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決戦編:裏S級との戦い
アーサーの悩み
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クルドパーティの遺体は、イルネーヌ町の中央に埋められた。
今はまだ瓦礫で墓を建てることしかできなかったが、いつか立派な墓を建てようとサンプソンとマデリアは誓った。
彼らを慕っていたイルネーヌ町の住民は、クルド、ミント、ブルギーの小さな墓に花を添え、涙を落とした。
冒険者たちはイルネーヌ町で一夜を過ごした。エルフたちによって怪我は治ったものの、疲弊した彼らはぐったりと薄い布の上に倒れこみすぐに深い眠りに落ちた。……アーサー以外は。
S級とモニカがぐっすり眠っているときも、アーサーだけは眠らなかった。彼は夜遅くまで怪我をした町人を看病したあとテントに戻り、窓辺に腰かけ、ぼんやりと変わり果てた町の風景と夜空を見上げた。誰と話すこともなく、ただ一人で。
人が変わったように静かなアーサーにまだ起きていたベニートパーティやエルフたちは不安を覚えたが、誰も彼には触れようとしなかった。……ただ一人、ダフを除いて。
「アーサー、まだ起きているのか? 疲れてるだろう。横になったらどうだ?」
「ううん、眠くないんだ」
「だったら何か食べろ。帰ってから何も食べていないだろう」
アーサーの隣にバナナを持ったダフが腰かけた。ダフはバナナの皮を剥いて、アーサーの頬に押し付ける。
「ほら、お前の好きなバナナだぞ!」
「ありがとうダフ。でも、食欲がないんだ」
「兄弟揃って同じようなことを言うなよ!」
ダフの言葉に、アーサーはピクッと反応する。
「ヴィクス……」
そう呟き、深いため息を吐くアーサー。
ダフは眉をハの字にして、アーサーの肩を抱いた。
「殿下のしたことは許せないな。アーサーもそう思うだろ?」
「うん……。許せない……許せないよ……」
「……殿下は、俺のためにこの町を焼いた」
「……え?」
怪訝な顔をしたアーサーに、ダフは涙を浮かべて微笑んだ。
「殿下はな、アーサー。俺を殿下から引き離すために、町を焼いたんだ」
「……どうしてそんなこと……」
「……殿下は最期まで悪役を貫くつもりだ。だから、俺が殿下に仕えていたら俺も処刑される。悪者に仕えていた近衛兵という汚名も被るだろう。殿下はそれを避けたかった」
そのために町を焼き、何百人という人を死に至らしめたのか……とアーサーは顔を歪めた。
「それと、理由がもうひとつある。それは……殿下は救済されたくなかったからだ」
「……どういうこと?」
「お前たちは、殿下が処刑されない方法で反乱を起こそうとしていただろう。それが殿下は嫌だった」
「どうして……」
「殿下は……この苦しみに満ちた生から解放されたいからだ」
それを聞いたアーサーは立ち上がり、ブルブルと震えた。
「逃げるなよ……! 苦しいからって逃げるな……! これは……この地獄は、ヴィクスが始めたことだろう……! 自分だけ逃げるな……! そんなこと、僕が許さない……!」
「……それは直接、殿下に言ってやってくれ」
アーサーを宥め、窓辺に座らせるダフ。
ダフはアーサーをじっと見たあと、首を傾げた。
「ところでアーサー、お前、なんか変わったな」
「ああ……うん。僕、もうヒトじゃなくなったから。魔物の血と魔力がたっぷり体の中に……」
「いや……それもあるだろうが……。なんかその、雰囲気とか、声とか」
アーサーは小さく頷き、打ち明けた。
「実は……感情がちょっと鈍ってる感じがするんだ。いろんなことが悲しいのになぜか涙が出ない。魔物に近くなったからかな……」
それを聞いたダフはぶんぶんと首を横に振る。
「違うぞアーサー。きっとそれは、ダンジョンでいろいろな辛いことを経験しすぎて心が疲弊しているからだ。お前はちゃんとヒトだ。たとえ魔物の血と魔力が流れてたって、ちゃんとヒトだ。そうじゃないと、重傷を負った患者を寝る間も惜しんで看病したりしない」
ダフの言葉に、アーサーはぽろりと涙を一筋流した。
それを見たダフが嬉しそうに指をさす。
「ほら! 涙が出た。アーサー、お前はちゃんとヒトだ」
「……実は魔物も泣くんだよ。僕、見たもん。魔物が泣くところ」
「だったら余計、感情が出ないのは魔物に近くなったからじゃないだろう。それとこれとは別の問題だ」
「……うん。ありがとう、ダフ」
それと……と、アーサーは言葉を続ける。
「ここ最近、声が出にくいんだ。掠れてるし、いつもの声じゃない」
「ああ、それは俺も感じていた」
「体のかたちが変わってるのかな……。魔物の体になりつつあるのかな……」
ダフはキョトンとして、大声で笑った。
「なに言ってるんだ、アーサー!」
そして、アーサーの喉元をツンツンと突く。
