夫! ごごご、ごめん!」
突然大声を出した海茅に匡史はビクついたが、思わずといった様子で噴き出した。
「彼方さん、そんな大声出るんだ」
「あっ、ごめん! 大丈夫? 鼓膜破れてない?」
「破れてないよ! そこまで大声ではなかったから」
海茅は胸を撫でおろし、ちらっと匡史を見た。
目が合った匡史が海茅に聞く。
「部活?」
「あ、うん。吹奏楽部なの。多田君は?」
「俺は帰宅部。でも、週に二回は絵画教室に通ってるんだ。今日がその日で、レッスン時間まで教室で時間潰してた」
「絵画? 絵画習ってるの!?」
「うん。変かな……」
海茅はぶんぶんと首を横に振り、目を輝かせた。
「変じゃない! すごい! どんな絵描いてるの!?」
絵画のことはさっぱり分からないが、海茅はお絵描きが好きだった。匡史が同じお絵描き好きだと知り、テンションが上がっている。
人が変わったようにこちらを真っすぐ見つめる海茅に、匡史は少し戸惑いながらも悪い気はしなかった。
「見る? ちょうど教室でデッサンしてたんだけど」
「えっ、いいの!?」
「うん、いいよ」
教室に向かって歩き出した匡史を、海茅が引き留める。
「ご、ごめん。ちょっ、ちょっと待ってくれない……?」
「いいけど、どうしたの?」
海茅は顔を真っ赤にして、トイレを指さした。
「ちょっともう、限界だから……」
匡史は笑いをこらえながら、ごゆっくりどうぞと言ってトイレに駆け込む海茅を見送った。
窓からオレンジ色の光が差し込む、誰もいない教室。教室の中は静かなのに、外からは野球部のかけ声や、管楽器のロングトーンの音が聞こえてくる。外の賑やかさがかえって教室の中の静けさをより一層強めていた。
綺麗に整えられた机の列。その中のひとつだけ、椅子が傾き、机の上に紙と筆記用が載せられていた。
匡史はその席まで海茅を連れて行き、描いていたデッサンを見せる。
「りんご。まだ下手だけど」
「ううん……。すごくきれい……」
匡史は下手だと言ったが、海茅は今まで見たどの絵よりも惹かれた。白黒なのにりんごが真っ赤に熟れているのが分かるし、滴る雫が今にも垂れてしまうのではないかと思ってしまうほどみずみずしい。それに……匡史が一生懸命描いた絵というだけでも、海茅にとってはゴッホの絵画よりも価値があった。
絵に夢中になっている海茅を見て、匡史は照れくさそうに頭をかいた。
「もっと練習しなきゃなぁ」
休憩時間が終わったので、海茅は慌てて音楽室に戻った。
いつもより胸が軽い。基礎練習もいつもより辛くない。
隣で練習していた優紀が、なんだか嬉しそうに海茅に声をかける。
「海茅ちゃん、なんか良いことあった?」
「ど、どうしてぇ!?」
「楽しそうだから。えへへ」
どうして優紀まで嬉しそうなんだろう、と海茅は不思議に思った。
「うわっ! びっくりしたー」
匡史は驚いて声を上げたが、海茅は固まってしまい声一つ出ない。
こんな近くで匡史を見たのは初めてだった。遠くで見るよりも背が高く、かっこいい。
間抜けな顔で彫刻のようになってしまった海茅に、匡史が「おーい」と手を振った。
海茅が我に返ると、匡史は心配そうに尋ねる。
「彼方さん、大丈夫? ケガ……してないよね……?」
(な、名前っ、私の名前っ、覚えててくれたのっ? え、え? ええ!?)
