上 下
606 / 718
北部編:近衛兵と過ごす時間

おかしくなりそう

しおりを挟む
ここ最近、ヴィクスの食事の量がさらに減った。食べるものは、今までよりさらに細かく刻まれた果物の欠片をたったの三つ。

(いっそのこと、早くーー)

精神的に疲弊した近衛兵は、わずかな食事しかしない彼を見て、そう思わずにはいられなかった。

ーーただ一人の近衛兵を除いて。

「殿下、お食事です」

小皿に載せられた果物の欠片を手に、ダフが寝室に入って来る。
ヴィクスはテーブルに置かれた果物を、気が進まないまま掴み口に入れた。

「あの、殿下。果物のサイズが前より小さくなっていませんか?」

「ああ。従者に小さくするよう頼んだんだ」

「ダメですよ殿下。もっと食べないといけないです。そのままだと死んでしまうと、何度言ったらーー」

「ウッ……」

「?」

ヴィクスがそっと口に手を当てたので、ダフは首をかしげて様子を見ていた。
ヴィクスは口に入れていたものを嚥下し、クスリと笑う。

「……とうとうはじまったね」

「殿下? どうされましたか」

「ダフ。この果物に毒が入っていた」

「え!?」

「心当たりはあるけど、気付かないふりをして泳がせておいて。後々必要になる存在だから」

ケホッと咳をしたヴィクスの口から、少量の血が出た。
それでもヴィクスが微笑んだまま解毒しようとしないので、ダフは慌てて彼の顔をこちらに向かせ、エリクサーを口に突っ込む。

「んっ! ちょっと、ダフ。乱暴はよさないか」

注意されても、ダフは謝るどころか怒りを滲ませた大声を出した。

「殿下!! どうして飲み込んだのです!? 口に含んだ時点で毒が入っていると気付いていましたよね!?」

「大丈夫だ。死ぬような猛毒じゃないことも分かっていたから」

「そういう問題じゃありません!!」

「……もういいよ。解毒された。離してくれるかい」

「約束をしてくれるまで離しません! 殿下、今後もしこのようなことがあれば、飲み込まず吐き出してください! いいですか!?」

「……僕だって少しくらい、苦しい思いをしてもいいだろう」

「……」

ダフは眉を寄せ、目の前にいる少年を見た。
対してヴィクスは反抗的な目をして、近衛兵を睨んでいる。

「殿下は苦しみたいのですか?」

「……」

「もう充分、苦しんでいらっしゃるじゃないですか」

「……やめてくれ」

「それ以上ご自身を苦しめて、どうするおつもりです」

ヴィクスは顔を歪ませ、ダフの手を振り払った。

「……っ、君といると、おかしくなりそうだ!!」

「殿下はもうおかしいですよ。ここ最近、前よりもずっとおかしくなりました。どうされたんですか」

「君には関係ないだろう!! 放っておいてくれ。もう、本当に……」

「放っておけないと、ずっと言っているでしょう! 殿下、あなたはーー」

ダフの言葉を遮り、ヴィクスが苦し気な叫び声を上げる。

「君たちは黙って僕を憎んでいたらいいんだよ!!」

「っ……」

自分の叫び声でハッと我に返ったヴィクスは、彼から目を背け、消え入るような声で呟く。

「頼むよ。僕を気遣わないでくれないか。君のその目、落ち着かないんだ。君といると、胸がザワつく。苛々する」

「いいえ!」

「……」

元気よく拒否するダフに、ヴィクスは頭を抱えた。
しかしダフは、さらに大きな声で彼に話しかける。

「気遣われたくないなら、気遣われるようなことをしないでくださいませんか、殿下!」

「……なんて口の利き方をするんだろう、君は、いつも……」

「殿下! 憎まれたくて、今まで俺たちに罪のない人を殺させていたんですか!」

「……ああ、そうだよ」

諦めの混じった声でしたヴィクスの返事に、ダフはこれ見よがしにため息を吐く。

「それなら、無意味なのでおやめいただきたいです! 俺はもう理不尽に人を殺したくありません!」

「やめないよ」

「いいえ! おやめください! なぜなら、俺はあなたを憎めないからです! 例えあのようなことをさせられたとしても」

「……そのようだね。君だけは、前と変わらず僕と接するんだから。食事を気遣い、やたらと話しかけ、聞いてもいないのに学友の話をする……」

「一か月前からめっきりそのようなお話を聞かれなくなりましたが、本当はお聞きになりたいんでしょう? 俺は知っていますよ。興味のないふりをしていますけど、俺が勝手に学友の話をしているとき、手を止めてずっと耳を傾けていらっしゃいます。特に、アーサーとモニカのこととなると、夢中になっていますよね」

「はあ……」

「殿下。あなたがわざと悪政を働いているのは知っています。本当はそれもおやめいただきたいですが……」

「やめないよ」

「はい。これに関しては、殿下にもお考えがあるのでしょう。あなたは心優しい方です。誰よりも傷つきやすい方です。それでも人を苦しめるようなことをしているのは、理由があるのでしょう」

「……」

「ですが、俺たちにまでわざと憎まれようとしないでください。俺は、何をされたって、あなたの味方でいます。だって俺はあなたの近衛兵なんですから」

「本当にもう、やめてくれないか……」

顔を覆うヴィクスの頭に、ダフは遠慮がちに手を乗せる。普段なら殺されそうなものだが、相当参っているのか、ヴィクスは何も言わなかった。ダフはそのまま頭を撫でる。

「やめません。苦しみは、分かち合うものです。あなたの苦しみは、一人で抱え込むには大きすぎるものです。俺たちに支えさせてくれませんか。好きでいさせてもらえませんか」

「君といると、おかしくなるんだよ。僕は君のような人と接したことがないんだ。どうしていいのか、分からなくなる……」

「大丈夫です! 殿下はもとからおかしいですから!」

「……君、さっきからひどいことを言っているね。殺されたいのかな」

「いいえ、殺されたくありませんもちろん!」

「あまり調子に乗っていると……」

「殿下。ご自身で気付いていませんね? あなたはこのような会話をしているとき、少し嬉しそうなんですよ」

「まさか、そんなわけないだろう。怒りで狂いそうだよ」

「いいえ。嬉しいから、〝おかしくなりそう〟なんでしょう?」

「……」

「他の者には見せたくないなら、せめて俺にだけは見せてみませんか。みんなに内緒で、たくさん学友の話を聞きませんか? 辛いことも、苦しいことも、こっそり吐き出してみませんか?」

「……まるで、悪魔の囁きのようだよ」

ヴィクスがそう呟くと、ダフはガハガハと笑い、彼を抱きしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。