「やっと来たんだよ、声変わりが!」
「えっ」
「ほら、ちょっと喉ぼとけが出ているぞ」
「……」
「十七歳にして、やっと声変わりが来たな! 良かったな、アーサー! ずっと子どもみたいな声がコンプレックスだったもんなあ!」
アーサーは顔を真っ赤にして、顔を両手で覆った。
「ど、どうした、アーサー!?」
「は……恥ずかしい」
「どうしてだ!?」
「いろいろ、不安になってたみたい……。それで、自分の体に起こってたこと全部魔物に近くなかったからだって思っちゃってた……。なんだ、ただの声変わりかあ……」
「だはは! そうだアーサー! 考えすぎだ! お前が思ってるよりずっと、お前は前と変わらないさ!」
そのとき、久しぶりにアーサーが笑った。照れ隠しの笑いだが、それを見た人たちはみんな、それだけのことでなぜか涙が出そうになった。
結局一睡もしなかったアーサーは、みなが寝静まったあとも町民の容態を見て、薬を与えていた。
アーサーの瞳孔は感情が昂っていない時はちゃんとヒトと同じ形をしているが、魔物のような目になっている時に手当てを受けていた患者たちは、アーサーを怖がっていた。
しかし、丸一日の看病を通して、患者たちはアーサーが心優しい少年であることを知った。
アーサーにひどい言葉を吐き捨てた患者が、薬を飲ませてくれるアーサーに声をかけた。
「ありがとなあ……」
「ううん。早く元気になってね」
「昨日、ひどいこと言ってごめんなあ」
「気にしないで。言われても仕方ないから」
「いんや……俺ぁ、すごく後悔してる……。ごめんなあ。ありがとなあ」
「……本当に、僕はお礼を言われるような立場じゃないんだ」
「あんたが魔物だってなんだって、助けてくれたことには変わらねえ」
「……たとえ僕が、王族の血を引いてても?」
それを聞いた患者はハハッと笑った。
「お前みたいなヤツが王族だったら、嬉しいねえ……」
「……」
「きっと優しい王サマになってくれるんだろうなあ……」
患者はアーサーの言葉を真に受けていなかった。冗談で言ったつもりだが、アーサーの目から涙が溢れた。
患者がアーサーの涙を指で拭う。
「泣いてるのか……? 泣くなよぉ」
「ごめんね、泣きたいのはみんなだよね」
「そうじゃねえよ。お前に泣かれちゃ、なんか胸がキュゥッと苦しくなる。ほら、泣くな、泣くな」
「うん……」
そう言う患者も、ポロポロと涙を流していた。
「お前やエルフ、それに他の冒険者も……俺たちの命の恩人だ。みんな怪我人を見捨てたりしねえし、焼け崩れたイルネーヌ町を建て直そうとしてくれている。ほんとに……ありがとなぁ……」
今はまだ瓦礫で墓を建てることしかできなかったが、いつか立派な墓を建てようとサンプソンとマデリアは誓った。
彼らを慕っていたイルネーヌ町の住民は、クルド、ミント、ブルギーの小さな墓に花を添え、涙を落とした。
冒険者たちはイルネーヌ町で一夜を過ごした。エルフたちによって怪我は治ったものの、疲弊した彼らはぐったりと薄い布の上に倒れこみすぐに深い眠りに落ちた。……アーサー以外は。
S級とモニカがぐっすり眠っているときも、アーサーだけは眠らなかった。彼は夜遅くまで怪我をした町人を看病したあとテントに戻り、窓辺に腰かけ、ぼんやりと変わり果てた町の風景と夜空を見上げた。誰と話すこともなく、ただ一人で。
人が変わったように静かなアーサーにまだ起きていたベニートパーティやエルフたちは不安を覚えたが、誰も彼には触れようとしなかった。……ただ一人、ダフを除いて。
「アーサー、まだ起きているのか? 疲れてるだろう。横になったらどうだ?」
「ううん、眠くないんだ」
「だったら何か食べろ。帰ってから何も食べていないだろう」
アーサーの隣にバナナを持ったダフが腰かけた。ダフはバナナの皮を剥いて、アーサーの頬に押し付ける。
「ほら、お前の好きなバナナだぞ!」
「ありがとうダフ。でも、食欲がないんだ」
「兄弟揃って同じようなことを言うなよ!」
ダフの言葉に、アーサーはピクッと反応する。
「ヴィクス……」
そう呟き、深いため息を吐くアーサー。
ダフは眉をハの字にして、アーサーの肩を抱いた。
「殿下のしたことは許せないな。アーサーもそう思うだろ?」
「うん……。許せない……許せないよ……」
「……殿下は、俺のためにこの町を焼いた」
「……え?」
怪訝な顔をしたアーサーに、ダフは涙を浮かべて微笑んだ。
「殿下はな、アーサー。俺を殿下から引き離すために、町を焼いたんだ」
「……どうしてそんなこと……」
「……殿下は最期まで悪役を貫くつもりだ。だから、俺が殿下に仕えていたら俺も処刑される。悪者に仕えていた近衛兵という汚名も被るだろう。殿下はそれを避けたかった」
そのために町を焼き、何百人という人を死に至らしめたのか……とアーサーは顔を歪めた。
