上 下
676 / 718
決戦編:裏S級との戦い

最期の願い

しおりを挟む
 洞窟に響く嗚咽。サンプソンとマデリアは、クルドの遺体の前で跪き敬意を払う。

「クルド……。君の冒険者パーティだったことは、僕の一番の誇りだ。どうか、安らかに……」
「S級冒険者パーティのリーダーとして立派だったわ……。あなたとの思い出、ずっと大切にするから……」
「カミーユも……辛いことを任せて悪かったね……」

 サンプソンは泣き崩れるカミーユの肩に手を載せた。
 カミーユは縋るようにサンプソンの腰に腕を回し、首を横に振る。

「俺がもっと強かったら……クルドはこんなこと……」
「それを言ってはいけない。クルドに叱られるよ」
「そうだな……。それに、すまねえ……まだ終わってねえんだ……」
「え……?」

 シルヴェストルの死体から、ネチネチと気味の悪い音が聞こえた。
 冒険者の視線がそこに注がれる。

「まさか……」
「ああ……俺が潰せたのは心臓いっこだけ……。それに、最後は心臓と首を同時に攻撃しないといけねえから……。まだこいつは死んでねえよ……」

 張りつめた緊張が蘇る。瞬く間にシルヴェストルの体が繋ぎ合わされ……こぼれていた長い臓器が目にも止まらぬ速さでカミーユの左腕を切り落とした。
 カミーユは咄嗟に右腕で構えていた剣で臓器を体から切り落とす。

「っ……」
「カミーユ!!」
「っ……大丈夫だ……! お前ら気をつけろ!! 死にかけてる魔物が一番あぶねえ!!」

 カミーユの言った通り、瀕死のシルヴェストルは暴走を始めた。
 刃物のように鋭い内臓を纏わせ、猛毒の血液を巻き散らす。彼の血が肌に付着しただけで、冒険者は嘔吐と眩暈に襲われる。そして肌は焼き爛れ、どすぐろく変色した。

 それだけではない。シルヴェストルが地面に落とした血液から魔物の命が芽吹き、瞬く間に成長した。数えきれないほどの、歪な形をした気味の悪い魔物が冒険者に襲いかかる。

 カミーユは意識を失ったリアーナを守りながら、他のS級は双子を守りながらそれらと戦う。倒しても倒しても、シルヴェストルが落とす血により増えるばかりだ。

「魔物は生存本能が極限まで働くと繁殖力が強まる……。そんなこたぁ常識だが……ここまでの繁殖力を持つ魔物なんざいねえぞ普通……!」
「きっとシルヴェストルは魔物を栄えさせるための特別な存在だったんだろうね。魔物の女王蜂のような存在……。じゃなきゃ、ここまで他の魔物と比べて桁違いの能力と繁殖力を持っているはずがない」

 カミーユとジルがそう唸ったのが耳に入ったアーサーは、シルヴェストルが生み出した魔物に哀れみのこもった目を向けた。

(だから君は結婚に憧れてたの……? ただ役目として魔物を生み出すことが虚しかったの……?)

◇◇◇

「あっ……」

 歪な魔物たちと冒険者が乱戦する中、遠距離で攻撃していたカトリナにシルヴェストルが襲いかかった。カトリナは咄嗟に避けたものの、そのひずみで目にシルヴェストルの血しぶきが大量にかかった。
 彼女の美しい蒼色の瞳がくすみ、視力が奪われる。
 毒に犯されふらついた彼女に、シルヴェストルの鋭い爪が襲いかかる。

「カトリナ!!」

 それに気付いたサンプソンが、カトリナのもとへ駆けつける。シルヴェストルを反撃する余裕などない。彼はカトリナに覆いかぶさり、魔物の爪から守ろうとした。

「っ……」

 しかし、何も起こらない。

「……?」

 その代わり、生暖かいものがサンプソンの背中にかかった。
 ゆっくりと顔を上げたサンプソンは、顔を真っ青にして言葉を失った。
 そこには、魔物の手が背中から覗いているジルの後ろ姿があった。

「ガハッ……」

 暴れる魔物を押さえているようだ。すぐに彼の肩甲骨あたりにもう一本の手が突き出した。
 サンプソンは絶叫した。

「うわあぁあぁっ!! ジル……ジルッ……ジル……!!」
「うるさい……っ。何回も呼ばなくても……聞こえてる……」
「ジル……! ああ、なんてことだ……! ジル……ッ!」

