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2巻

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 プロローグ



 青い空と新緑の木々が、日を重ねるごとに色味を失っていく。
 灰色の空、を揺らす木々、そして立ち並ぶ赤レンガの家々に、茶色のガウンを羽織はおった住民。秋のポントワーブの町は、まるでセピア色の思い出の中に閉じ込められたかのようだった。
 仕事帰りの少年がふと顔を上げると、色褪いろあせた服を身につけた同い年くらいの子どもが二人、宿屋の窓辺に腰かけて外をながめていた。
 二人とも銀髪で、遠目で見るとそっくりな顔立ちをしている。
 少年と目が合った彼ら――双子の兄のアーサーと妹のモニカは、にっこり笑って手を振った。

「あ、ユーリだ!」
「ユーリ! お仕事終わったのぉー?」

 ユーリと呼ばれた少年は、彼らに手を振り返して答える。

「うん! 今帰りだよ。そうだ、ボルーノ先生が、そろそろエリクサーをおろしに来てほしいって言ってた」
「分かった! 明日行くねー」

 ボルーノはこの町で薬屋をいとなむ老人で、ユーリはそこで働いている。

「それと、父さんが冒険者ギルドに来いって言ってたよ」

 ユーリの言葉に、アーサーとモニカは窓から身を乗り出した。二人とも興奮して、顔を紅潮こうちょうさせている。

「カミーユ、帰ってきたのぉ!?」
「今から行っても大丈夫かなあ!?」
「ついさっき帰ってきたみたい。薬屋に顔を出してくれたんだけどね、パーティのみんなも元気そうだったよ。君たちに会いたくて仕方ないって顔してたから、会いに行ってあげて」
「行くぅー!!」

 アーサーとモニカが黄色い笑い声を上げて窓辺から離れる。
 誰もいなくなった窓を、ユーリは目尻を下げてしばらく眺めていた。

「まるで、主役が抜け出した絵画みたいだ」

 すぐに、その主役が宿屋のドアから勢いよく飛び出てきた。
 ユーリにハグの挨拶をして、カミーユがいるであろう冒険者ギルドへ向かって走っていく。
 銀色の髪がふわふわと揺れる後ろ姿にしばらく見惚みとれていたユーリは、ハッと我に返り、帰路についたのだった。


「アーサー! モニカ! こっちだ!」

 冒険者ギルドに入ってきたアーサーとモニカに、ユーリの父であるカミーユが声をかけた。彼の低くて野太い大声は、遠く離れていてもよく聞こえる。
 カミーユと同じテーブルには、彼の冒険者パーティのメンバーであるリアーナ、カトリナ、ジルも同席していた。

「みんな! 久しぶりぃ!」
「会いたかったよぉぉぉ!」

 そう言いながら、アーサーとモニカがカミーユに飛びついた。小柄な少年と少女がしがみついてもまだ余裕があるほど巨体の彼は、国内で三本の指に入るほど優秀なS級冒険者パーティのリーダーだ。
 溺愛できあいしている双子に抱きつかれたカミーユは、「んっ」と目をつぶり、くちびるをキュッと締めた。
 いかつい顔をしているゴリラのような大男が、鼻の下が伸びてしまわないよう必死に我慢している様に、パーティの三人が肩を震わせている。

「ぎゃはは! ほんっとにカミーユはこいつらのことが好きだなあ! きもっちわり!」

 ついにメンバーの一人――リアーナが、噴き出してゲラゲラと笑い出した。彼女はカミーユパーティの魔法使いであり、ムードメーカーでもある。

「うん。気持ち悪いね。とても気持ち悪い」
「あらァ。そんなこと言っているけど、ジル、あなた鼻血出てるわよォ?」
「あ」

 鼻血を垂らしているジルに、カトリナがレースのハンカチを手渡した。


 猫背で仏頂面ぶっちょうづらのジルは、細身でえない見た目をしているものの、カミーユパーティの盾としてなくてはならない存在だ。無口で愛想はないが、実は彼もカミーユと同じくらい双子を溺愛している。
 そして、座っているだけで、通り過ぎた人が顔を赤らめてしまうほどの美貌びぼうの持ち主であるカトリナは、パーティのサブリーダーを務める弓使いだ。
 そんな個性的なメンバーで構成されたカミーユパーティは、冒険者のあこがれとして、また、変わり者の集まりとして、ポントワーブの町で有名だった。

「つーかお前ら、まーだその服着てんのか!」

 カミーユがあきれた様子でアーサーとモニカの身につけている服を引っ張った。
 双子の服は、もはや何色だったか分からないほど色褪せている。その上、ほつれや、破れ、洗っても落ちなかったのだろう魔物の血のシミなどが、あちらこちらにあった。

「……このボロ雑巾ぞうきん、お前らが町に来た時に買った服だよな?」
「うん! 三年前に買った服だよ!」
「でも三着あるから、ちゃんと毎日洗ってるよ~!」
「三着ぅっ!?」
「お、お前ら、この三年間、たった三着をずっと着回し続けていたのか……?」

 驚くS級パーティに、アーサーとモニカは「えっ、変かな……?」と不安げな顔をした。
 カミーユはため息をつき、そんな二人の頭をでる。

「まあ、こいつらのちから考えると、仕方ねえか……」

 彼の言葉に、リアーナ、カトリナ、ジルは神妙しんみょうな表情を浮かべる。
 バンスティン国の国王と王妃の間に生まれたアーサーとモニカ。双子である彼らは、不吉の前兆として恐れられ、生まれたその日から牢獄ろうごくへ閉じ込められた。幾度となく企てられた暗殺から生き延び、度重なる虐待ぎゃくたいを受けても死ななかった彼らは、六歳の時に魔物が棲息せいそくする森の奥深くへ捨てられてしまう。だが、極めて高い身体的な基礎能力を持つアーサーと、並外れた魔法の素質を持つモニカは、その能力と持ち前の前向きさで、二人で力を合わせて厳しい森での生活も生き抜いた。
 三年前からこの町で暮らし始めた双子は、冒険者兼薬師くすしとして徐々に町に馴染なじんでいったものの、幼少時代の十年間を牢獄や森で生活していたせいで、普通の人と感性や考え方にズレがある。常識なんて、ほとんど知らなかった。
 たとえば、先ほどカミーユが指摘した、ボロボロの服を三年間着回していたことに関してもそうだ。
 牢獄時代では、服のサイズが合わなくなるまで年単位で着替えさせてもらえず、森では四年間同じ服を着続けていた双子にとって、三着を洗濯しながら着回せれば充分だった。
 たとえそれが三年間着続けてボロ雑巾のようになっていても、けたり大きな穴が空いたりしていないので、そもそも買い替えるという考えに至らなかった。
 事情を察したカミーユパーティの面々は、困ったように眉をひそめ、互いに目配めくばせする。そして、四人は小さくうなずいた。

「お前ら、明日は暇か?」

 カミーユが尋ねると、アーサーとモニカは飲んでいたジュースから口を離してニパッと笑う。

「うん!」
「暇ー!」
「よし、じゃあ明日は俺らに時間くれ。丸一日な」
「え! いいの? カミーユたち、忙しいのに!」
「教会のことで大変でしょ?」

 遠慮する双子の背中を押すように、リアーナが大袈裟おおげさに反応する。

「大丈夫に決まってんだろぉ!? 教会解体の仕事はほとんど片付いたからな! 当分ポントワーブでゆっくりできるんだ! むしろ、お前らと遊べて嬉しい! な!? うれしいよなあ、ジル!!」

 突然話を振られたジルは、ビクッと体を強張こわばらせる。

「どうして僕に聞くの? まあ正直に言えば嬉しいけどそれを本人の目の前で言わせないでよ恥ずかしい。アーサーとモニカに気持ち悪いって思われたらどうするの」

 ジルはいつも早口な上にボソボソとしゃべるので、何を言っているのか双子にはほとんど聞き取ることができない。しかしリアーナはしっかり理解したようで、ガハガハ笑って彼の背中を叩いた。

「そういうことで、明日は私たちとショッピングに行きましょうねェ」
「「やったー!!」」

 カトリナの提案に双子は大喜び。「どこ行くの!?」「なにするの!?」と質問攻めにされたカミーユは、鬱陶うっとうしそうに耳に指を突っ込んだ。

「明日のお楽しみよォ」

 カトリナがうまくなだめ、双子はようやく落ち着いた。
 アーサーとモニカの生い立ちを知る一握ひとにぎりに含まれるカミーユパーティは、今では彼らの親代わりと言ってもいい立場だった。

「そうだ! みんな聞いて!」

 お出かけの話が落ち着いた頃を見計らい、アーサーがもどかしそうにウエストポーチをまさぐった。
 このポーチには空間魔法がほどこされていて、見た目からは想像できないほど大量の物が入る。通称、アイテムボックスと呼ばれるものだ。
 ようやく探していた物を見つけたアーサーは、二枚のカードを見せびらかす。