「それと、理由がもうひとつある。それは……殿下は救済されたくなかったからだ」
「……どういうこと?」
「お前たちは、殿下が処刑されない方法で反乱を起こそうとしていただろう。それが殿下は嫌だった」
「どうして……」
「殿下は……この苦しみに満ちた生から解放されたいからだ」
それを聞いたアーサーは立ち上がり、ブルブルと震えた。
「逃げるなよ……! 苦しいからって逃げるな……! これは……この地獄は、ヴィクスが始めたことだろう……! 自分だけ逃げるな……! そんなこと、僕が許さない……!」
「……それは直接、殿下に言ってやってくれ」
アーサーを宥め、窓辺に座らせるダフ。
ダフはアーサーをじっと見たあと、首を傾げた。
「ところでアーサー、お前、なんか変わったな」
「ああ……うん。僕、もうヒトじゃなくなったから。魔物の血と魔力がたっぷり体の中に……」
「いや……それもあるだろうが……。なんかその、雰囲気とか、声とか」
アーサーは小さく頷き、打ち明けた。
「実は……感情がちょっと鈍ってる感じがするんだ。いろんなことが悲しいのになぜか涙が出ない。魔物に近くなったからかな……」
それを聞いたダフはぶんぶんと首を横に振る。
「違うぞアーサー。きっとそれは、ダンジョンでいろいろな辛いことを経験しすぎて心が疲弊しているからだ。お前はちゃんとヒトだ。たとえ魔物の血と魔力が流れてたって、ちゃんとヒトだ。そうじゃないと、重傷を負った患者を寝る間も惜しんで看病したりしない」
ダフの言葉に、アーサーはぽろりと涙を一筋流した。
それを見たダフが嬉しそうに指をさす。
「ほら! 涙が出た。アーサー、お前はちゃんとヒトだ」
「……実は魔物も泣くんだよ。僕、見たもん。魔物が泣くところ」
「だったら余計、感情が出ないのは魔物に近くなったからじゃないだろう。それとこれとは別の問題だ」
「……うん。ありがとう、ダフ」
それと……と、アーサーは言葉を続ける。
「ここ最近、声が出にくいんだ。掠れてるし、いつもの声じゃない」
「ああ、それは俺も感じていた」
「体のかたちが変わってるのかな……。魔物の体になりつつあるのかな……」
ダフはキョトンとして、大声で笑った。
「なに言ってるんだ、アーサー!」
そして、アーサーの喉元をツンツンと突く。
「やっと来たんだよ、声変わりが!」
「えっ」
「ほら、ちょっと喉ぼとけが出ているぞ」
「……」
「十七歳にして、やっと声変わりが来たな! 良かったな、アーサー! ずっと子どもみたいな声がコンプレックスだったもんなあ!」
アーサーは顔を真っ赤にして、顔を両手で覆った。
「ど、どうした、アーサー!?」
「は……恥ずかしい」
「どうしてだ!?」
「いろいろ、不安になってたみたい……。それで、自分の体に起こってたこと全部魔物に近くなかったからだって思っちゃってた……。なんだ、ただの声変わりかあ……」
「だはは! そうだアーサー! 考えすぎだ! お前が思ってるよりずっと、お前は前と変わらないさ!」
そのとき、久しぶりにアーサーが笑った。照れ隠しの笑いだが、それを見た人たちはみんな、それだけのことでなぜか涙が出そうになった。
結局一睡もしなかったアーサーは、みなが寝静まったあとも町民の容態を見て、薬を与えていた。
アーサーの瞳孔は感情が昂っていない時はちゃんとヒトと同じ形をしているが、魔物のような目になっている時に手当てを受けていた患者たちは、アーサーを怖がっていた。
しかし、丸一日の看病を通して、患者たちはアーサーが心優しい少年であることを知った。
アーサーにひどい言葉を吐き捨てた患者が、薬を飲ませてくれるアーサーに声をかけた。
「ありがとなあ……」
「ううん。早く元気になってね」
「昨日、ひどいこと言ってごめんなあ」
「気にしないで。言われても仕方ないから」
「いんや……俺ぁ、すごく後悔してる……。ごめんなあ。ありがとなあ」
「……本当に、僕はお礼を言われるような立場じゃないんだ」
「あんたが魔物だってなんだって、助けてくれたことには変わらねえ」
「……たとえ僕が、王族の血を引いてても?」
それを聞いた患者はハハッと笑った。
「お前みたいなヤツが王族だったら、嬉しいねえ……」
「……」
「きっと優しい王サマになってくれるんだろうなあ……」
患者はアーサーの言葉を真に受けていなかった。冗談で言ったつもりだが、アーサーの目から涙が溢れた。
患者がアーサーの涙を指で拭う。
「泣いてるのか……? 泣くなよぉ」
「ごめんね、泣きたいのはみんなだよね」
「そうじゃねえよ。お前に泣かれちゃ、なんか胸がキュゥッと苦しくなる。ほら、泣くな、泣くな」
「うん……」
そう言う患者も、ポロポロと涙を流していた。
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