 ジルを助けに行こうとしたサンプソンに気付いたジルが大声を上げる。

「カトリナから離れないで!! カトリナを守れ!!」
「っ……だが君が……っ!!」
「なんのためにこんなことしてると思ってんの……!? これでカトリナに何かあったら許さないからね……っ!」

 ちがう、とサンプソンは首を横に振った。ジルがこんなことをしているのはカトリナを守るためだけではない。

「ジル……ッ。どうして僕なんかを守った……!!」
「分から……ないの……?」

 ジルはゴボッと大量の血を吐き、微かに聞こえる声を出す。

「君は……死んじゃいけない……からだ……」

 ジルは、事態に気付き助けに来ようとしているカミーユとマデリアにも叫ぶ。

「君たちも来ないで!! アーサーとモニカを守れ!! アーサーも来るな!! シルヴェストルに近づくな!!」
「クソがぁっ……! クソがぁぁぁっ……!!」
「バカッ……!」
「ジルゥゥゥゥゥゥ!! うわあぁあああぁっ! いやだ! いやだぁああぁぁっ!!」
 
 ジルの言いつけを破り助けに行こうとするアーサーを、カミーユが引き留める。

「アーサー……! やめてくれ……っ」
「カミーユ!! ジルが死んじゃう!! ジルが死んじゃうよぉぉぉっ……!!」
「すまねえ……すまねえ……っ! 俺にはもう腕が一本しかねえんだ……お前まで守れなかったら……俺は……!」
「うわぁぁぁああっ!! ジルッ! ジルゥッ……!! いやだぁぁぁあっ! やめろっ……! シルヴェストル……お願いだからやめてぇぇぇっ……! ジルは僕の……僕のぉぉぉぉっ……!!」

 アーサーの泣き叫ぶ声に、ジルがふっと笑う。

「僕は君の……お父さんになれてたかな……?」

 ジルの瞳に、七年間深く愛した少年と少女が映る。

「大切な……大切な……僕の大好きな……アーサーとモニカ……。生に執着なんてしていないつもりだった。カトリナを守るためなら、いつだって命を捨てる覚悟だった。それなのに……君たちを悲しませてしまうと思うと……こんな醜い命すら惜しい」

 ジルがどす黒い血を大量に吐いた。体内はシルヴェストルの猛毒がいきわたり、腐敗が始まっている。

「アーサー、モニカ。幼い頃に苦しんだ分、明るい未来では幸せに……」

 そしてジルの視線がカミーユとリアーナに移る。

「カミーユ……。君はゴリラだけど……良いゴリラだった」
「……良いゴリラってなんだよ……」
「君のおかげで……生きるのが楽しかったよ……もっと君と冒険したかった」
「……ッ。だったら……死ぬな……っ!」
「リアーナに伝えといて……。君はうるさくてめんどうくさかったけど……実は君と過ごす時間を気に入ってた……。君と会えなくなるのが……寂しい」
「……伝えておく……っ」

 そしてマデリアに一言。

「マデリア……。サンプソンと……カトリナを頼んだよ」
「……ええ。命にかえても」 

 最後に、ジルは背後にいるカトリナに言葉を遺す。

「僕に心を与えてくれてありがとう」

 しかし、彼の言葉は毒に犯され意識が混とんとしているカトリナの耳には届かない。
 それでもよかった。カトリナが生きてさえすれば。

 ジルの意識が遠のいていく。それをサンプソンは感じ取り、涙を流しながら叫んだ。
 
「君も死んではいけない……!! ジル……そこを離れるんだ……! 頼む……! 頼む……!!」
「……君は……カトリナを幸せにしなきゃいけない……っ。カトリナを……悲しませてはいけない……。君を失うことは……カトリナが……一番悲しむこと……っ」
「違う……違う……っ! 君は分かっていない……! カトリナが一番悲しむことは……僕を失うことじゃない……っ! 君を失うことなんだ……!!」

 ジルの背中から魔物の手が引き抜かれ、新たな穴から腕が覗いだ。

「ガァッ……ッ」
「もうやめてくれっ……やめてくれぇぇぇっ……!」
「サンプソン……ッ。君が守るのは……カトリナだけじゃ……ない……。君と同じ血を引いている……アーサーと……モニカ……彼らも……守らなきゃいけないから……っ」

 ジルは最期の力を振り絞り、頭だけ振り返り訴えた。

「君が……統治者になるんだ……サンプソン……ッ」
「……っ」

 そして、ジルの目が虚ろになった。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。