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北部編:白い伝書インコ

白い伝書インコ

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◇◇◇

学友と夕食を食べていたジュリアの肩に、一羽のインコが留まった。

「ジュリア様、肩にインコが」

「あら、誰からかしーー」

インコの毛色に、ジュリアは怯えたように息を飲んだ。彼女は食べかけの料理をそのままに席を立ち、誰もいないリリー寮の寝室へ早足へ向かう。

そのインコは躾がよくされていた。ジュリアが「どうぞ」と言うまで、一言も口を開かなった。

《ヴィクスサマヨリ オテガミ》

「……」

ジュリアは震える手で、インコが背負っている小さなアイテムボックスを開いた。中には臣下が代筆した、ヴィクスからの手紙が入っていた。

----------------

ジュリア殿下

ヴィクス殿下より伝言です。
しばらくしたら王都で悲しい噂が流れますが
全て虚偽のものですので、くれぐれも信じないでください。

また、あなたさまの未来の近衛兵を
しばらく借りるとのことです。

以上です。

お体、ご自愛くださいませ

----------------

手紙を読んだジュリアは、「はぁぁぁ……」と声を漏らし、力なく床に崩れ落ち、その手紙を抱きしめる。

「良かった……ご無事で済んだのね……。今回ばかりは、例えあの方たちでもご無事では済まないかと……」

ジュリアは、安堵のため息と共に流れた涙を指で拭う。そして窓に向かって跪き、祈るように指を組んだ。

「アーサー様……モニカ様……どうか……」

「ジュリアお姉さま……?」

「っ!!」

背後から声が聞こえ、ジュリアは驚きのあまり風魔法を放ってしまった。ドアに誰かが叩きつけられる音と、「ぐえぇっ!」という聞き覚えのありすぎる声が部屋に響き渡る。

ドアに貼り付けにされていたのは、ウィルクだった。

「……ウィルク。どうして女子の寝室にあなたがいるのかしら? ヴィアンナ先生に言いつけるわよ」

「だ、だって……お姉さまが……王族のインコを見て血相を変えて食堂を出たので……っ、気になって……」

「まあ、悪趣味。そんな、食事をしている私のこともじっと見ているの? 気持ち悪いわ」

「いつもは見てませんよ! 王族のインコが気になっただけです! それよりも、風魔法を解いてくださいよ……息ができないです……っ」

「……」

ジュリアはしかめっ面のまま風を止ませた。ケホケホと咳き込んでいるウィルクの前に仁王立ちし、冷たい目で見下ろす。

「それで、コソコソあとを付けて、私の独り言をこっそり聞いたの?」

「……」

「本当に、あなたはお母様のおなかの中からやり直した方がいいわね」

「……」

ウィルクがムッとした顔で姉を睨みつけ、ジュリアが持っていた手紙を引ったくった。

「あっ! 返しなさい!!」

「上手に隠しているつもりでしょうが、僕には丸わかりでしたよ、お姉さま。あなたはずっと、コソコソとお兄さまとやりとりをしていますね」

「……」

「どうせ僕の悪口でも言っているんでしょう! 分かってますよ!」

「……ばかばかしい」

この程度の考えしか持たないウィルクに、この手紙の内容を読ませても意味が分からないだろうと、ジュリアは手紙に目を通すウィルクを放っておいた。
ジュリアが呆れ果ててため息交じりに窓を眺めていると、手紙を読み終えたウィルクが顔を上げる。

「読み終わったかしら? 返してちょうだい」

「……」

「なに? まだ何か言いたいことがあるの?」

「……どうしてこれを読んだ後に、お兄さまとお姉さまの名前が出てきたのですか?」

「……」

ジュリアは舌打ちをした。

「あなた、さては始めからあなたの悪口が書かれているなんて、思っていなかったわね」

「はい。バカを演じないと、お姉さまは手紙を読ませてくれなかったでしょうから」

「やられたわ。いつからそんな賢くなったのかしら」

ウィルクは応えず、ジュリアに詰め寄る。

「お姉さま。お答えください。どうしてこの手紙を読んだ後に、アーサー様とモニカ様のお名前を出されたのですか?」

「……」

「この内容が、お二人に関係しているということですよね?」

「……」

「ヴィクスお兄さまが、〝ただのE級冒険者〟であるあのお二人をご存じなわけがない。王都で〝ただのE級冒険者〟の噂が流れるはずがない。お姉さまも、そう思いませんか?」

黙り込むジュリアの肩を、ウィルクが強く掴む。

「もしかして、ジュリアお姉さまも、ヴィクスお兄さまも、おのお二人の正体に気付かれていたのですか!?」

「……」

「そして今までもずっと、彼らの動向を追っていたのですか!?」

「……」

「お答えください、お姉さま!!」

それでも、ジュリアはウィルクから目を背け、頑なに口を開かない。

「……先ほどのお姉さまの呟き。まるでお二人にずっと危険が及んでいるような言いぶりでした。まさか……お姉さまとお兄さまは、アーサー様とモニカ様を危険な目に遭わせていたのですか!?」

「……」

沈黙を肯定と受け取ったウィルクは、ギリギリと歯ぎしりをした。

「そんな……。あなたたちは……お二人の命を狙っていたのですか!?」

「ちがう!!!!」

たまらず、といった様子だった。
ジュリアは大声でそう叫び、キッとウィルクを睨みつける。
だがウィルクも負けずに姉を睨み、息を荒げている。

「もしお二人に対して何か企んでいるのなら、例えお姉さまでも、お、お兄さまでも……許しませんよ……!」

「何も知らないくせに、えらそうなこと言うんじゃないわよ!!」

ジュリアの平手打ちがウィルクの頬に飛んできたが、ウィルクはそれでも微動だにせず、姉の胸ぐらを掴む。

「ええ、僕は何も知りませんよ。それでも、一番大切なことを知っています。あのお二人が僕たちの家族だということを」

ウィルクは、ジュリアと額がくっつきそうなほど顔を近づけ威嚇する。

「僕のことを一番大切にしてくれているのは、あのお二人です。それはお姉さまもご存じでしょう。僕にとっては、一番の家族なんですよ。それを奪おうとするのなら、あなたと敵同士になっても構わない」

ウィルクの言葉を聞いたジュリアは、ポロッと涙を一筋流した。
そして、か細い声で弟に尋ねる。

「あなたは、アーサー様とモニカ様のためなら、私を敵に回しても構わないと?」

「はい。僕があの方たちを守ります」

「残念だけど、あなたはあの方たちの100倍弱いんだから、逆に守られてしまうわよ」

「そ、そんなことは分かっています! それでも、守ります!!」

「例えヴィクスお兄さまを敵に回しても?」

「は……はい……」

「自信がないようだけど」

「い、いえ!」

「ということは、お母様やお父様を敵に回してもいいということね?」

「……」

言葉に詰まったウィルクに、ジュリアは失望が混じる小さなため息をついた。
しかし、ウィルクはぷるぷる震えながらも、こう答える。

「……不思議ですね。ずっと一緒に暮らしていた両親よりも、たった一年足らず一緒に過ごしたあのお二人との方が、言葉を交わした回数が多いなんて」

「……」

「受けた愛情は、天と地との差……。たとえお父様やお母様と対立したとしても、お二人を守りたいと思ってしまった……」

「親不孝者」

ジュリアはそう言って、ウィルクの股間に蹴りを入れた。

「ふぐぁぁっ!」

床にうずくまったウィルクを蹴って寝転ばし、彼の腹に足を乗せる。

「ウィルク」

「……はい」

「あなたに、悪役になる覚悟はあるかしら?」
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