【完結】またたく星空の下

mazecco

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1章

第7話 りんご

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 部活の休憩時間に、海茅みちはトイレに行くために音楽室を出た。廊下を歩いていると、曲がり角で匡史まさしと鉢合った。

「うわっ! びっくりしたー」

 匡史は驚いて声を上げたが、海茅は固まってしまい声一つ出ない。
 こんな近くで匡史を見たのは初めてだった。遠くで見るよりも背が高く、かっこいい。
 間抜けな顔で彫刻のようになってしまった海茅に、匡史が「おーい」と手を振った。
 海茅が我に返ると、匡史は心配そうに尋ねる。

「彼方さん、大丈夫? ケガ……してないよね……?」
(な、名前っ、私の名前っ、覚えててくれたのっ? え、え? ええ!?)
「か、彼方さん……? 本当に大丈夫……?」
「だ、大丈夫! ごごご、ごめん!」

 突然大声を出した海茅に匡史はビクついたが、思わずといった様子で噴き出した。

「彼方さん、そんな大声出るんだ」
「あっ、ごめん! 大丈夫? 鼓膜破れてない?」
「破れてないよ! そこまで大声ではなかったから」

 海茅は胸を撫でおろし、ちらっと匡史を見た。
 目が合った匡史が海茅に聞く。

「部活?」
「あ、うん。吹奏楽部なの。多田君は?」
「俺は帰宅部。でも、週に二回は絵画教室に通ってるんだ。今日がその日で、レッスン時間まで教室で時間潰してた」
「絵画? 絵画習ってるの!?」
「うん。変かな……」

 海茅はぶんぶんと首を横に振り、目を輝かせた。

「変じゃない! すごい! どんな絵描いてるの!?」

 絵画のことはさっぱり分からないが、海茅はお絵描きが好きだった。匡史が同じお絵描き好きだと知り、テンションが上がっている。
 人が変わったようにこちらを真っすぐ見つめる海茅に、匡史は少し戸惑いながらも悪い気はしなかった。

「見る? ちょうど教室でデッサンしてたんだけど」
「えっ、いいの!?」
「うん、いいよ」

 教室に向かって歩き出した匡史を、海茅が引き留める。

「ご、ごめん。ちょっ、ちょっと待ってくれない……?」
「いいけど、どうしたの?」

 海茅は顔を真っ赤にして、トイレを指さした。
「ちょっともう、限界だから……」

 匡史は笑いをこらえながら、ごゆっくりどうぞと言ってトイレに駆け込む海茅を見送った。

 窓からオレンジ色の光が差し込む、誰もいない教室。教室の中は静かなのに、外からは野球部のかけ声や、管楽器のロングトーンの音が聞こえてくる。外の賑やかさがかえって教室の中の静けさをより一層強めていた。
 綺麗に整えられた机の列。その中のひとつだけ、椅子が傾き、机の上に紙と筆記用が載せられていた。
 匡史はその席まで海茅を連れて行き、描いていたデッサンを見せる。

「りんご。まだ下手だけど」
「ううん……。すごくきれい……」

 匡史は下手だと言ったが、海茅は今まで見たどの絵よりも惹かれた。白黒なのにりんごが真っ赤に熟れているのが分かるし、滴る雫が今にも垂れてしまうのではないかと思ってしまうほどみずみずしい。それに……匡史が一生懸命描いた絵というだけでも、海茅にとってはゴッホの絵画よりも価値があった。
 絵に夢中になっている海茅を見て、匡史は照れくさそうに頭をかいた。

「もっと練習しなきゃなぁ」

 休憩時間が終わったので、海茅は慌てて音楽室に戻った。
 いつもより胸が軽い。基礎練習もいつもより辛くない。
 隣で練習していた優紀ゆうきが、なんだか嬉しそうに海茅に声をかける。

「海茅ちゃん、なんか良いことあった?」
「ど、どうしてぇ!?」
「楽しそうだから。えへへ」

 どうして優紀まで嬉しそうなんだろう、と海茅は不思議に思った。
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