「じゃーん! 僕たち、F級冒険者になりましたー!」
「すごいでしょー!」

 アーサーとモニカが手にしている冒険者カードには、しっかり〝F級〟と記載されていた。
 カミーユたちは「おぉ~」と感嘆かんたんの声を漏らす。
 教会事件以降、双子は約一年かけてコツコツと冒険者ギルドのクエストをこなしていた。そして先日、やっとクエスト完了証明書が百枚集まり、G級からF級へ昇級できたのだ。

「ちょいちょい町からいなくなると思ったら、クエストに行ってたんだね」
「よく働く子たちねェ」

 ジルとカトリナにめられて、双子がだらしなくほおゆるめた。
 しかしリアーナは、不思議そうに首をかしげる。

「お前ら、エリクサーの収入だけで充分食っていけるだろ? なんでクエストまで受けるんだー?」

 エリクサーとは、双子だけが作ることができる回復薬だ。モニカの上質な回復魔法と、その効果を最大限まで引き出すアーサー特製の薬によって作られるこの薬は、一般的なポーションの約五倍の回復効果がある上に、状態異常回復までできる優れものだ。しかも大銀貨二枚と安価なため、エリクサーを求めて隣町となりまちからわざわざ買いに来る冒険者もいるほどだった。
 エリクサーの収入だけでも一ヵ月で白金貨六十七枚は堅い双子が、命の危険をともなう冒険者業を未だに続けているのは、カミーユたちにとって不可解なことだった。
 アーサーとモニカは目を見合わせて、もじもじと答える。

「だ、だって……」
「四人みたいに、かっこいい冒険者になりたいから……」

 それを聞いたカミーユは、思わずひたいに手を当てる。
 カトリナは「あらあらァ」と両手で頬を包み、ジルは顔を覆って双子の愛らしさにもだえ、リアーナは「かわいい~~!!」と足をバタバタさせた。

「あ、あとねっ、もうひとつ言いたいことがあるんだ~!」
「えへへ~みんなびっくりすると思うなあ」

 これを一番言いたかったのか、双子はそわそわしている。
 二人が期待に満ちた目でチラチラと視線を送るので、カミーユは面倒くさそうに「おー気になるー、なんだなんだー?」と棒読みで尋ねた。

「えへへ! 実は、家を買っちゃいました~!!」
「「「「はぁーーーー!?」」」」

 予想だにしなかった答えに、カミーユたちは大声を上げた。

「ちょっ? はっ、はあぁ!?」
「いやいやいや! 服買う前に家買ったのかお前ら!?」

 語彙力ごいりょくを失ったカミーユと、真っ当なツッコミをするリアーナに続き、カトリナとジルも口をあんぐり開けて双子に声をかける。

「思い切ったわねェ~!」
「どうしてまた急に?」

 カミーユたちの良い反応に大喜びのモニカとアーサーは、ケタケタ笑いながら答える。

「わたしたちの夢だったの!」
「二人の家を建てて、この町を本当のふるさとにすること!」

 くぅ……と、また大人たちが押し黙る。チラチラと垣間見かいまみえる双子の暗い過去に、皆胸が痛んだ。
 カミーユは二人の空になったグラスにオレンジジュースをそそぎ、優しい声を出す。

「そうか。そうだな。よかったな、夢が叶って」
「「うん!!」」
「新築か? それとも中古か?」
「新築! 僕たち一年前くらいから大工さんに相談しててね! もう着工してるんだー!」
「びっくりさせたくて、今まで内緒にしてたのー!」

 本当は完成してから報告しようと思っていたのだが、久しぶりにカミーユたちに会えたことが嬉しくて、我慢できなくなったようだ。一度言ってしまえば、たがが外れてどんどん話してしまう。

「カミーユ、聞いて! 家にね、調合室を造ってもらうんだよ」
「あとね、お庭にスライム養殖所も造るのー!」

 それにね、それにね……と、どのような家を建てる予定なのかを、アーサーとモニカは身振り手振りを付けて説明した。
 よほど楽しみなのか、二人の話はなかなか終わらない。それでもカミーユたちは、双子が話したいだけ話させてやった。

「あとはね、みんなに来てもらえるように、大きいダイニングルームも造ってもらうんだ!」
「客室も二部屋造るのー! 一部屋にベッドを二つずつ置いて、カミーユたちがいつでも泊まれるようにするんだよ」