「か、彼方さん……? 本当に大丈夫……?」
「だ、大丈夫! ごごご、ごめん!」
突然大声を出した海茅に匡史はビクついたが、思わずといった様子で噴き出した。
「彼方さん、そんな大声出るんだ」
「あっ、ごめん! 大丈夫? 鼓膜破れてない?」
「破れてないよ! そこまで大声ではなかったから」
海茅は胸を撫でおろし、ちらっと匡史を見た。
目が合った匡史が海茅に聞く。
「部活?」
「あ、うん。吹奏楽部なの。多田君は?」
「俺は帰宅部。でも、週に二回は絵画教室に通ってるんだ。今日がその日で、レッスン時間まで教室で時間潰してた」
「絵画? 絵画習ってるの!?」
「うん。変かな……」
海茅はぶんぶんと首を横に振り、目を輝かせた。
「変じゃない! すごい! どんな絵描いてるの!?」
絵画のことはさっぱり分からないが、海茅はお絵描きが好きだった。匡史が同じお絵描き好きだと知り、テンションが上がっている。
人が変わったようにこちらを真っすぐ見つめる海茅に、匡史は少し戸惑いながらも悪い気はしなかった。
「見る? ちょうど教室でデッサンしてたんだけど」
「えっ、いいの!?」
「うん、いいよ」
教室に向かって歩き出した匡史を、海茅が引き留める。
「ご、ごめん。ちょっ、ちょっと待ってくれない……?」
「いいけど、どうしたの?」
海茅は顔を真っ赤にして、トイレを指さした。
「ちょっともう、限界だから……」
匡史は笑いをこらえながら、ごゆっくりどうぞと言ってトイレに駆け込む海茅を見送った。
窓からオレンジ色の光が差し込む、誰もいない教室。教室の中は静かなのに、外からは野球部のかけ声や、管楽器のロングトーンの音が聞こえてくる。外の賑やかさがかえって教室の中の静けさをより一層強めていた。
綺麗に整えられた机の列。その中のひとつだけ、椅子が傾き、机の上に紙と筆記用が載せられていた。
匡史はその席まで海茅を連れて行き、描いていたデッサンを見せる。
「りんご。まだ下手だけど」
「ううん……。すごくきれい……」
匡史は下手だと言ったが、海茅は今まで見たどの絵よりも惹かれた。白黒なのにりんごが真っ赤に熟れているのが分かるし、滴る雫が今にも垂れてしまうのではないかと思ってしまうほどみずみずしい。それに……匡史が一生懸命描いた絵というだけでも、海茅にとってはゴッホの絵画よりも価値があった。
絵に夢中になっている海茅を見て、匡史は照れくさそうに頭をかいた。
「もっと練習しなきゃなぁ」
休憩時間が終わったので、海茅は慌てて音楽室に戻った。
いつもより胸が軽い。基礎練習もいつもより辛くない。
隣で練習していた優紀が、なんだか嬉しそうに海茅に声をかける。
「海茅ちゃん、なんか良いことあった?」
「ど、どうしてぇ!?」
「楽しそうだから。えへへ」
どうして優紀まで嬉しそうなんだろう、と海茅は不思議に思った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【完】ノラ・ジョイ シリーズ
丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴*
▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー
▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
すべての世界で、キミのことが好き♥~告白相手を間違えた理由
立坂雪花
児童書・童話
✨.゚・*..☆.。.:*✨.☆.。.:.+*:゚+。✨.゚・*..☆.。.:*✨
結愛は陸のことが好きになり、告白しようとしたけれど、間違えて悠真に告白することになる。そうなった理由は、悠真の元に届いたあるメールが原因で――。
☆綾野結愛
ヒロイン。
ピンクが大好きな中学二年生!
うさぎに似ている。
×
☆瀬川悠真
結愛の幼なじみ。
こっそり結愛のことがずっと好き。
きりっとイケメン。猫タイプ
×
☆相川陸
結愛が好きになった人。
ふんわりイケメン。犬タイプ。
結愛ちゃんが告白相手を間違えた理由は?
悠真の元に、未来の自分からメール?
☆。.:*・゜
陸くんに告白するはずだったのに
間違えて悠真に。
告白してからすれ違いもあったけれど
溺愛される結愛
☆。.:*・゜
未来の自分に、過去の自分に
聞きたいことや話したい事はありますか?
☆。.:*・゜
――この丘と星空に、キミがいる。そんな景色が見たかった。
✩.*˚第15回絵本・児童書大賞エントリー
散りばめられたきずなたち✩.*˚
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~
釈 余白(しやく)
児童書・童話
今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。
そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。
そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。
今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。
かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。
はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。
力の欠片のペンダント
河原由虎
児童書・童話
綺麗なもの、可愛いものが大好きな主人公『ハナ』は十一歳の誕生日の日、素敵なペンダントを拾います。
それから起こった不思議な出来事に、不思議な出会いと……
心優しき少女の一夏の出来事を、のぞいてみませんか?
◇◆◇◆◇◆◇◆
・大人でも楽しめるような内容を意識して書いています。
・この作品は、なろう、カクヨムにも掲載されます。
閉じられた図書館
関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる