716 / 718
エピローグ
五年後:家族団欒
しおりを挟む
それから双子とヴィクス、ジュリアは、学校で子どもたちに勉強を教えているウィルクの様子を見に行った。
黒板に端正な文字を書きながら、ゆっくりと丁寧な口調で子どもに教えているウィルクの姿を眺めていたヴィクスの目から、涙がつぅと流れ落ちる。
「……本当に立派になって」
ヴィクスの独り言を聞き、アーサーとモニカは自慢げに言った。
「ウィルクは本当に立派だよ。彼のおかげで、トロワの子どもたちはみんな字が読めるようになったし」
「剣や魔法が得意な子も多いのよ。ウィルクは教えるのが上手」
それにジュリアも続く。
「ウィルクは意外にも子どものことも、教えることも好きだったみたいですわ。適職ですわね」
「そうか。子どもは国の宝。宝を育てることが得意なんて、素晴らしいことだ」
「私もそう思います」
兄たちと姉たちに見学されている上に、一人は泣き出すし、二人は胸を張って自慢するし、一人には「ちゃんとしなさい」という厳しい目を向けられるしでウィルクはまったく集中できなかった。
そんな時、勉強に飽きた一人の少年が手を上げる。
「ウィリー! 外で遊ぼーよー!」
いつもであれば軽く受け流して勉強を続行するのだが、今の状況から一刻も早く抜け出したかったウィルクは大きく頷いた。
「そうだね! 先生もちょうど新鮮な空気を吸いたかったところなんだ。さあ、みんな外へ出てボール遊びをしよう。それとも剣技の授業にするかい?」
「わー! 剣技の授業がしたいー!」
「君たちはラッキーだ。今日はゲストとして、アーサー様とヴィ……フィック様がいらっしゃる。お二人とも先生よりもずっと剣技が達者だから、今日だけでぐんと強くなれるはずだ」
少年たちがうしろを向き、アーサーとヴィクスにキラキラさせた目を向ける。
「おじさんたち、ウィリーよりも剣技が上手なのー!? すっげぇー!」
「おじっ……」
「おじさん」と呼ばれたアーサーとヴィクスは、石のように固まった。
「ぼ……僕たちってもうおじさんなのぉ……?」
「いいえお兄様……僕たちはまだ二十代前半ですよ。おじさんと呼ばれるにはまだ早いはずです……そ、そうだよね、ジュリア……?」
ぷるぷる震える兄二人に、ジュリアはツンとした表情で、モニカは面白がっている様子で応える。
「そうですわねえ。幼い子どもから見たら立派な〝おじさん〟なんじゃありません? お二人とも、この五年でずっと大人びましたし」
「そうよー? アーサーもヴィクスも、あんなにツルツルだったあごにヒゲが生えるようになったんだもの! おじさん以外の何者でもないわ!」
そんなジュリアとモニカに目を向けたまま、生徒の一人がウィルクに尋ねる。
「ねえウィリー! あのおばさん二人は何を教えてくれるのー!?」
「あっ、こらブルリ……」
ウィルクが注意しようとしたがもう遅い。教室の中に吹雪が吹き荒れ、床に氷が張った。学校の外の天気は、晴天から雷を伴った豪雨に早変わり。
ジュリアとモニカはこめかみにピキピキと青筋を立て、幼い生徒たちに杖を向ける。
「私たち? 私たちはですね、魔法が得意なんです」
「だからあなたたちにたっぷり教えてあげるわね? それと……」
「「私たちのことは”お姉さん”と呼びなさい?」」
それからは、アーサー、ヴィクス、ウィルクの三人がかりで、怒ったモニカとジュリアを宥めようと頑張った。
しかし兄弟五人の取っ組み合いが楽しくなってきたアーサーとモニカが、だんだん手加減を抜き始めた。
双子の力が強くなってくれば、妹弟の三人も本気を出さざるを得ない。
それはいつしか双子vsヴィクス、ジュリア、ウィルクの対戦にまで発展した。
広場で行われた対戦は、生徒の子どもたちでなく、大人たちまで見学して楽しんでいた。
見学者の中にはダフとシチュリアもいて、途中から我慢できずに双子に押されているヴィクスチームに参戦した。
ダフはヴィクスと共闘できたのが楽しかったようで、「またやりましょうね!」と彼らに再戦の約束をした。
一方シチュリアは、ヴィクスに「二度とこんな遊びはしないで!」と説教していた。(ヴィクスは適当に返事をしていたが、心の中では「またやりたいなあ」と考えていた)
そんなこんなで、無茶苦茶になった授業を終えたウィルクは、兄弟たちとレストランに入った。