 アーサーとモニカの話を、相槌あいづちも打たずに静かに聞いていたジルが、吐息といきと共につぶやく。

いとしい」
「ジル、声に出てるわよォ」

 カトリナに注意され、「あ、ごめん」と小声で謝るジル。二人のやりとりを見ていたリアーナは、笑いをこらえて双子に尋ねた。

「それでー? どこに建ててるんだー?」

 アーサーはすぐには答えず、もぞもぞと体を動かしている。

「えっと、えっとね」
「?」
「……カミーユの家の近くなんだ」
「……」

 黙り込むカミーユパーティ。
 嫌がっていると勘違いしたモニカは、弁解するようにあわあわと言葉を並べる。

「えっと、あのね、わたしたち、カミーユのおうちの近くに住みたくてっ。でも歩いて五分くらいのところだから、そこまで近くないの。……本当はもっと近くに建てたかったけど、空いてる場所がなくて」
「ご、ごめんねカミーユ。勝手にそんなところに建てて。め、迷惑だったよね」

 しかられると思っているのか、アーサーは今にも泣きそうな声でカミーユに謝った。
 カミーユはハァーと深く息を吐き、椅子にもたれかかる。

やしないてぇ」
「カミーユ、珍しく本音ほんねが声に出ちゃってるわよォ」
「っ」

 その後も六人は、夜がけるまで楽しく談笑を続けた。
 冒険者ギルドに、カミーユとリアーナのバカでかい笑い声が響き渡る。空のジョッキがどんどん増えていき、最終的にはビールだるごと購入してテーブルの隣に置いた。
 久しぶりにカミーユパーティに会えて嬉しかったのか、双子は夜半を過ぎても帰ろうともせず、気が付けばテーブルに頭を乗せて眠っていた。
 しばらく双子の寝顔を眺めていたカミーユたちは、最後のビール樽が空になったタイミングで席を立つ。
 双子を背負い、宿屋まで運んだカミーユとジルだったが、気持ちよさそうに眠る双子の寝顔が可愛かわいすぎて、なかなかベッドから離れられなかった。薄暗い部屋で、大の男が二人揃って無言で子どもを見つめている姿はあまりに不気味だ。結局二人は、様子を見に来た宿屋のおばあさんに、首根っこをつかまれて宿から追い出されたのだった。


 翌朝、アーサーはドアをノックする音で目覚めた。
 布団から顔を出すと、宿屋のおばあさんが部屋へ入り、タオルや石鹸を替えているところだった。

「おばあさん、おはよう」
「おや、起きたのかい。昨日は夜遅くまで遊んでたね」
「うん。カミーユたちが帰ってきたから、冒険者ギルドでお喋りしてた」
「だろうね。昨晩カミーユとジルがあんたたちをここまで運んだんだけどね、酒臭くてかなわなかったよ。きっとあの後、カミーユはシャナに怒られただろうねえ」

 シャナとは、カミーユの妻で、ユーリの母であるエルフだ。
 彼女に説教されているカミーユを想像して、アーサーと宿屋のおばあさんはクスクス笑った。

「それで? あんたたち、今日の予定は?」
「今日は、カミーユたちとショッピングに行くんだー! あ、その前に薬屋に行く予定!」
「そうかい。じゃあ、あんたたちが出かけている間に、部屋の掃除をしといてあげるよ。あと、ボルーノのじいさんに渡すものがあるから、預かってくれるかい」
「もちろん! 先生ね、おばあさんの作る茶葉が大好きって言ってたよ!」
「ふん。爺さんが作った方がおいしいに決まってるのにねえ。どうしてか私に作らせるんだ」

 おばあさんは口ではそう言っているが、まんざらではなさそうだ。
 アーサーが答えずにニコニコしていると、仕事を終えたおばあさんは「モニカが起きたら朝食を取りにおいでよ」と言い残して、部屋を出て行った。
 隣で眠っているモニカを起こさないように、アーサーはそっとベッドから下りた。窓の縁に腰かけて、ポントワーブの町並みをぼんやりと眺める。
 この町で秋を迎えるのは三度目だ。今ではご近所さんの顔はほとんど覚えたし、ご近所さんも双子のことを知っている。今もアーサーに気付いた住民が、彼に向かって手を振った。

「ん~……。アーサー、おはよう」
「おはよう、モニカ」
「また外を見てるの?」
「うん」

 大きなあくびをしながら、モニカも窓から町を見下ろした。
 微笑みを浮かべて外を眺めるアーサーは、妹と手をつなぎ、呟いた。

「好きなんだ。この町のこと」


 支度を済ませた双子は、薬屋へ向かった。アーサーとモニカは、十一歳の時から約二年間、この店で働いていた。店主のボルーノはよわい八十を超えたおじいさんで、今はユーリが売り子として働いている。
 双子が入店すると、女性客に囲まれていたユーリの表情がパッと明るくなった。

