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決戦編:バンスティンダンジョン

良い子

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「そうだ。シルヴェストル、君はミモレスとセルジュ先生を知ってるんだね」
「うん。フォントメウで僕を使役してたヒトが死んでから、僕はいろんなところを旅してたんだ。そのときに、ピュトア泉でしばらく生活してた期間があって。ちょうどミモレスとセルジュが一緒に暮らしてた時だった」

 アーサーは首を傾げた。彼はミモレスの記憶を遡ったことがあるが、彼女がシルヴェストルと会っていた記憶は見当たらなかった。

「僕……、ミモレスの記憶を持ってるけど、君のことは見たことがないよ」
「当時僕は、アイラという名で、違う姿をしていたから。こんな感じの……」

 シルヴェストルが指を鳴らすと、彼の姿がまたたく間に変化した。褐色で、黒髪を後ろに束ねた少年。
 アーサーは、その子どもが時々ミモレスの家に訪れていたシーンを思い出した。

◇◇◇

『あらアイラ。また遊びに来たの? 辛いでしょう、私のそばにいるのは』
『辛くないよ。だって楽しんだもの』
『あまり無理しないでね。私の聖気はあなたに毒なんだから』
『それを言ったら、セルジュにだって君の気は毒でしょう?』
『彼は元々人間だったから大丈夫なのよ』
『……』
『あら! ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないのよ。さあ、入って。セルジュもあなたと一緒にごはんを食べるのが好きなの。我が子のように感じるのかしら。ふふ、あなたの方がたーんとお年寄りなのにね』
『きっと自分より魔物である僕を見てると安心するんだよ』
『いいえ違うわ。魔物のあなたがこんなに良い子だから、安心するのよ』
『本当かなあ』
『きっとそうよ』

◇◇◇

 ミモレスもセルジュも彼が魔物と分かった上で、共に食事をとったり薬を作ったりしていた。彼女たちは〝アイラ〟のことを、魔物としてではなく友人として接していた。特にセルジュは、彼に心を許していたようだった。

「き……君が、〝あの〟アイラ……?」
「うん。初めてだったよ。僕を使役しようともせず、ただ友人として接したヒトは」

 アーサーは困ってしまった。シルヴェストルはシャナの故郷を、シャナの家族を無茶苦茶にした張本人だ。それなのに、ミモレスとセルジュは彼との楽しい思い出を持っていた。それどころかミモレスは彼のことを〝良い子〟だと言っていた。

「……僕は、君とどう接していいか分からなくなっちゃったよ……」
「僕を使役してよアウス。僕の主人になって。僕、君の言うことならなんでも聞くよ。良い子にするよ」

 アーサーはぶんぶんと首を横に振り、もごもごと口を開く。

「だめだよ。だって君は、シャナの家族の仇なんだもん……。カミーユだって、シャナだって、みんな君のこと恨んでる。だから僕も君のことを許せないって思ってるし、仲間になんてできない……」

 シルヴェストルは、この世の終わりのような顔をして項垂れた。

「だって……その時の僕の主人が、フォントメウを滅ぼせって命令したんだもん……。使役された魔物は、主人の言うことを聞かなきゃいけないから……」

 アーサーは同情の目を向け、シルヴェストルの言葉に耳を傾けた。

「それで、主人にシャナの家のエルフたちも殺せって言われたから、みんな殺そうと思ったんだけど。夫を殺されたシャナがすっごく可愛い顔をするから、いてもたってもいられなくなって……。思わずシャナを動けなくしてから、目の前で子どもを殺したり、彼女の両親を殺したりしちゃったんだあ……。ああぁ……今思い出してもあの時のシャナは最高に可愛いなあ……」

 アーサーはすぐに、彼に同情したことを後悔した。

「それからはずっとシャナの存在が僕の生きる悦びとなったんだ。でも、それもこれも全部、僕の主人が命令したからだよ……。僕は命令に従っただけで――」

 洞窟にパチンという音が響き渡った。頬を叩かれたことに驚いて言葉を失っているシルヴェストルと、怒りで息を荒げているアーサー。

「自分のした罪を、人に押し付けるな!」
「……アウス……? どうしてそんなこと言うの? ヒトはいつだってそうだ。僕が魔物というだけで、憎しみの目を向ける……」
「君が魔物だからじゃない。君が恐ろしいことをしたという自覚がないからだ。反省の色が見えないからだ。シャナにあんなことをしておいて、君はまだ自分が悪くないって言う」
「だって主人の命令で……」
「それで君はいやいややったの? 楽しかったんでしょ? だったら人のせいにするんじゃないよ」

 アーサーはひどく冷たい目でシルヴェストルを睨みつけ、立ち上がった。

「君と話してて楽しいと思った自分が恥ずかしい。君が良い人なのかもと信じそうになった自分も」

 最奥に向かって歩き出したアーサーに、シルヴェストルが縋り付く。

「嫌いにならないでアウス! 君にそんなことを言われたら、ミモレスとセルジュにまで拒絶されてる気持ちになる! 胸が張り裂けそうだ! お願いアウス! もう一度笑ってよ。ねえ、お願い。お願い」
「離して」
「いやだ! アウスが笑いかけてくれるまで君を離さない。あいつたちの元に返さないよ。それでもいいの?」
「そうやってすぐ脅そうとする。どうして君たちは、そうやってしか人を従えることができないの」
「じゃあ他にどんな方法があるの! 教えてよ! 僕は魔物だからヒトの心が分からないんだ」

 アーサーは深呼吸をして、シルヴェストルに再び視線を落とした。

「……ある魔女はこう言ってたよ。『魔物にも心がある』って。喜怒哀楽が、魔物にはあるんでしょ」
「あるよ! あるから君に嫌われるのが悲しいんだ」
「心があるなら、感じてほしい。目の前で家族を殺されたシャナの悲しみを」

 シルヴェストルは、アーサーの言ったことが分からないようだった。
 アーサーは力が緩んだシルヴェストルの手を払い、言う。

「もし君がそれを感じることができたなら、僕は君と友だちになってあげる」
「友だち……? 使役はしてくれないの……?」
「……もし君が心から自分のしたことを悔ることができるなら、それも考えてあげる」

 シルヴェストルの表情がパッと明るくなった。対照的に、彼の表情を見たアーサーは諦めたように失笑する。

「……無理そうだね」
「え……」

 仲間の元へ戻って行ったアーサーを、シルヴェストルは呆然と眺めた。
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