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エピローグ
終戦のあと:ヴィクスとシチュリア
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終戦の翌日、シチュリアと共に馬車に乗ろうとするヴィクスに、ダフは半泣きで縋りついた。
「殿下! 本当に俺を置いて行ってしまうんですかぁ!?」
「こらえてくれよ、ダフ。お兄様とお姉様が静かなところで休養と取るようにと言って聞かないんだ」
「俺も行きますよぉ~……」
「君がいたら静かなところも賑やかになってしまうだろう?」
まだ騒いでいるダフを無視して、ヴィクスは馬車を走らせた。シチュリアはためらいがちにヴィクスに尋ねる。
「ヴィクス……。良かったの? 本当は一緒にいたいんじゃない?」
「良いんだ。……正直に言うと、彼とどう接していいのか分からないからね」
顔を赤らめてそんなことを言うヴィクスを見て、シチュリアはクスクス笑った。
「今まで意地悪ばかりしていたから、甘え方が分からない?」
「~~……ああ、そうだよ。しばらくはピュトア泉で君と二人で過ごしたい。君とは肩ひじ張らずに話せるから」
「まあ……」
今度はシチュリアが顔を赤らめる番だ。頬を染める彼女に気付き、ヴィクスは恥ずかしくなって窓の外に目をやった。
「お兄様とお姉様とだって……僕はどう接したらいいか分からないんだ。それどころか自分自身とどう向き合えばいいのかも……」
「難しく考えなくてもいいわ。あなたとアーサーとモニカは、今まで遠く離れた場所で暮らしていたけど、ずっとずっと加護の糸繋がっていたんだもの。今だってしっかりと繋がっている。顔を合わせなくても、言葉を交わさなくても、あなたたちは深いところで分かり合っているわ」
「……命を捧げるつもりで繋げた加護の糸、結局使わなかった」
「あなた、何も分かっていないのね。加護の糸は本来命の受け渡しをするためのものじゃないわ。繋げた者たちの絆を深めるものなの。だからそれでいいのよ。それでいいの」
「……うん」
シチュリアがヴィクスの手を握る。ヴィクスはその手を握り返し、口を開いた。
「……ピュトア泉は、あと数年で枯れてしまうんだろう?」
「ええ。アーサーに憑依していた魔物たちを清めてから、みるみるうちに水位が下がっていってしまった。私の聖なる力ではもたなかったみたいね。あとはもう、枯れてしまうのを見届けるしかないわ」
「僕も一緒に見届けるよ」
しばしの沈黙が流れたあと、シチュリアが尋ねた。
「ヴィクスはまだ死にたいの?」
「……少し。というより、どう生きればいいのか分からない」
「そう。じゃあ、ただ息をして、ごはんを食べるだけでいい。目的や目標がなくたって、生きていいのよ」
「よく分からないな……」
「じゃあヴィクス。何かしたいことはない? くだらないことでもいいわよ」
ヴィクスはしばらく考えたあと、恥ずかしそうにボソッと答えた。
「……お兄様とお姉様と……同じベッドで寝てみたい」
「あら、いいじゃない! 他には?」
「兄弟みんなで、ごはんを食べたい」
「いいわねいいわね! 他には?」
「……ダフと、町に買い物に行ったりとか……」
「素敵!」
「あとは……春に、君と一緒に花畑を歩きたい」
えっ、と固まったシチュリアに、ヴィクスは微笑みを向けた。
「ルアンという南の町に、美しい花が咲き乱れる花畑があるんだ。いつか君とそこへ行きたい」
「え、ええっ……。い、行きましょう」
「……」
「ど、どうしたのヴィクス。急に黙り込んで」
「こう考えると……したいことがたくさんあるね」
「ええ、そうね」
シチュリアを見つめるヴィクスの瞳から涙が一筋流れる。
「シチュリア……。僕は生きてもいいんだろうか」
「いいのよ。生きてほしいと思っている人が、あんなにたくさんいるんだから」
「死んでほしいと思っている人の方が多くても?」
「生きていないと償えないわ。あなたの罪は、死ぬだけでは足りないでしょう?」
「ふふ、確かにそうだね……」
シチュリアがヴィクスをそっと抱きしめる。