「アーサー、モニカ。いらっしゃい!」
「おはよう、ユーリ!」
「先生呼んでくれる?」
「うん。ちょっと待っててね」

 しばらくして、ボルーノが杖をつきながら売り場に出てきた。アーサーが宿屋のおばあさんから預かった茶葉と、エリクサーが四千五百本入ったアイテムボックスを手渡すと、ボルーノは満足げに笑う。

「よう来たのう。在庫が切れそうじゃったから、助かったぞい」
「もっと卸せるよ、先生! あと一万本くらいいらない?」

 是非とも買い取ってくれと言わんばかりに、アーサーはアイテムボックスのかぶせを開けた。中にはゴロゴロと山ほどのエリクサーが転がっている。
 ボルーノはそれから目をそむけ、あわててかぶりを振る。

「いらんいらん! これ以上、わしの店にどこの誰かも知らん冒険者が押し寄せるのは勘弁じゃて」
「そう言わずにぃ~……」
「お前さんらの取り分は自分でさばくんじゃな。ほれ、代金の白金貨六十七枚と、金貨五枚じゃ。それと、こっちの金貨一枚は、宿屋のばあさんに渡しておくれ」

 硬貨がたっぷり入った麻袋をアイテムボックスに放り込み、アーサーはしばらくボルーノと雑談をした。薬調合についての相談をすると、彼は丁寧に教えてくれた。
 その間、モニカはユーリとお喋りをする。

「ユーリ! 今日もお客さんに大人気だね!」
「男性客は、モニカが恋しいみたいだよ」

 双子が薬屋で働いていた時、アーサーは薬師として、モニカは売り子として働いていた。彼女の明るく元気な接客は、特に男性客や年配のお客さんに人気だったのだ。
 ユーリの言葉が嬉しかったのか、モニカはへにゃんと目尻を下げた。

「もう、ユーリは褒めるのが上手なんだから。えへへ」
「本当のことなんだけどなあ」
「あっ、そうだ。薬草とポーション、買ってもいい?」
「もちろん。いつもの薬草かな? ポーションは何本にする?」
「いつもの薬草! ポーションは二十本お願いします!」

 会計を済ませたモニカが、ユーリと一緒に兄のもとへ戻った。
 アーサーは、クエストで採集した薬草や魔物素材の余りをボルーノに卸しているところだ。
 新鮮な素材を購入できて、ボルーノは嬉しそうだ。

「今回もこれまたたっぷりだのぉ」
「クコの実がたくさんってたから、多めに採ってきたよ! あとこれ、大ムカデの毒を抽出したんだけど、何かに使えないかなあ!?」

 アーサーが目を輝かせてどす黒い液体がたっぷりと入ったびんを渡そうとするが、ボルーノは「い、いや、薬には使えん……」と丁重に断った。兄の横でモニカがムスッとしている。

「先生、聞いてよ。アーサーったら、大ムカデにわざとまれるのよ。信じられる? 自分より大きいムカデがグルグル体に巻き付いてるのに、ずーっとニコニコしてるの」
「いやぁー、期待してたより毒が弱くて、がっかりだったよ」

 ため息交じりにアーサーが呟くのを聞いて、ボルーノは「うげぇ」と顔をしかめた。

「毒のどこがそんなに良いんじゃ……。のうモニカ、お前さんの兄は、どこで嗜好しこうゆがめてしもうたんじゃ?」
「最初は苦しくて泣いてたような気がするんだけど、三歳になった頃には毒を飲んでも無理に笑うようになって、四歳になってからは嬉しそうにめるようになってたと思う。あんまり覚えてないけど」
「す、すごい経験をしたんだね……。いたたまれないよ……」

 ユーリがアーサーに同情の目を向けた。モニカもあわれな兄をぼうっと眺めたあと、助けを求めるようにボルーノに尋ねる。

「ねえ先生。毒が嫌いになる薬はないの?」
「残念ながらないのう……。死ぬまであのままじゃろうて」
「そっかあ。そうだよね……」

 三人は同時にため息をつき、再び目の前にいる少年に視線を送る。
 しばらく呆然ぼうぜんとしていたアーサーだったが、たまらず大声を上げた。

「ちょっと! 三人して僕をそんな目で見ないで!?」


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