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北部編:王城にて

シリルの心労

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近衛兵は主人の傍を片時も離れない。ヴィクス王子が眠るときも、入浴するときも、用を足すときも、ドアの後ろで彼らが立って待っている。代わる代わる休息を取りながら、最低二人は常に王子の護衛をしていた。

ヴィクス王子はよく働く。
早朝から執務室にこもり臣下と会議をする。それが終われば国王や王妃と言葉を交わし、今後の政策などを話し合う(と言っても、ほぼ国王と王妃が、デレデレとヴィクスの話を聞いて頷いているだけだったが)。

昼からは再び執務室に籠り、領主や他国から送られてきた書類に目を通し、押印をしたり、返事を書いたり、暖炉に放り込んだりする。来客があれば応対し、顔を見たいというくだらない理由で王妃に呼び出されても、ヴィクスはすぐさま彼女の元へ足を運んだ。

一見勤勉で仕事のよく出来る王子のように見えたが、していることは悪政に次ぐ悪政と、それはもうひどいものだった。学院で帝王学を学んでいる自分たちの方がよっぽど良い政治ができるのではないかと、近衛兵の全員が思ったほどだった。

◇◇◇

ダフとシリルが護衛をしていたある夜のこと。
国王と王妃と共に過ごす晩餐を終え食事室を出たヴィクスに、ダフが思わず声をかける。

「あの……殿下」

「ん? どうしたんだい、ダフ」

「その……。殿下は、食事が嫌いなのでしょうか」

ダフの質問にヴィクスは足を止める。
ただでさえ王子に跪きもせず声をかけるという無礼を働いた上に、あまり触れてはいけないような気がする話題に、シリルは(何してるのダフーーーー!)と心の中で絶叫した。

「どうして?」

「俺……私がここに来て一週間が経ちました。この一週間で殿下は、私の一食分の食事しかとっていません。その、非常に心配で……」

「心配してくれてありがとう。大丈夫、少食なだけだから」

「しかし……。朝も昼も飲み物だけで、夜は陛下や王妃殿下に気付かれないよう、こっそり料理を床に落として食べるふりをしているだけで、一口も召し上がらないですし……。召し上がるものといえば、毎日果物の欠片をみっつだけ……。さすがにお体に……」

(ダフーーーーー! 死にたいの!? ねえ、たった一週間でどうして自ら死にに行くのぉーーーー!?)

シリルがダフの死を覚悟した時、ヴィクスがくすりと笑いダフと向き合った。

「ダフ」

「はい!」

「僕のことが怖くないの?」

「怖いです! でも心配なので、いてもたってもいられませんでした! すみません!」

「おや。僕の目の前で、僕のことを怖いと言った」

(あ、俺死んだな)

(死を悟るのが遅すぎるよダフゥゥ……)

しかし予想外にも、ヴィクスは楽しそうにクスクス笑うだけだった。

「君は正直で良い子だね。人に好かれるだろう」

「あ、はい。女にも男にも好かれます」

「ふふ。想像がつくよ」

「え、あれ。……えっと、あれ?」

「どうしたんだい?」

「あの、その、それだけ、ですか……?」

「?」

「えっと、てっきり首をはねられるかと……」

(ダフゥゥゥ……)

余計なことを言うなと、シリルはダフの背中を強くつねった。それでハッとしたダフは(またやってしまった……)と唇を噛みぷるぷる震えた。

ヴィクスは近衛兵二人を交互に見ただけで何も応えずに歩き出したかと思えば、ふと立ち止まり顔だけを彼らに向ける。

「君たちは本来ジュリアの近衛兵になるはずの子たちだ。今は僕が一時的に借りているだけ。だから殺さないよ。ジュリアに感謝するといい」

「……」

「さあ、早く寝室に戻ろう。今日は働きづめで疲れたんだ」

ヴィクスが寝室にこもったので、ダフとシリルが部屋の外で見張りをする。王子と離れられて安堵のため息を吐くダフの足を、シリルが思いっきり踏みつける。

「いだっ!」

「ダフ! ほんとに気を付けて! 何度君が死ぬかと思ったか!」

「すまんすまん! そんなに怒るなシリル!」

「怒るよ! だって君がやらかしたら、僕が君の首をはねないといけないんだよ!? そんなの嫌だよ!」

「すまない! でも、もう大丈夫だな! ジュリア様のおかげで、俺たちはそう簡単には殺されないぞ!」

「そんなの分からないよ!? この一週間で、王子が何人の従者や臣下を処刑してると思ってるの!? 僕たちだっていつ首をはねられてもおかしくないんだから!」

「そうだが……、俺は殿下があまりにも食べなくて心配でだなあ……」

「殿下の体型を見たら分かるでしょ? 彼、明らかに拒食症だよ。それに多分、味覚がないよ」

「なんだって!?」

驚いて大声を出すダフに、シリルは呆れてため息を吐く。

「気付いてなかった? 殿下は物を口に含んでいる時、すごく不快そうな顔をするでしょ。えずいている時もあるよ。飲み込むときすごく苦しそうだし、そのあと口をゆすぐように水をガブガブ飲む。寝室に用意されている焼き菓子でさえもね。殿下がきらいな食べ物を、殿下の寝室に置くはずがない。彼、後天的に味覚がなくなったんだよ。そしてそのことに、従者でさえも気付いてない」

「そうだったのか……」

「味覚がないのになにかを食べるって、不快でしかないと思う。きっと果物の欠片をみっつ食べることが精一杯なんだよ」

「しかしだな、だからと言ってずっとあのような食生活を過ごさせていたら、いつか死んでしまうぞ」

「……」

シリルは応えず、意味ありげな視線をダフに送る。ダフはその意図を読み込めず眉を寄せた。

「なんだ?」

「……なんでもない」

シリルは小さく首を振り口を噤んだ。これを口にしてしまったら、何もかもが終わってしまう。
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