「もう! お兄さまとお姉さまのせいでとんでもない授業になったじゃないですかぁ!」
プンプン怒るウィルクを見ても、四人は嬉しそうに笑うだけ。
ヴィクスはウィルクにサラダをよそい、手渡しながら言った。
「後半からはまあ……主にジュリアのせいでひどかったけど――」
「私だけではないでしょう!? モニカ様もたいがいでしたわよ!?」
「――前半は素晴らしかったよウィルク。子どもでも分かりやすい言葉で上手に教えていたね」
ヴィクスに褒められ、ウィルクは顔を真っ赤にしてもじもじと体を揺らした。
「あっ……あ、ありがとうございます……!」
「庶民のための学校がもっと増えればいいんだけど」
「増やします! 長い時間がかかると思いますが、必ず!」
「バンスティンの未来は明るいね」
ヴィクスはそう言ってひょいと肉をひとかけら口に放り込み、「おいしい」と呟いた。
兄弟たちにとってはそれだけで涙が出るほど嬉しかった。
ウィルクはヴィクスに尋ねた。
「ヴィクスお兄さまは、これからしたいことはありますか?」
「そうだね。今日でほとんどしたいことを全てしてしまったから、これから考えないと」
「僕はお兄さまとしたいことがまだまだたくさんあるんです! よければ付き合っていただけますか?」
「もちろん。好きなだけ付き合うよ」
「やった!」
そんなとき、よそ見をして歩いていた少女がヴィクスにぶつかった。
「んあっ」
「っ……」
ジュリアとウィルクは背筋が凍った。少女が手に持っていたアツアツのスープがヴィクスの服にべったりとかかってしまったのだ。二人は顔を真っ青にして立ち上がる。
「「お兄さま!! お怪我は!?」」
ヴィクスはジュリアとウィルクに視線を送った。ヴィクス王子だった頃の彼を思い出させる、冷たい目。
(お兄様……まさかその少女を……)
(今のお兄さまなら……命乞いをすれば許してもらえるはず……)
二人が口を開いたときと同時に、ヴィクスがジュリアとウィルクの名を呼んだ。
「僕より先にこの子の心配をしないか」
「え……」
「君、怪我はないかな。スープはかかっていない? ……ああ、手に火傷が。少し待ってね」
ヴィクスは少女の手に回復魔法をかけてから頭を撫でた。
「もう大丈夫」
「お、お兄ちゃん、ごめんね。お兄ちゃんも熱かったでしょ」
「ううん。僕は大丈夫だよ。お母さんとお父さんは?」
「あっち……」
「早く行っておあげ。心配していると思うから」
「うん……」
少女はヴィクスを見上げたかと思えば、くんくんと匂いを嗅いだ。
「お兄ちゃん……なんだかお花のにおいがする」
「そ、そうかな?」
「あと……おひさまのにおい!」
「ああ……外で歩いていたからかな?」
二言三言会話をしてから、少女は手を振りながら両親の元へ戻っていった。
少女に手を振り返し「かわいいね」と呟くヴィクスの頭を、モニカがぺちんと叩く。
「あいて」
「『かわいいね~』じゃないわよ!」
モニカがヴィクスの濡れた服をめくると、あつあつのスープがかかった肌が真っ赤になっていた。モニカの回復魔法できれいに治ったのに、その上にアーサーがぺたぺたと薬草を貼り付ける。
「ほんと、自分の傷に鈍感なんだから」
「そうだよ? 君はいっつもそうなんだから」
「あはは、ごめんなさい」
双子とヴィクスの会話を聞いていたジュリアとウィルクはこっそり目を見合わせ、恥ずかしそうに俯いた。
(あああどうしましょう……。アーサー様とモニカ様よりも一緒に過ごしていた時間が長いはずなのに……私はヴィクスお兄様のことをちっとも分かっていないのね……)
(ううう……王子時代のヴィクスお兄様でどうしても考えてしまう……。ヴィクスお兄様は本当は優しいお方なのに……)
妹と弟が落ち込んでいるのに気づいたヴィクスは、クスクス笑って二人に料理を取り分けた。
「二人とももっとお食べ。おいしそうに食べているところをもっと僕に見せておくれ。お兄様とお姉様なんて、先ほどから吸い込むように食べているだろう? 彼らと同じくらい、たぁんとお食べ」
そしてヴィクスは、照れ臭そうに兄弟姉妹に視線を送る。
「そうだみんな。ルアンの画家に、僕たち五人の肖像画を描いてもらわないかい?」