「残りの人生は本当のあなたらしく生きましょう。あなたの寿命は、あとたったの七年しかないのだから」
「殿下! 本当に俺を置いて行ってしまうんですかぁ!?」
「こらえてくれよ、ダフ。お兄様とお姉様が静かなところで休養と取るようにと言って聞かないんだ」
「俺も行きますよぉ~……」
「君がいたら静かなところも賑やかになってしまうだろう?」
まだ騒いでいるダフを無視して、ヴィクスは馬車を走らせた。シチュリアはためらいがちにヴィクスに尋ねる。
「ヴィクス……。良かったの? 本当は一緒にいたいんじゃない?」
「良いんだ。……正直に言うと、彼とどう接していいのか分からないからね」
顔を赤らめてそんなことを言うヴィクスを見て、シチュリアはクスクス笑った。
「今まで意地悪ばかりしていたから、甘え方が分からない?」
「~~……ああ、そうだよ。しばらくはピュトア泉で君と二人で過ごしたい。君とは肩ひじ張らずに話せるから」
「まあ……」
今度はシチュリアが顔を赤らめる番だ。頬を染める彼女に気付き、ヴィクスは恥ずかしくなって窓の外に目をやった。
「お兄様とお姉様とだって……僕はどう接したらいいか分からないんだ。それどころか自分自身とどう向き合えばいいのかも……」
「難しく考えなくてもいいわ。あなたとアーサーとモニカは、今まで遠く離れた場所で暮らしていたけど、ずっとずっと加護の糸繋がっていたんだもの。今だってしっかりと繋がっている。顔を合わせなくても、言葉を交わさなくても、あなたたちは深いところで分かり合っているわ」
「……命を捧げるつもりで繋げた加護の糸、結局使わなかった」
「あなた、何も分かっていないのね。加護の糸は本来命の受け渡しをするためのものじゃないわ。繋げた者たちの絆を深めるものなの。だからそれでいいのよ。それでいいの」
「……うん」
シチュリアがヴィクスの手を握る。ヴィクスはその手を握り返し、口を開いた。
「……ピュトア泉は、あと数年で枯れてしまうんだろう?」
「ええ。アーサーに憑依していた魔物たちを清めてから、みるみるうちに水位が下がっていってしまった。私の聖なる力ではもたなかったみたいね。あとはもう、枯れてしまうのを見届けるしかないわ」
「僕も一緒に見届けるよ」
しばしの沈黙が流れたあと、シチュリアが尋ねた。
「ヴィクスはまだ死にたいの?」
「……少し。というより、どう生きればいいのか分からない」
「そう。じゃあ、ただ息をして、ごはんを食べるだけでいい。目的や目標がなくたって、生きていいのよ」
「よく分からないな……」
「じゃあヴィクス。何かしたいことはない? くだらないことでもいいわよ」
ヴィクスはしばらく考えたあと、恥ずかしそうにボソッと答えた。
「……お兄様とお姉様と……同じベッドで寝てみたい」
「あら、いいじゃない! 他には?」
「兄弟みんなで、ごはんを食べたい」
「いいわねいいわね! 他には?」
「……ダフと、町に買い物に行ったりとか……」
「素敵!」
「あとは……春に、君と一緒に花畑を歩きたい」
えっ、と固まったシチュリアに、ヴィクスは微笑みを向けた。
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「え、ええっ……。い、行きましょう」
「……」
「ど、どうしたのヴィクス。急に黙り込んで」
「こう考えると……したいことがたくさんあるね」
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「シチュリア……。僕は生きてもいいんだろうか」
「いいのよ。生きてほしいと思っている人が、あんなにたくさんいるんだから」
「死んでほしいと思っている人の方が多くても?」
「生きていないと償えないわ。あなたの罪は、死ぬだけでは足りないでしょう?」
「ふふ、確かにそうだね……」
シチュリアがヴィクスをそっと抱きしめる。
「残りの人生は本当のあなたらしく生きましょう。あなたの寿命は、あとたったの七年しかないのだから」
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