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最終編:反乱編:北部アウス軍

詩の贈り物

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 その夜、ヴィクスの私室を誰かがノックした。ヴィクスが返事をする前にドアが開きジュリアが入って来る。ヴィクスは妹の顔を見た途端、深いため息を吐きソファにもたれかかった。

「泣いたり笑ったり、大人のふりをしたり子どものふりをしたり。大変ですわね、お兄さま」
「茶化さないでくれ……。これでも気を張っているんだから」
「当然よね。もう局面は終盤を迎えているのですから」

 ジュリアはヴィクスの隣に座り、テーブルに置かれている焼き菓子を手に取った。

「あ、食べない方が良いよ。毒入りだから」
「まあ。城内への手回しも完璧ですわね」
「ああ。この中に僕の味方なんて誰ひとりいないよ」
「いるじゃないですか。お父様とお母様が」
「……ジュリア、僕は今機嫌が悪いんだ。それ以上のことを言うと……」
「ふふ。お兄さまらしくもないですわね。こんな冗談も真に受けてしまうなんて」
「君が帰ってきてくれただけで、少しはマシだけどね……」
「……」

 ヴィクスが弱音を吐くなんて珍しい。よほど神経をすり減らし、疲れているのだろう。
 ヴィクスとジュリアの間にしばらくの沈黙が続いた。

「……ウィルクの様子は?」
「ずっと私室に閉じこもっています」
「そう。いくら閉じこもっても待ち受ける結末は変わらないのに」
「……」
「……ウィルクもバカじゃない。もう、僕たちの未来は分かっているだろうか」
「ええ。分かっているはずです」
「ウィルクは……僕を恨んでいるかな」
「それは私にも分かりませんわ」
「ジュリアはどう思う? 彼がお父様につくか、僕たちにつくか」
「……分かりません」
「そうか。……まあ、どちらについたとしても同じことだ」

 ヴィクスは力が抜けた腕をジュリアに伸ばし、頭を撫でた。そんなことをされたのははじめてで、ジュリアは顔を真っ赤にして大声を上げる。

「お、お兄さま……!?」
「最後に一度くらい、優しい兄を演じたくなった」
「……なんですか、それは」
「ああ、僕の可愛いジュリア。つり目で性格がキツそうな見た目をしているけれど、君の心は誰よりも柔らかく、思いやりがある優しい子」
「……褒められているのか貶されているのか分かりませんわ」
「君がこんな家元に生まれなければ、美しい令嬢として正しく育ち、由緒ある家に嫁いでいたのだろう」
「……」
「君がこんな兄のあとに生まれなければ、その聡明な頭と優れた魔力で両親から愛されていたのだろう」
「……」
「ああ、僕の可愛いジュリア。その短い人生を僕のために捧げてくれてありがとう。来世では、僕が君に仕えよう。君の願いを全て受け入れ、君のわがままを困りながらも喜ぼう」

 ジュリアは退屈そうにため息を吐き、兄の手を払った。そして今度はジュリアがヴィクスの頭を撫でる。

「……ジュリア、何をしているんだい?」
「最期に詩の贈り物ですか? それなら私もできますわ」
「い、いや、それよりも頭を撫でないでくれないか……」
「ああ、私の憎むべきヴィクスお兄さま。虚ろな瞳とやつれた体のそのままに、あなたの心は痩せ細っている」
「……褒め言葉がひとつも見当たらない」
「あなたがこんな家元に生まれなければ、そんな醜いクマなど目の下に刻まれなかったでしょうに。ああ、憐れなお兄さま」
「うーん……先ほど不機嫌と伝えたばかりなのだが……」
「あなたが私のような妹のまえに生まれなければ、とうの昔に計画は破綻して、失敗して首を落とされていたでしょう。優秀な妹に感謝してくださいませ」
「ふむ……真実なのだが気に食わない」
「ああ、私の憎むべきヴィクスお兄さま。その短い人生をアーサー様とモニカ様のために捧げてくれて……お二人も非常に有難迷惑ですわ。来世では、人を巻き込んだ迷惑行為をなさらないよう、私が見張ってあげましょう」
「どうしようか。腹が立つけど言い返せない」

 ムスッとしているヴィクスを、ジュリアがぎゅっと抱きしめる。

「来世では、自分の幸せのために生きてください。来世でも私の兄として生まれてください。そして今度は二人で手を繋ぎ、ひだまりの下で笑い合いましょう。大切な大切な、私のヴィクスお兄さま」
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