「いいですわね。そういえば、家族の肖像画なんて描いてもらったことがありませんわ」
「素敵です! 僕も初めてなので、楽しみです!」
ヴィクスの誘いに、ジュリアもウィルクもおおいに乗り気だ。もちろん、アーサーとモニカも。
「もうさ、僕たちの仲良い画家みーんな呼んでいい!? みんなに描いてもらおうよ!!」
「きゃー! それ、良い~!! いっぱい描いてもらって、みんな一枚ずつもらって、残りは美術館に飾るの!」
「そうと決まればすぐに伝書インコを飛ばすよ! インコ、ルアンの画家に伝言お願い! 〝絵を描いてほしいから、今すぐトロワに来てください!〟」
「ちょっとお兄様。性急すぎではありませんか? 突然呼び出されたら画家も迷惑なんじゃ……」
双子はいつだって行動が早い。苦笑いして窘めようとするヴィクスに、ジュリアは指を振る。
「いいえヴィクスお兄様。売れない画家というのはいつでも仕事を求めているものですわ。全員、喜んで来てくれますわ」
「僕も今すぐ描いてもらいたいです! あ、僕はヴィクスお兄様とアーサーお兄様の間でいいですか!? そして僕の後ろか前にモニカお姉様がいてくれると嬉しいです!」
学校では立派な先生をしているウィルクも、兄と姉の前ではやはり末っ子だ。
甘えた声でわがままなことを言う彼に、ジュリアは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「あら。じゃあ、私の場所はどこになるの?」
「ジュリアお姉様はどこでも良いですよ。お好きなところでお立ち下さい」
「あなた、私にだけ冷たいわよね!? どうしてなの!?」
「そりゃあ、馬乗りになって毒を飲まされた人のことなんて……」
「あなたそんな昔のことを未だに根に持っているの!? そろそろ忘れてもいいでしょう!?」
弟と妹のやりとりに、アーサーとモニカはケタケタ笑った。
二十二年越しの、家族団欒の食事。
しがらみから解放された子どもたちは、それぞれの道を進み大人になった。
苦しみを知る彼らが作る世の中は、きっと優しく、笑いが溢れているのだろう。
お花とおひさまの匂いがする、明るい未来になるのだろう。
黒板に端正な文字を書きながら、ゆっくりと丁寧な口調で子どもに教えているウィルクの姿を眺めていたヴィクスの目から、涙がつぅと流れ落ちる。
「……本当に立派になって」
ヴィクスの独り言を聞き、アーサーとモニカは自慢げに言った。
「ウィルクは本当に立派だよ。彼のおかげで、トロワの子どもたちはみんな字が読めるようになったし」
「剣や魔法が得意な子も多いのよ。ウィルクは教えるのが上手」
それにジュリアも続く。
「ウィルクは意外にも子どものことも、教えることも好きだったみたいですわ。適職ですわね」
「そうか。子どもは国の宝。宝を育てることが得意なんて、素晴らしいことだ」
「私もそう思います」
兄たちと姉たちに見学されている上に、一人は泣き出すし、二人は胸を張って自慢するし、一人には「ちゃんとしなさい」という厳しい目を向けられるしでウィルクはまったく集中できなかった。
そんな時、勉強に飽きた一人の少年が手を上げる。
「ウィリー! 外で遊ぼーよー!」
いつもであれば軽く受け流して勉強を続行するのだが、今の状況から一刻も早く抜け出したかったウィルクは大きく頷いた。
「そうだね! 先生もちょうど新鮮な空気を吸いたかったところなんだ。さあ、みんな外へ出てボール遊びをしよう。それとも剣技の授業にするかい?」
「わー! 剣技の授業がしたいー!」
「君たちはラッキーだ。今日はゲストとして、アーサー様とヴィ……フィック様がいらっしゃる。お二人とも先生よりもずっと剣技が達者だから、今日だけでぐんと強くなれるはずだ」
少年たちがうしろを向き、アーサーとヴィクスにキラキラさせた目を向ける。
「おじさんたち、ウィリーよりも剣技が上手なのー!? すっげぇー!」
「おじっ……」
「おじさん」と呼ばれたアーサーとヴィクスは、石のように固まった。
「ぼ……僕たちってもうおじさんなのぉ……?」
「いいえお兄様……僕たちはまだ二十代前半ですよ。おじさんと呼ばれるにはまだ早いはずです……そ、そうだよね、ジュリア……?」
ぷるぷる震える兄二人に、ジュリアはツンとした表情で、モニカは面白がっている様子で応える。
「そうですわねえ。幼い子どもから見たら立派な〝おじさん〟なんじゃありません? お二人とも、この五年でずっと大人びましたし」
「そうよー? アーサーもヴィクスも、あんなにツルツルだったあごにヒゲが生えるようになったんだもの! おじさん以外の何者でもないわ!」
そんなジュリアとモニカに目を向けたまま、生徒の一人がウィルクに尋ねる。
「ねえウィリー! あのおばさん二人は何を教えてくれるのー!?」
「あっ、こらブルリ……」
ウィルクが注意しようとしたがもう遅い。教室の中に吹雪が吹き荒れ、床に氷が張った。学校の外の天気は、晴天から雷を伴った豪雨に早変わり。
ジュリアとモニカはこめかみにピキピキと青筋を立て、幼い生徒たちに杖を向ける。
「私たち? 私たちはですね、魔法が得意なんです」
「だからあなたたちにたっぷり教えてあげるわね? それと……」
「「私たちのことは”お姉さん”と呼びなさい?」」
それからは、アーサー、ヴィクス、ウィルクの三人がかりで、怒ったモニカとジュリアを宥めようと頑張った。
しかし兄弟五人の取っ組み合いが楽しくなってきたアーサーとモニカが、だんだん手加減を抜き始めた。
双子の力が強くなってくれば、妹弟の三人も本気を出さざるを得ない。
それはいつしか双子vsヴィクス、ジュリア、ウィルクの対戦にまで発展した。
広場で行われた対戦は、生徒の子どもたちでなく、大人たちまで見学して楽しんでいた。
見学者の中にはダフとシチュリアもいて、途中から我慢できずに双子に押されているヴィクスチームに参戦した。
ダフはヴィクスと共闘できたのが楽しかったようで、「またやりましょうね!」と彼らに再戦の約束をした。
一方シチュリアは、ヴィクスに「二度とこんな遊びはしないで!」と説教していた。(ヴィクスは適当に返事をしていたが、心の中では「またやりたいなあ」と考えていた)
そんなこんなで、無茶苦茶になった授業を終えたウィルクは、兄弟たちとレストランに入った。
「もう! お兄さまとお姉さまのせいでとんでもない授業になったじゃないですかぁ!」
プンプン怒るウィルクを見ても、四人は嬉しそうに笑うだけ。
ヴィクスはウィルクにサラダをよそい、手渡しながら言った。
「後半からはまあ……主にジュリアのせいでひどかったけど――」
「私だけではないでしょう!? モニカ様もたいがいでしたわよ!?」
「――前半は素晴らしかったよウィルク。子どもでも分かりやすい言葉で上手に教えていたね」
ヴィクスに褒められ、ウィルクは顔を真っ赤にしてもじもじと体を揺らした。
「あっ……あ、ありがとうございます……!」
「庶民のための学校がもっと増えればいいんだけど」
「増やします! 長い時間がかかると思いますが、必ず!」
「バンスティンの未来は明るいね」
ヴィクスはそう言ってひょいと肉をひとかけら口に放り込み、「おいしい」と呟いた。
兄弟たちにとってはそれだけで涙が出るほど嬉しかった。
ウィルクはヴィクスに尋ねた。
「ヴィクスお兄さまは、これからしたいことはありますか?」
「そうだね。今日でほとんどしたいことを全てしてしまったから、これから考えないと」
「僕はお兄さまとしたいことがまだまだたくさんあるんです! よければ付き合っていただけますか?」
「もちろん。好きなだけ付き合うよ」
「やった!」
そんなとき、よそ見をして歩いていた少女がヴィクスにぶつかった。
「んあっ」
「っ……」
ジュリアとウィルクは背筋が凍った。少女が手に持っていたアツアツのスープがヴィクスの服にべったりとかかってしまったのだ。二人は顔を真っ青にして立ち上がる。
「「お兄さま!! お怪我は!?」」
ヴィクスはジュリアとウィルクに視線を送った。ヴィクス王子だった頃の彼を思い出させる、冷たい目。
(お兄様……まさかその少女を……)
(今のお兄さまなら……命乞いをすれば許してもらえるはず……)
二人が口を開いたときと同時に、ヴィクスがジュリアとウィルクの名を呼んだ。
「僕より先にこの子の心配をしないか」
「え……」
「君、怪我はないかな。スープはかかっていない? ……ああ、手に火傷が。少し待ってね」
ヴィクスは少女の手に回復魔法をかけてから頭を撫でた。
「もう大丈夫」
「お、お兄ちゃん、ごめんね。お兄ちゃんも熱かったでしょ」
「ううん。僕は大丈夫だよ。お母さんとお父さんは?」
「あっち……」
「早く行っておあげ。心配していると思うから」
「うん……」
少女はヴィクスを見上げたかと思えば、くんくんと匂いを嗅いだ。
「お兄ちゃん……なんだかお花のにおいがする」
「そ、そうかな?」
「あと……おひさまのにおい!」
「ああ……外で歩いていたからかな?」
二言三言会話をしてから、少女は手を振りながら両親の元へ戻っていった。
少女に手を振り返し「かわいいね」と呟くヴィクスの頭を、モニカがぺちんと叩く。
「あいて」
「『かわいいね~』じゃないわよ!」
モニカがヴィクスの濡れた服をめくると、あつあつのスープがかかった肌が真っ赤になっていた。モニカの回復魔法できれいに治ったのに、その上にアーサーがぺたぺたと薬草を貼り付ける。
「ほんと、自分の傷に鈍感なんだから」
「そうだよ? 君はいっつもそうなんだから」
「あはは、ごめんなさい」
双子とヴィクスの会話を聞いていたジュリアとウィルクはこっそり目を見合わせ、恥ずかしそうに俯いた。
(あああどうしましょう……。アーサー様とモニカ様よりも一緒に過ごしていた時間が長いはずなのに……私はヴィクスお兄様のことをちっとも分かっていないのね……)
(ううう……王子時代のヴィクスお兄様でどうしても考えてしまう……。ヴィクスお兄様は本当は優しいお方なのに……)
妹と弟が落ち込んでいるのに気づいたヴィクスは、クスクス笑って二人に料理を取り分けた。
「二人とももっとお食べ。おいしそうに食べているところをもっと僕に見せておくれ。お兄様とお姉様なんて、先ほどから吸い込むように食べているだろう? 彼らと同じくらい、たぁんとお食べ」
そしてヴィクスは、照れ臭そうに兄弟姉妹に視線を送る。
「そうだみんな。ルアンの画家に、僕たち五人の肖像画を描いてもらわないかい?」
「いいですわね。そういえば、家族の肖像画なんて描いてもらったことがありませんわ」
「素敵です! 僕も初めてなので、楽しみです!」
ヴィクスの誘いに、ジュリアもウィルクもおおいに乗り気だ。もちろん、アーサーとモニカも。
「もうさ、僕たちの仲良い画家みーんな呼んでいい!? みんなに描いてもらおうよ!!」
「きゃー! それ、良い~!! いっぱい描いてもらって、みんな一枚ずつもらって、残りは美術館に飾るの!」
「そうと決まればすぐに伝書インコを飛ばすよ! インコ、ルアンの画家に伝言お願い! 〝絵を描いてほしいから、今すぐトロワに来てください!〟」
「ちょっとお兄様。性急すぎではありませんか? 突然呼び出されたら画家も迷惑なんじゃ……」
双子はいつだって行動が早い。苦笑いして窘めようとするヴィクスに、ジュリアは指を振る。
「いいえヴィクスお兄様。売れない画家というのはいつでも仕事を求めているものですわ。全員、喜んで来てくれますわ」
「僕も今すぐ描いてもらいたいです! あ、僕はヴィクスお兄様とアーサーお兄様の間でいいですか!? そして僕の後ろか前にモニカお姉様がいてくれると嬉しいです!」
学校では立派な先生をしているウィルクも、兄と姉の前ではやはり末っ子だ。
甘えた声でわがままなことを言う彼に、ジュリアは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「あら。じゃあ、私の場所はどこになるの?」
「ジュリアお姉様はどこでも良いですよ。お好きなところでお立ち下さい」
「あなた、私にだけ冷たいわよね!? どうしてなの!?」
「そりゃあ、馬乗りになって毒を飲まされた人のことなんて……」
「あなたそんな昔のことを未だに根に持っているの!? そろそろ忘れてもいいでしょう!?」
弟と妹のやりとりに、アーサーとモニカはケタケタ笑った。
二十二年越しの、家族団欒の食事。
しがらみから解放された子どもたちは、それぞれの道を進み大人になった。
苦しみを知る彼らが作る世の中は、きっと優しく、笑いが溢れているのだろう。
お花とおひさまの匂いがする、明るい未来になるのだろう。
11
お気に入りに追加
4,342
あなたにおすすめの小説
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。